Review

Sarah Belle Reid: MASS (Extended + Remastered)

2024 / self-released
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聴くことで生まれる声

27 May 2024 | By yorosz

今年3月にリリースされたジュリア・ホルター『Something in the Room She Moves』は、彼女の(様々な意味での)身体への着目が反映され、フレットレス・ベースを中心とする流動的で滑らかなサウンドでその複雑性が示された、独創的な作品であった。

この作品のリリースに伴ってメール・インタビューをさせていただくにあたり¹、作品を聴き込む中でその大きな魅力として浮かび上がってきたのが、容易に掴めない独特なアンサンブルをジュリア・ホルターと共に形成するサポートミュージシャンの貢献であった。

この作品には彼女の作品に古くから関わっているデヴィン・ホフ、クリス・スピードや、現在は彼女のパートナーでもあるタシ・ワダなど、それぞれが個性的なキャリアを持つ音楽家が多数参加しており、器楽的な彩りだけに留まらない彼らとの多様な音楽的交流こそが、流動と浮揚に飲まれるような本作の名伏し難い魅力を生んだ最大の要因であるといってもあながち間違いではないだろう。

今回紹介するSarah Belle Reidも、その参加メンバーの一人である。彼女はロサンゼルスを拠点に活動する音楽家であり、トランペット奏者であると同時にエレクトロニクスの演奏家や電子楽器の紹介者としても知られている。

トランペット奏者としては、クラシック音楽の教育を受け、主にジャズや即興演奏のフィールドで活躍している(チャーリー・ヘイデンのバンドでの演奏経験も持っている)。前述したジュリア・ホルターのバンドへの参加も基本的にはトランペット奏者としてのものであり、ポップフィールドへ活動領域を広げる意欲も見て取れる。

ジュリア・ホルターが本年3月に発表したアルバム『Something in the Room She Moves』の収録曲「These Morning」においては、Sarah Belle Reidはトランペットとエレクトロニクスでクレジットされているのだが、耳を引くのはやはり流麗なトランペット演奏だ。

また、彼女は自身のYoutubeチャンネルにて活発に電子楽器、音響機材の紹介/演奏動画をアップしており、電子音楽の分野では機材フリークなインフルエンサーとして認知されている面もある。

しかしながら、彼女の最大の関心はテクノロジーと伝統的な楽器の統合にあるようで、Ryan Gastonと共に数年かけて取り組んだというトランペットに取り付け電子楽器とのインタラクションを実現する独自のアタッチメント、MIGSIの開発こそが、彼女の主たる業績であり代表作といっても過言ではないだろう。

Sarah Belle Reid自身によるMIGSIの解説動画。トランペットのバルブの部分に取り付け、その動きを電子楽器などに対するコントローラーとして用いることを可能にするのが主な機能のようだ。

自作においてもそういった統合性への関心は見事に発揮されており、2019年に発表された初アルバム『Underneath and Sonder』、2022年に発表されたDavid Rosenboomとの『NOWS』といったこれまでの作品も、アコースティックと電子的なプロセッシングや生成、即興と作曲や編集が入り混じった複雑な様相を呈している。

そして今回紹介する『MASS (Extended + Remastered)』ももちろん、このような統合性を存分に楽しめる作品だ。

今作は彼女が2021年にセルフリリースした作品『MASS』に新たに2つの楽曲(1曲目「Vessel」と4曲目「Sublimate」)を加え、リマスターを施した新装ヴァージョンとなっている。

前述のように多種多彩な電子楽器を扱う彼女だが、本作は2021年1月から2月にかけての3週間、国をまたいだ引っ越しの最中にレコーディングとミックスが行われており、短期的な住居で全ての録音が行われたという。そしてその都合上、音素材の録音には自らの声、トランペット、フリューゲルホルン、日用品、そしてMake Noiseのセミモジュラー・シンセサイザー「STREGA」という限られた機材のみが用いられた²。

