Review

マーライオン: ごきげん

2024 / NIYANIYA RECORDS
Back

15年目のキング・オブ・ごきげん

05 July 2024 | By Dreamy Deka

東京を拠点に活動するシンガー・ソングライター、マーライオン。彼のニュー・アルバム『ごきげん』が最高なんですよ。どれくらい最高かっていうと、ワタシの中では同時期に出たザ・レモン・ツィッグスの最新作『A Dream Is All We Know』と並ぶくらいと断言できるほど。こりゃずいぶん大きく出たなと思われるかもしれない。たしかに、レノン&マッカートニー、トッド・ラングレン、ブライアン・ウィルソンあたりを次から次へと召喚して憑依するニューヨークの天才兄弟の異常な才気と並べて語るのはなかなか勇気のいることではある。いやでもこの作品だって、近所のコンビニでよく会う気の良いお兄ちゃんのような佇まいの背中ごしに、ティーンエイジ・ファンクラブやベル・アンド・セバスチャンの面々、ロディ・フレイムやノエル・ギャラガー、そしてもちろん彼が敬愛する曽我部恵一が、にっこり笑っている姿がはっきりと見える。そんなグッド・メロディが全12曲にぎっしり詰まったアルバムなのだ。デビューから15年、メロディ・メーカーとしてのマーライオンの集大成がここにあると言っても過言ではないだろう。これからはもう「キング・オブ・前座」という自称も似合わなくなってしまうかもしれない。

そんな楽曲たちの足腰を担うリズムを全曲担当するのは、ドラム、石川浩輝とGURIOのメンバーでありceroなどのサポートでも活躍するベース、厚海義朗のリズム隊。ロカビリーやカントリー、ソウルのエッセンスで空間を埋めながら、シンプルな歌に色彩を加えていくプレイは、ザ・スミスのアンディ・ルークとマイク・ジョイスのコンビを思い出してしまうほどに見事だ。さらにそこにインディー・シーンの大御所、MC.sirafu(片想い等)のスティールパン、松井泉(YOUR SONG IS GOOD等)のパーカッション、そして荒谷響のトランペットを加えた「海へ海へ海へ」は、今まで彼の音楽に触れてこなかったリスナーにこそ聴いてもらいたいネオアコ・サウンドの愉しさが封じ込められている。マーライオンは2019年にシンガポールと日本を拠点とするバンド、Chirizirisのファースト・アルバムのプロデュースも手がけているが、本作において上述のメンバーや谷口雄やヒロヒサカトー(井乃頭蓄音団)といった個性豊かなプレイヤーの力を存分に引き出す力量は、15年の経験値を感じさせるものだ。全12曲という少なくない楽曲それぞれに、いきいきとした個性をもたらしていくアレンジは聴きごたえがある。

ところで、このアルバムを通して聴いていくと、歌詞の中に「春」や「花」という単語が何度も出てくることに気がつくだろう。マーライオン本人が朗らかに笑うアートワークの背景も、桜を思わせるピンク色である。暖かさや美しさを表す言葉は他にもいくらでもある中で、あえて春と花にこだわること。きっとその理由は、その前には必ず冬があるということも同時に歌いたいからではないか。よく歌詞に耳を澄ませば、どの曲においても悲しみや傷痕の存在がほのめかされている。逆に言えば、今あなたが笑えない毎日の中にいたとしても、春はもうすぐそこかもしれないし、花はどこかに咲いているかもしれない。そんな細やかさがあるからこそ、彼の放つポジティブな熱は私のようなすれっからしの大人の心も熱くしてしまうのである。

思えば、友人の死や音楽活動の挫折をきっかけにして作られたという全編弾き語りの前作『ばらアイス』(2018年)は、冬の中で息をひそめる蕾そのもののような作品だった。うっかり触れれば崩れてしまいそうな繊細さと指を切って血が出そうな鋭さを秘めたような。そんな作品が、6年後にこんな最高のポップ・アルバムへと昇華したということならば、それこそが彼の歌の真実性の証明だと言えるだろう。なお本作に収録された「花言葉」のオリジナル・ヴァージョンが『ばらアイス』に収められている。ぜひ聴き比べて、冬から春へと、季節が変わる瞬間を確認してみてほしい。(ドリーミー刑事)


※収録曲「海へ海へ海へ」の7インチ・シングル(三浦康嗣(□□□)によるリミックスも含む)も発売中

More Reviews

MMM

FUJI​|​|​|​|​|​||​|​|​|​|​TA

1 2 3 70