Review

Gotch: Lives By The Sea

2020 / only in dreams
Back

〈他者〉を織り込んだ音/歌で構築されたサード・ソロ・アルバム

29 January 2021 | By Yasuyuki Ono

本作はGotchのソロ・ワークとして4年半ぶりとなるフル・アルバムであるとともに、Gotchだけのアルバムではない。曲名に添えられた数々のフィーチャリング・ミュージシャンをはじめとした、本作に参加するミュージシャン一人一人の記名性が損なわれることなく、それぞれが不可欠なパーツとして本作には存在している。

MVも制作されている本作のリード・トラック二曲を見ていこう。skillkillsのGuruConnect が生み出す乾いたビート・ループと、埋没しないサウンド・バランスで配置されたYasei Collectiveの中西道彦によるベースが生み出すグルーヴにのって、唾奇との共作となるリリックが軽快なホーン・セクションとともにかけていく「The End Of The Days (feat. 唾奇) 」。一音目の生音感のあるピアノとハンド・クラップ)が端的に伝えるゴスペル的質感とmabanuaのミニマルなドラミングが、Gotch、BASI、Dhira Bongs、Keishi Tanaka、Achico、小西真奈美、井上陽介らが織りなす歌を遮りることなく滑らかに伝える「The Age (feat. BASI, Dhira Bongs & Keishi Tanaka)」。これらの楽曲からは、これまでGotchが共に歩んできた仲間や今回の制作にあたり協力を仰いだミュージシャンたちが有機的に絡み合いながら楽曲を構築している姿をありありとみてとることができる。特に、ラップ・ミュージックやゴスペルの要素は本作のサウンドの基調の一つともなっており、「The Age (feat. BASI, Dhira Bongs & Keishi Tanaka)」や「Nothing But Love」に参加するレーベル・メイト、the chef cooks meのシモリョーによる大らかで広がりのあるサウンド・プロダクション、アレンジメントがその印象を強めることに大きく貢献しているといえるだろう。

さらに、薄い膜に覆われたような空間的なボーカル・エフェクトが楽曲に奥行きを与えているインディー・フォーク・ナンバー「Farewell, My Boy」やクリーンなギター・サウンドとYeYeのコーラスが跳ね回る「Endless Summer(feat. YeYe)」といった、過去ソロ作品の傾向を引き継いだようなインディー・ロック・サウンドの楽曲も本作には収められている。そこからは、本作の共同プロデュースを務めるこちらもレーベル・メイト、Turntable Filmsの井上陽介による最新作『Herbier』(2020年)にて展開されたサウンドとも共振する煌きとアンビエンスを感じ取ることもできる。

上述した以外にも、多くの仲間を迎えながら本作は制作されている。Gotchの存在感が曲によっては相対的に希薄だと思えてくる場面さえある。その設計が、意図的であろうとなかろうと本作が何よりも訴えかけてくるのは、そこでGotchとともに音を鳴らし、歌う自らとは異なる〈他者〉という存在のリアリティであり、これから述べるような共に生きる〈他者〉といかに対峙するかという問題系でもある。その意味で、本作は二重に「Gotchだけの」作品ではない。

「神様が君のことを/もう忘れてしまっても/君に触れたときのこと/僕は ずっと覚えているよ」(「Nothing But Love」)。「意味のない生命/え?/そんなこといわないで」(「Worthless Man」)。さらに、「君の手/君の声/この世は生きるに値する」(「The Age (feat. BASI, Dhira Bongs & Keishi Tanaka)」)というキラー・フレーズ。前作『Good New Times』(2016年)に収められた「Baby, Don’t Cry」や、同時代的なラップ・ミュージックへの憧憬と挑戦心のもとで制作されたASIAN KUNG-FU GENERATION「新世紀のラブソング」(2010年)において届けられた、〈他者〉をどのように抱擁し、エンパワメントしていくかというメッセージ性が、本作では上述したようなサウンドとリリックをともないながらこれまでの作品以上に充溢している。

それは本作に収められたミュージシャン一人一人によるラップや歌、サウンド、ビートに乗って一方向的にやってくるわけではない。「君」という二人称代名詞を多用しながら、曲を聴いている人へと優しく呼びかけるようなリリックのもとでこの音楽を聴く人の前に現れるのは、Gotchがみつめ、その眼前を通り過ぎてきた数多の〈他者〉の姿。その一人一人がGotchのもとへ反響させた、声やイメージが楽曲のなかに織り込まれているからこそ、本作の歌は〈他者〉の鏡像としての「自分」という存在を強く意識させ、ときに心臓をグサリと突き刺すような切迫感を伴いつつ、暖かな衣に覆われたような安堵感を与えもするのだろう。

最終曲であり、本作のタイトル曲でもある「Lives By The Sea (feat. JJJ & YeYe)」では、ゆったりとしたテンポで「ありふれた」というフレーズが繰り返される。それが象徴するように、本作に収められた歌は〈他者〉からかけ離れた身勝手なアジテートでも、自己啓発でもない。目の前にいる無数の、実存を持った〈他者〉から目を背けないこと。〈他者〉へと必ずしも届かない可能性を認識しつつも、手を伸ばすことをあきらめないこと。ときには〈他者〉を疑い、それでも〈他者〉について考え続けようとすること。それは考えるだけで怖ろしいし、苦しい。だけれども〈他者〉へ対峙し続け、時にぶつかりながらでもコミュニケーションを積み重ね、音を、言葉を練り上げ、歌を届ける。それこそがGotchというリリシスト/ソングライターを同時代においてかけがえのない音楽家にしている条件であり、本作『Lives By The Sea』はそのドキュメントとして今も誰かの耳に歌を届けている。(尾野泰幸)

【『Lives By The Sea』LP & CD 発売前予約情報】
SPMストア:LP / CD
※2021年3月3日(水)発売

More Reviews

1 2 3 72