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Mort Garson: Journey to the Moon and Beyond

2023 / Sacred Bones
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電子音楽のパイオニアの様々な側面が垣間見える仕事集

11 August 2023 | By tt

カナダ出身の作曲家/編曲家、モート・ガーソンの、近年の再評価にも一役買ったレーベルである《Sacred Bones》による一連のリイシューや発掘リリースの中で最もインパクトを与えたのは、マットレス・メーカー《Simmons Mattresses》のプロモーション用に制作された『Mothers Earth Plantasia』だろう。このキャッチーで愛らしくもサイケデリックなエレクトロニック・ミュージックは近年におけるモート・ガーソンの電子音楽のパイオニアとしての地位を高めると同時に、「植物のための、そしてそれらを愛する人々のための暖かな地球の音楽」というコンセプトの下で制作されたというユニークな成り立ちは、未だその活動の全貌を掴めていないカルトな電子音楽家としての印象をより強固なものにしているように思える。Lucifer名義のオカルトをモチーフにしたダークなプロト・テクノ『Black Mass』といった作品もまた同様だろう。

上述のように、近年では電子音楽家としての側面がよりクローズアップされている感のあるモート・ガーソンだが、1967年にムーグ・シンセサイザーと開発者であるBob Moogに出会う以前はポップスの世界での作曲・編曲を生業としていた。ビルボード・チャート1位を獲得したRuby & the Romantics「Our Day Will Come」を筆頭に、クリフ・リチャードやブレンダ・リーなどのアーティストとの仕事から、コマーシャル・ソングやテレビのテーマ曲、ジングルに至るまで、その仕事の量は膨大でDiscogsには(1967年以降のものも含めて)900以上のアレンジメント・クレジットがあるという。そんなモート・ガーソンの新たなコンピレーション『Journey to the Moon and Beyond』は、電子音楽家としては勿論のこと、1967年以前の作曲・編曲家としての彼の一側面が垣間見えるものになっている。本作の1曲目は「Zoos Of The World」という、キャッチーな電子音とポップス〜ムード・ミュージック・マナーなストリングスが融合したトラックなのだが、オープニングにこの曲を配置したことからは、キュレーターのガーソンを電子音楽家と作曲/編曲家の両側面からフォーカスしようという意図が窺えるようでもある。

本作では、恐らくTVや映画のテーマ・ソングやジングル、CMソングと思われる楽曲が多く収録されているが、それらは同時代のアメリカの文化からの影響を反映したものになっているように思える。例えば、ガーソン特有の電子音は若干の痕跡を残しながらもその鳴りを潜めた、「Western Dragon」と名付けられた3つのトラックからは、どこかLalo Schifrinによる『Enter The Dragon』のスコアを想起させる瞬間があるように(もっとも制作年など不明な部分も多いので影響を受けたかどうかは推測の域をでないが)。

その中で最も印象的なのは、ガーソンが1974年に手掛けたブラックスプロイテーション映画からの1曲「Black Eye (Main Theme)」だ。アイザック・ヘイズ「Theme From Shaft」を想起するようなサイケデリック・ファンク・ナンバーは、カーティス・メイフィールドの『Super Fly』を参考に制作されたという、当時のソウル・ミュージックからの影響を反映させたようなトラックになっている。ガーソンが手掛けた映画のスコアでは、初期カルト電子音楽としても有名な、シアトルの1部の場所でしか公開されなかったというインディペンデント映画『Didn’t You Hear?』が近年の再発も相俟って最も知られているものの1つだろうが、映画のスコア仕事1つとっても、ガーソンの手掛ける仕事の幅の広さやサウンドのバリエーションの豊かさを、両者を聴き比べることで感じ取ることができるのではないだろうか。

本作で最も知られているのは1969年の月面着陸のサウンド・トラックとしてCBSから依頼されたという6分にも及ぶ「Moon Journey」だろう。「宇宙旅行に合う唯一の音は電子音だ」とはガーソン自身の弁らしいが、ムーグ・シンセサイザーと出会った1967年以降のキャリアの中では最も大きな仕事の1つに数えられるであろう本曲は、『Mothers Earth Plantasia』を始めとする作品の原点とも言えるキャッチーで時にシンフォニックな電子音楽であり、後の電子音楽家としてのキャリアに連なる重要な1曲である。

恐らくは複数の時代にまたがった、膨大な量のアーカイブをさらに掘り下げた本作ではあるが、それでもガーソンのキャリアのまだ一端を切り取ったに過ぎないと言える。2008年に亡くなるまで音楽を作り続けたガーソンの自宅の地下室には、未だ日の目を見ていない膨大なトラックが眠っているという。今後とも《Sacred Bones》を中心に新たな音源が発掘されて我々の耳に届く日も来るのだろう。それらが、この電子音楽のパイオニアと呼ばれる音楽家の膨大なキャリアの新たな側面が発見される契機になることを願っている。(tt)

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