Review

Megan Thee Stallion: MEGAN

2024 / Hot Girl Productions LLC / Atlantic
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輝くスターの不バランスな魅惑

02 September 2024 | By Tatsumi Junk

2024年、USラップのサプライズ・ヒットは日本語だ。千葉雄喜を迎えたミーガン・ジー・スタリオン「Mamushi」の特徴的な日本語ライン「お金稼ぐ私はスター」がそこらかしこでとなえられている。ネットミームやダンストレンドになったのみならず、米大統領選挙の応援集会でパフォーマンスされた結果、カマラ・ハリス支持者たちが大音量の日本語にあっけにとられある光景まで生み出している。

ひとまず、ミーガンのサード・アルバム『MEGAN』は成功だ。ニッキー・ミナージュとのビーフで野次馬を熱狂させた先行シングル「HISS」は全米一位を記録。つづく「Mamushi」もポップ・ファンや日本圏に至るかたちでバイラルしていっている。ハードな実力派ラッパーとポップな女性スター、2つの顔を両立させるミーガンらしいキャリア新境地だ。

輝かしい人気者でありながら、アルバムリリース前のミーガンは、過酷な日々を送っていた。MCUドラマや五輪CMに出演するかたわら、近しい関係だった男性ラッパー、トリー・レーンズに銃撃された旨を刑事裁判で証言したことで、激しいバッシングを受けたのだ。口撃をしかけてきたニッキー・ミナージュやドレイクに耐えかねて放たれた反撃、それこそ「全員くそくらえ」と啖呵を切る開幕トラック「HISS」なのだ。

再生を象徴する蛇がモチーフにされた『MEGAN』は、脱皮の一枚だ。まず、激しいディスが多い。ミーガン叩きで団結した男ラッパーたちの恐怖心を指摘していく「Rattle」は、ヒップホップ男社会への批評としても機能している。得意のセクシー讃歌もパワー・アップ。クラブドリル「B.A.S.」での一撃は強烈だ。「あの男は恋人じゃない、私のビデみたいなもの」。ここに絡んでくる個性が、日本アニメへの愛。直球タイトル「Otaku Hot Girl」は『呪術廻戦』英語版声優による特製セリフから始まり、日本での体験やコスプレ趣味の自慢が飛び交ってゆく。 音楽的に顕著なのは、ルーツたる南部プライドだろう。「Accent」にはテネシー出身のグロリアが参加しており「Paper Together」にはピンプC遺族の意向により故郷ヒューストンの伝説UGKのヴァースが提供されている。 このほかにもヴィクトリア・モネと酔える「Spin」にエンパワーメント・ポップ「Worthy」など、バラエティに富む『MEGAN』だが、要領の良さゆえの矛盾もはらむ。ハイからロウ、実験からポップまで備えているぶん、全18曲とやや長く、アルバムとしてのまとまりや決め手に欠ける。

技巧とカリスマ性、要領のよさは証明されきっているぶん、ある種のほころび、不完全さが魅力のアルバムかもしれない。闘志や自信に満ちた『MEGAN』は、終盤、一気に暗くなる。ナイトクラブのムードに浸らせる「Moody Girl」では、人に囲まれていてもとりはらえない孤独が告白されていく。閉幕「COBRA」に入ると、前述のバッシング等による精神の崩壊、ゴージャスなライフスタイルを送りながらも消えない希死念慮、両親を亡くした喪失がラップされていき、哀愁のエレキギターによって終わる。

ちょっといびつな構成だ。普通、脱皮と再生がテーマなら、困難克服の勇姿や未来への希望が結末となる。『MEGAN』は逆になっている。最初にハードな闘志と進化が叫ばれ、最後は痛ましいトラウマに沈む。結局のところ、生まれ変わりまではいかぬ脱皮とは、心の傷が消えないまま前に進まんとする生き方のメタファーなのかもしれない。

音楽にしても人生にしても、足どりが揺らぐ状況ほど、その人の芯が問われるものだ。ともすれば、サプライズ・ヒットとなった「Mamushi」こそ、『MEGAN』の不バランスな魅惑を象徴するピースかもしれない。じつはこの曲、発表直後、英語圏ラップファンのあいだではいまいちとする声もあがっていた。日本語がわからないリスナーからすると聴き慣れないミステリアスな多言語であるし、ビートにしても客演にしても、ちょっと不気味に浮遊するかのようなバランスで、期待された力強きミーガン・ジー・スタリオン像からずれていたのだ。だからこそ、ファン層をこえるリスナーにリーチしたキャリア刷新を担ったと言えよう。

この不安定なトラックを支える基盤には、ミーガン固有の作家性と経験がある。流行りものとして日本語モチーフをてっとりばやく使う数多の海外クリエイターと異なり、彼女はかねてより日本文化を愛してきた。技術に裏打ちされた華やかなラップ、日本語と英語をとりまとめる感覚、千葉の幽玄なフロウとの足並みの揃え方を、おそらくは体感的に知っていたのだ。『MEGAN』は不完全な点で魅力的な一作だが、ミーガン・ジー・スタリオンは「Mamushi」の完璧なリードアーティストだ。(辰巳JUNK)



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