Review

Jim O' Rourke: Shutting Down Here

2020 / Portraits GRM
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30年の経過がもたらす反構造主義的コンポーズ

26 May 2020 | By Shino Okamura

ジム・オルークがbandcampで新曲、ライヴや未発表曲、既発表曲のリマスターなどを断続的に発表していることについては今更説明するまでもないだろう。彼がbandcampというフォーマットを徒然な日記のように使用し、「お仕事」や「つきあい」ではなく彼が本当にやりたいこと、作りたい曲、あるいはそのプロセス、またこれまでに残してきた作品を公開しているその作業は、もはや単なるライフワークという枠組みを超えている。

とりわけ大きな核になっているのは、既に膨大な量の作品を公開し続けているSteamroomシリーズで、5月20日に公開された最新作「elastic acre」で実に49作目。あしかけ7年の長期シリーズになっている。ここには比較的年代が近いライヴ・テイクもあれば、1990年代初頭の作品のリイシューなどもあるし、もちろん初出しの新曲もあり、ジャケットの写真もほぼジムが撮影したスナップが用いられていて、まさしくダイアリーのごとくジムの日々の歴史が刻まれている格好だ。確かに、これらの作品のほとんどは計画性をほとんど持たずに雑然と公開されたようにも見える。実際に初出しの曲の多くはただただ自分のために作った曲、ただただ自分がやりたい曲であるに違いない。それがアンビエントであろうとノイズであろうとミニマルであろうとドローンであろうと、もはや関係がないようにも思えるのは、もちろんジムの創作性の根幹にある自我の比類なき卓越性ゆえでもあるだろうが、彼の中で、放っておくとそれらの多様な音楽性や方法論が形を変えてシームレスになるからではないかと思う。それは、ミックスされているとか猥雑だとか無造作であるといった意味ではなく、時間の経過と共に聞こえ方が変化するということかもしれない。

かつて本人に聞いたところによると、ジムは一昨日作った曲を昨日録音し今日公開する、というようなスピード勝負でbandcampを利用していないという。つまり、これらbandcampで公開される、特に初出しの作品は、実際はかなり長い時間をかけて公開に至っているのではないかということだ。こうしたクラウド上での楽曲公開は確かに速度性に応えるものかもしれないが、ジムはむしろ逆に熟成させるために利用しているのではないか。4月8日に公開された「Steamroom 47」は2019年から今年2020年にかけて録音したと記されている。時間の経過によって変化していく、させていくその長期的に「動く」感覚が、おそらくジムにとっての表現……いや、エンターテインメントではないか、とさえ思う。昨今のコロナ禍の空気がこうしたクラウドの在り方をさらに瞬発性へと矮小化させてしまっているが、ジムはインスタントに作品を発表していくことに対して、bandcampの使い方においてさえ常に一定の距離をとっている。

さて、5月22日に公開されたこの作品は、ジムのSteamroomシリーズではなく、フランス国立視聴覚研究所(INA)の中のフランス音楽研究グループ(GRM)と《Editions Mego》が新たに始めたシリーズ《GRM Portraits》の第一弾作品の1つ。旧作や古典のリイシューではなく、全く新しい作品として届けられたもので、ジムのこの作品は1曲34分程度という尺になっている。しかしながら、単純な新曲ではなく、ジムがGRMを訪ねた過去2回の体験(とその際の制作?)を繋いだような作品となっているようで、最初の訪問はまだ彼が若き時代、そして2度目は既に世界的評価を得るようになってから……とそこには30年ほどの時間的開きがあるという。つまり、最初に彼がGRMを訪ねた時と、比較的近年とでは、彼が創作でもたらしたものに変化があり、その経過による変貌を前提にして完成させた曲ではないか、ということだ。

まさしく、アンビエントであろうとノイズであろうとミニマルであろうとドローンだろうクラシックだろうと関係がほとんどない……とまでは言わないものの、彼のバックボーンにある様々な音楽性が交錯しながら34分の流れを形成していく。同じ音が二度と繰り返されることはない。2回目、3回目と全く異なる印象をもたらすこの曲の中に潜むジム・オルークの30年という年月は、フィニッシュはこれだという正解を求めずに、でも試行錯誤というようなエクスキューズに甘んじるでもなく、ただただひたすらに曲を作ってきた彼の半生を伝えるものでもある。キャリアを重ねていくことに委ねるでもなく、ただ発酵していくのを待つのでもなく。長い時間をかけたらそこで何かが起こるとでもいうような反構造主義的な美学が、あるいはジム・オルークにとっての音楽制作なのかもしれない。(岡村詩野)


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