Review

Asher White: Jessica Pratt

2026 / Joyful Noise
Back

お気に入りのアルバムを自由な発想で丸ごとカヴァー

17 March 2026 | By Yasuo Murao

アメリカのプロヴィデンスを拠点に活動するアッシャー・ホワイトは、10歳の頃から曲を書き始めたらしい。現在26歳なので15年以上曲を書き続け、《Bandcamp》には20を超える自主制作のアルバムがアップされているというのに、今もアッシャーの曲からは曲を書き始めたばかりのような発見と喜びが伝わってくる。14歳の時に中古レコード屋でバイトしたことが、ジャンルを超えた幅広い知識の源になったそうだが、アッシャーの作品はどれも自分に影響を与えた音楽に対する熱烈なラヴレターのようだ。だからこそ、そんなアッシャーがジェシカ・プラットのファースト・アルバム『Jessica Pratt』(2012年)を丸ごとカヴァーするというアイデアにワクワクさせられた。トランスジェンダーのアッシャーは、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々に捧げたコンピレーション『TRAИƧA』(2024年)でジュディ・シルのカヴァーを提供していて、ジュディ・シルに続いてジェシカ・プラットを取り上げるというのも面白い。


LAを拠点に活動するシンガー・ソングライター、ジェシカ・プラットは作品ごとにスタイルを緩やかに変化させてきたが、アコースティック・ギターの弾き語りを中心にした『Jessica Pratt』は、彼女の鼻にかかったような甘い歌声とギターの柔らかな音色。そして、奥行きを感じさせる音の余白がアシッド・フォーク的な浮遊感を生み出していた。アッシャーは21歳の誕生日を迎えた頃に『Jessica Pratt』を聴いて魅了され、様々なアレンジを妄想してきたという。2025年10月、ワインで酔っ払ったアッシャーはレーベルのスタッフに「『Jessica Pratt』のカヴァー・アルバムの音源が完成して手元にある」とでまかせを言い、それを信じたレーベルは2026年2月にリリースすることに決定。慌てたアッシャーは一ヶ月でアルバムを仕上げた。いってみれば本作は偶然の産物のようなアルバムだが、そこにはアッシャーの『Jessica Pratt』に対する熱い想いとユニークなアイデアが詰まっている。

まず、本作を特徴づけているのがアッシャーが叩くドラムだ。ほとんどの楽器をアッシャーが演奏して多重録音しているが、なかでも躍動感に満ちたドラムにアッシャーの息遣いを感じる。子供の頃、アッシャーはドラムを学んでいたそうで、ドラムは彼がサウンドを組み立てていくうえで重要な要素なのだろう。また、ジェシカの初期の作品にはドラムが入っていないこともあって、力強いビートが曲に新たな息吹を吹き込んでいる。そして、随所に顔を出すノイズもアッシャーらしい味付けだ。

アッシャーは10代の頃にライトニング・ボルトやブラック・ダイスといったプロヴィデンスのアヴァンギャルドなロック・シーンに惹かれて、プロヴィデンスの大学に進学した。それくらい影響を受けたバンドから吸収したフリーキーな演奏は、ジェシカの静謐とした歌の世界とは正反対のようにも思えるが、静寂とノイズが実はコインの裏表のような密接な関係にあることをアッシャーは知っている。そして、そこにバンジョー、トイ・ピアノ、シンセ、ストリングスなど様々な楽器の音色を曲にちりばめていて、そのチャイルディッシュでサイケデリックな手作りのサウンドは《Elephant 6》周辺のバンドに通じるところも。そんななか、アッシャーはジェシカのメロディーが持つ不思議な揺らぎを大切にして、イノセントな歌心で聴く者の心を捉える。アッシャーはオリジナル作のジャケットと同じようなポートレートを撮影してジェシカになりきっているが、本作はアッシャーのオリジナル作といってもいいくらいの出来映えだ。自分がジェシカだったらアッシャーを抱きしめたくなるような愛とオリジナリティに満ちている。(村尾泰郎)

More Reviews

kurayamisaka tte, doko? #6 「くらやみざかより愛を込めてツアー」 (kawasaki CLUB CITTA’)

kurayamisaka

1 2 3 86