Make Noiseのセミモジュラー・シンセ「STREGA」についても、彼女はYoutubeチャンネルで詳細な動画をアップしている。

そのような都合上本作の「統合性」の大部分はSTREGAによってもたらされているといえるだろう。このシンセサイザーは外部音源を取り込んでそれをプロセッシングしたり、モジュレーションソースとして活用することができるため、トランペットや声、そして日用品のサウンドも多くの場合このシンセを通したうえで録音されていると思われる。

そしてこのSTREGAは(筆者も所有しており制作などに使用した印象では)既存のオーソドックスな成り立ちのシンセサイザー(例えばオシレーターからフィルター、アンプ・エンヴェロープが接続されたもの)に比して、予め頭の中でイメージした音を作るという意味でのコントロールが難しく、ある程度操作に慣れていても想定外の挙動が生まれるじゃじゃ馬な機材なのだが、彼女もこういったアンコントローラブルな性格については上掲の動画で「関係性を築くのが最初は難しかったが、自分の声をそれに代弁させるのではなく、そこから出た音を自分の声だと受け入れることにした途端に全てが変わった」といった内容の非常に印象的なコメントを残している。

そのような動画の内容を踏まえると、本作においては彼女の主たる関心事である「統合性」は、STREGAという風変りな機材の声を聴く過程で二次的に生まれたものであったのかもしれない。

最後に、本作の手法やサウンドのうえでの位置付けについても手短ながら触れておこう。トランペットの特殊奏法(息だけを吹き込んだり、スラップ的な奏法など)を巧みに用い、エレクトロニクスと組み合わせ、即興的に音を紡いでいくスタイルはアクセル・ドナーやHilde Marie Holsenなどとも共通項が多いが、声や日用品といった自身の専門となる楽器以外の音源も用い、編集も駆使して成立した本作の成り立ちは、(トランペット奏者ではなく木管楽器の奏者であるが)Jeremiah CymermanやLea Bertucciの作品により近いものということができるだろう。

そしてより表面的なサウンドの面では、プロセッシングされたノイズ成分の多い電子音響、声や管楽器を引き伸ばしたドローン、楔のように打ち込まれる電子的なキックなどが混然一体となった様相が、例えばAho Ssan³などのデコンストラクテッド・クラブ以降の感性を持ったカタストロフィックなエレクトロニック・ミュージックのニュアンスを感じさせもする。bandcampページでの解説には「初期のテープ・ミュージック、ホラー映画のサウンドトラック、グラインドコアからインスピレーションを得ている」といった記述がある他、具体的な影響源としてエルセ・マリー・パーゼやDick Raaijmakersといった電子音楽の作曲家に交じってネイキッド・シティやミスター・バングルが挙げられていることからも、性急かつスカム的な(ある種非常に現代的な)音絵巻としての味わいは、明確に意図された本作の旨みといっていいだろう。

「Passage」の後半における声の重なりはどこかアラブ的でもあり、砂塵のようなノイズやワブル的なニュアンスを持ったシンセベースがそれに重なる様はハンス・ジマーによる『DUNE』のサントラを思わせる。

このように本作には、音を生み出す手法やそこに見られる統合性といった観点とは別に、表面的なサウンドにおいて同時代の音楽的傾向との共鳴を聴き取らせてしまう、ある意味ではポップな魅力がある。本作のそのような性質が、Sarah Belle Reidという音楽家はもちろんのこと、彼女と(テクノロジーと伝統的な楽器の融合という)共通項を持つ音楽家への興味もドライブさせることとなれば幸いだ。(よろすず)


¹ ジュリア・ホルターのインタビュー記事はこちら。https://turntokyo.com/features/julia-holter/

² あくまで素材の録音において使われた機材であり、最終的に作品となるまでにはRyan GastonによるMax/MSPプロセッシングやエディットも行われているようだ。また『MASS (Extended + Remastered)』において新たに追加された2曲「Vessel」と「Sublimate」に関しては、オリジナルの3曲からテーマを引き継ぎながらもより多様な素材、複雑な編集が行われている。

³ 思えばAho Ssanの音楽にも、1950年代にガーナのジャズ・バンドのトランペット奏者だった祖父、Mensah Antonyの音楽性を模倣した要素が含まれている。https://www.ableton.com/ja/blog/aho-ssan-sound-from-inside-the-rhizome/

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