ナイジェリアのスーパースターが示す、立ち止まることの自由
ほんの少しだけ足を止めて、振り返ってみる。Burna Boyの音楽には伝統性とモダンなクロスオーバー、社会性と内省、過去と未来が詰まっていた。2019年の『African Giant』は自らのことを巨人と言いながら、アフロビーツを起点とし、レゲエ、USのラップやR&Bまで、様々なジャンルのエッセンスをまぶしながらも、明確なコンセプトを構築する作品だった。一方で、前作にあたる2020年の『Twice As Tall』では、彼が“より巨大に”なり、高みを目指しているが、それは『African Giant』がグラミーの場で正当に評価されなかったことへの反動でもある。アルバムはノーティー・バイ・ネイチャーやクリス・マーティンといった、予想斜め上を行くUSのゲストを招きながら、よりヘビーな感触を音の面でもトピックの面でも獲得し、その年のグラミーに輝く。
自らの音楽性を「アフロフュージョン」として、メインストリームにまで拡大させていったBurna Boyは人々にとって巨大な存在になった。そんな彼の音楽性を知っているものにとっては、本作の手触りは今まで以上に柔らかいものだろう。最新作『Love, Damini』は、前作までの多くの展開と壮大なスケール感を携えつつも、本名をタイトルに入れていることからも察せるように、巨大になり続けた彼自身に、今一度立ち止まって向き合う内容にもなっている。
まずは、『Twice As Tall』の1曲目にセネガルのユッスー・ンドゥールというレジェンドを招いたように、本作でも1曲目に南アフリカのLadysmith Black Mambazoを招く。60年代に結成され長きにわたって活動する彼らの歌声に、Burna BoyことDaminiを祝福するハッピーバースデーの歌が重なる場面から、本作は幕を開ける。ピアノのメロディと彼らの透き通るような落ち着いたコーラスの親和性で、Daminiという個人を中心に壮大な風景が広がる「Glory」という名のこの曲は、彼がここ数年で成し遂げてきた、音楽性の拡大とクロスオーバーの成果を詰め込んだ本作の幕開けに相応しい。伝統の血を流しながら、立ち止まることなくジャンルの可能性を広げ続け、栄光を掴んだ彼の現在地点を、まずは示すような楽曲になっている。このコラボレーションは、アルバムの最初と最後を飾り、作品のプロローグとエピローグのような役割を果たしている。
このプロローグとエピローグでBurna Boyは、彼にとって重要な人物の死に言及している。1曲目では彼の曲に度々登場する友人の死について、最終曲「Love, Damini」では2021年にこの世を去ったナイジェリアのアーティスト、Sound Sultanについて語る。そういった作品の構成は、アグレッシブだった前作までの流れに対して、本作がより身近で感情的なものであることを表現しているようにも聞こえる。「Glory」では自らが転落する悪夢を見たという告白をし、「Wild Dreeams」では、「I Have A Dream」と語ったキング牧師は銃弾に倒れたと、まるで自らに警告するように言及している。『Twice As Tall』の最後を飾る曲「Bank On It」では、ポップ・スモークの早すぎる最期に触れながら、死という避けられない事象への考えを明らかにしていたが、本作においては、正にそのトピックが全編を貫いているテーマであるとも言える。
本作は、その他にも、彼のいくつかの不安や悩みを打ち明ける内容になっている。例えば6曲目「Whiskey」では、故郷である都市ポートハーコートの環境汚染を嘆く。Jバルヴィンが参加した14曲目「Rollercoaster」では、アップダウンの激しい人生と目まぐるしい速度で移り変わる世界について歌っているが、彼はその速さに必死に追いつこうとしている。
ディスコグラフィで最もエモーショナルなレコードであることは間違いなさそうな『Love, Damini』はセルフラブの重要性を前提に、自らのそういった脆弱性に(感情的に)向き合うような作品になっているが、その中で、18曲目「How Bad Could It Be」では、ジョルジャ・スミスが登場し、(まるで「Rollercoaster」での焦る彼に対するかのように)「悪い状態になったら立ち止まってみる」と言うのだ。
これまでの音楽の旅を経た後の景色としての本作は、豊かかつ余裕のある風情で、優しく感動的で、それでいて楽しい作品でもある。一見あまりにライトな作品にも聞こえるが音楽性の面でスタイルを崩すことはせず、スケールの大きい曲が目立つ一方で、寧ろ単曲ごとに抑制を効かせ展開や物語を生み出している(そういった点で聞き所となるのは感情を託したような「Common Person」のサックス演奏や、「Love, Damini」の静かな着地だろう)。
このようにエモーショナルながら、慎重かつコンセプチュアルに一連の流れを紡ぎ、落ち着いた印象のある本作は、Burna Boyにとって、ひと時の休息の作品にも聴こえる。まるで全てを出し切ることによって肩の力を抜いたような、そんなこのアルバムが提示する、立ち止まることの自由を支持したい。(市川タツキ)