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Clairo: Immunity

2019 / Fader
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秘宝的ベッドルーム・ヒロインから共有されうるポップ・アイコンへ

04 August 2019 | By Shino Okamura

アルバムの内容に入る前に、本作をプロデュースしたロスタム・バトマングリの話をしておかねばならないだろう。フランク・オーシャン、ソランジュ、チャーリーXCX、リッキ・リー、カーリー・レイ・ジェプセン、ハイム、アンジェリク・キジョー、クラウド・ナッシングス、ラ・ラ・ライオット……これらは全てロスタムが何らかの形で関わったアーティスト。コンポーザーとして、プロデューサーとして、エンジニアとして多芸多才なこの男は、ヴァンパイア・ウィークエンドに在籍していた頃から様々な現場で引く手数多の活躍を見せてきた。その作業の特徴は、誰が聴いてもハッキリとわかるようなアクの強さで音に変化を与えるものではなく、もちろんカメレオンみたいに相手によって自らの色彩を変えるタイプでもない。ダンス・ミュージック、ハウス、テクノ、アフリカ音楽、ソウル、フォーク、クラシック、現代音楽まで引き出しの多さはこの世代随一だが、それらを全て幅広い視野で捉え、何か一つに軸を置くことなく、あくまで敷居の高くないクリーンなポップ・ミュージックとして仕上げる。リベラル、なんて言葉はもはや失笑を買うだけかもしれないが、この人の仕事からは分け隔てのない“プロフェショナル”を感じることができるだろう。無論、何でも屋という意味などではなく、積み重ねられた膨大な知識と明確な指向性もそこにはちゃんとあるという前提で、「自己表現=秘宝」ではなく「自己表現=共有財産」とする発想が、ロスタムにはあるように思えるのだ。一昨年《ノンサッチ》からリリースされた彼のファースト・ソロ・アルバム『Half-Light』は、膨大な音楽知識と自由な解釈、プロフェショナルな目線とが同居しているという点では極北の作品だ。

ヴァンパイア・ウィークエンドからの脱退表明をしてはいるものの、作曲、プロデュース、ミックスなどで“遠からず近からず”関わった最新作『Father Of The Bride』を聴いて、やはりこの人がいてこそのヴァンパイア・ウィークエンドだと実感していたところでもあったが、さて、マサチューセッツ州出身の今年まだ20歳というこのクライロの正式なデビュー・アルバム、そしてハイムの新曲「Summer Girl」という、ロスタムが関わった2アイテムをほぼ同時に聴いて、なるほど間違いなくロスタムの時代・第二波がやってきている手応えを感じている。ハイムの新曲については近々公開する予定の7月度“BEST TRACKS OF THE MONTH”で書くことにするが、そちらに比べるとプロデュースで全面的に関わった本作は圧倒的にハンドメイド感ありきの仕上がりだ。今年3月に実現させたバンドを引き連れての来日公演を観た人もいるかもしれないが、もともとは今から2年ほど前にYouTubeで発表した「Pretty Girl」のあまりにも飾らないPVが話題となった、言わばベッドルーム・ポップ・アーティスト。その後、先頃やはりアルバム『Para Mi』を発表したメキシコ系アーティストのCucoとコラボレートしたり(「Drown」)、英リバプール出身のDJ/プロデューサーのSG Lewisと組んだ「Better」をリリースしたりと活躍の場が増えてきていたわけだが、ロスタムはそうしたここ2年の彼女の活動と出発点をちゃんと理解した音作りで見事に貢献していることがわかる。

具体的に言うと、まずはオートチューンを用いた「Closer To You」。声の加工をサビ部分のハーモニーにも丁寧に施し、彼女の原点が室内作業にあることを強調している。また、セイント・エティエンヌかニュー・オーダーかと思える先行曲「Sofia」では、途中に唐突なノイズ部分を挿入することで機械が制御不能に陥るようなハプニングを伝えているかのようだ。もちろん、このアルバムは彼女の寝室だけで作られたものではないだろうが、化粧っ気のない普段着姿そのままの「Pretty Girl」のPVの、あの危うい“自撮り感”をしっかり生かすため、密室でのこもった音の循環や余韻を生かすことに腐心しただろう跡が、ドラムやビートなどの残響音に特に現れている。

しかも、そうした手作りっぽい室内作業が自己陶酔で終わらず、どの曲にもこれまでになくパースペクティヴな奥行きが与えられているのが本作の素晴らしさ。それを象徴的するのが、ピアノ、本人の歌、子供達のコーラス、ほんの少しのエレクトロニクスで出来上がったゴスペル・クワイア調の前半から、アブストラクト・ヒップホップ調へと切り替わる7分近いラストの「I Wouldn’t Ask You」だろう。2曲がメドレーのように繋がったこの曲は、チープなベッドルーム・ポップから強度あるポップスへと跳躍していく過程をそのまま体感できるドキュメンタリーのようだ。もちろん、こうした作業に一役買っているのがロスタムであろうことは想像に難くなく、彼の引き出しの中にある、フィル・スペクター、ブライアン・イーノ、シルヴィア・ロビンソン、ドクター・ドレといった革命的なプロデュース作業で時代を創ってきた数々の曲者たちへの敬意と理解が、まだ若き乙女でもあるクライロをタフなポップ・アイコンへと向かわせることをサポートしたのではないかと思う。結果、登場から僅か2年、クライロ自身のヴォーカルも艶っぽくなった。

アルバム・タイトルの『Immunity』とは免疫のこと。何を意味しているのかは定かではないが、これがポップ・ミュージックへの免疫だとするなら……クライロはここでようやくスタート地点に立てたということなのかもしれない。ソングライターとして、ヴォーカリストとして、よりファットで強かな存在になる可能性を秘めた素晴らしいデビュー・アルバムだ。(岡村詩野)

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