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森永陽実: Alfa

2025 / Flyyinn
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2020年代にしかなしえない新たなポップス

19 July 2025 | By Dreamy Deka

2018年にファーストEP「オマージュの部屋」でデビューした森永陽実というアーティストの存在を知ったのは、2020年10月にリリースされたシングル「プロポーズは日曜日に」を耳にしたことによる。端正なポップスのマナーに則りながら、一小節先すら予測できないスリルがうごめく作曲センス。貴族的とすら言いたくなるエレガントな歌詞。そして王子様然とした佇まいも含め、これは新たなポップスターの誕生か……?と強く興味をひかれた。

それから約5年。2023年の9カ月連続シングル・リリース、マーライオンとの共作「あくどい」などを経て、青木慶則のレーベル《Flyyinn》からリリースされたファースト・フルアルバム『アルファ』。ついに全貌を表したその才能は、予想通りポップスターとしてのスケールを感じさせる一方、デビューから7年という期間が示しているポップス職人としての徹底的なこだわりと、多様な文化的文脈を背負ったものだった。

アルバム・タイトルの『Alfa』は、村井邦彦が1969年に設立し、YMOや立花ハジメを世に送り出した《Alfa Music, Inc》へのオマージュとのこと。実際、70年代後半から80年代前半の、アナログとデジタルが交錯する時代の質感を思わせるシンセサイザーの音色、ポストモダン的アイロニーを感じさせるサウンドからは、コシミハルや高橋幸宏のソロ作が連想される。それはその音像もさることながら、その裏側に感じられる、ポップスの大衆性に依存しないという高潔な意思も含めて、のことである。

その上で、本人がフェイヴァリットにあげる松任谷由美、マルコス・ヴァーリ、ドナルド・フェイゲンはもちろんのこと、バート・バカラック、ミシェル・ルグランに筒美京平といったポップソングの巨匠たちのエッセンスを徹底的に咀嚼した痕跡も随所に見られる。そこには、(《Alfa Music, Inc》の流れをくむ)《Non-Standard》からデビューしたピチカート・ファイヴや、兄弟時代のキリンジの系譜を継ぐ偏執的かつ求道的なこだわりを感じさせる。ちなみに2019年のシングル「みんみんTV」は、キリンジのディレクターである名村武のプロデュースである。

さらに言えば、生々しい生活の息遣いを感じさせつつ、どこか浮遊感のある平行世界の存在を思わせる歌詞。メロディ・メーカーとして精緻に組み上げてきたポップスの定型から時に躊躇なく逸脱する日本的な節回しには、2010年代以降の小沢健二や藤井風に通じる感覚も漂う。それをさらに遡れば大瀧詠一の和魂洋才にたどり着くのだろう。

リファレンスばかりを欲張って挙げすぎたかもしれない。しかし東京の地下鉄のように張り巡らされた文脈を、ある密室的な空間に収めてしまうミニマリズムすら感じさせる手際こそが、彼の特異な才だろう。その清潔感に満ちた世界は、日本がまだ豊かだった頃のトレンディドラマに当時するワンルーム・マンションのようでもある。そこに《Alfa Music, Inc》と同時代に、都市の感性を象徴したセゾン文化の幻影がちらつく──などと言うのは飛躍がすぎるだろうか。だが、息が詰まりそうな自国ファースト主義が蔓延する現代において、森永陽実の音楽が放つコスモポリタン的な軽やかさは、一服の清涼剤であり、しなやかなアンチテーゼのようにも聴こえてくることは確かだ。

多くの楽器は森永自身が担当しているが、ベースでGUIROのメンバーでありceroを長年サポートする厚海義朗、山二つのドラムの河合宏知、スーパー登山部の小田智之がキーボードで参加。さらにキーボード沼澤成毅(SAMOEDO、mei eharaほか)が参加したスタジオ・ライヴ映像がYouTubeなどで公開されている。こうした人選からも、ポップ・ミュージックの歴史を引き受けつつ、2020年代にしかなしえない新たなポップスを作り出そうという明確な意思が伝わってくる。(ドリーミー刑事)



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