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霊臨: I’m X = You are ???

2024 / SANJIGENYUGI
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霊臨『I’m X = You are ???』に触発された、笑い事じゃない「俺リアル」なあれこれについて逡巡と暴論の覚書

02 July 2024 | By Shoya Takahashi

霊臨(TAMARIN)はある種の中庸、ある種のふつうの、一人の市民に過ぎない。俺も一人の市民に過ぎない。世界はふたたび少数の富裕層と大多数の下々に。虫けら、つまり彼が言うところの「クソな資本主義のマリオネット」にとって資本主義社会は生きづらい。うたを歌うことや文章を書くことは大勢が言ってるとおりただ日々の営みであって、大きな力や責任を伴うことはほとんどない。だからヌケサクでも日々の生活をこなせているのかもしれないね。霊臨は実際に俺と同じ街に住んでいるらしい。そういう身近さから、ふと感覚が引き寄せられるような言葉が飛び出してくるとき、きっとまた安心や納得を求めてしまうだろう。「みんなへ 選挙にはしっかり行くんだぞ。 オレより」。ありがてぇ🙏✨

新作EP『I’m X = You are ???』について、その外形から考えてみる。俺は前作『N/Tamadevilock!』を聴いたとき、杉並区・高円寺から静岡・浜松に帰ってきたアルバムだと思った。あるいは喪失、別れ、彼岸のアルバム。「最後に行ったカラ館/一緒にときメモgirls side/俺ら無理ゲーだって悟ったけど/一生かかってもやめらんない」。「Omocha」のリリックの哀しさを思い出す。そうすると今回の『I’m X = You are ???』は出会いの作品? あるいは東海地方を横断して名古屋へ向かった作品? タイトル通りに「僕と君」についてのコンセプチュアルな作品とも言える。そういえば昨年のEP『CITYBOYS Starter kit』もシティーボーイについてのコンセプト作品だった。

僕と君。「俺がミッキーでお前ミニー」(「Mickey & Minnie」)。「ぼくが忍足であいつ柳蓮二」(「YUME DACHI…? >>Oshitari vs Yanagi」)。これらのラインはTikTokで流行った「俺は悟空 お前はベジータ〜♫」でおなじみ心之助「雲の上」のパロディだろうか。あれももう3年前の曲なんだな。霊臨がTikTokで流行らないのはなぜだろう。メタになりきれない、嘲笑的ばかりではいられない、生活のリアリティを楽曲ににじませてしまうからだと思う。また、曲の冒頭3秒間で全ての主題を提出し、ユーザーの自己顕示欲を刺激するだけの、したたかさと合理主義と奴隷根性と要領の良さを持ち合わせていないからだと思う。「ギリギリ/ギリhappy」「御先にどうぞ遠慮なく/あゝかっぴらけや其御口」「渋谷で捕まえたハンサムボーイ/下北で遊んだハイセンスボーイ」とか、霊臨は歌わないだろうな(なんだかどの歌詞も共感ドラッグかポルノばかりだな。nyamuraの両義的で文学的なメランコリアはどうしたよ)。そしてそれは、彼がアートを今後も見限らないだろうことの証明でもある。

『I’m X = You are ???』は、霊臨がレーベルメイトの美兄(binny)と組んでいる姫かわラップユニット=“めぞぴあのきゃんでぃ”の楽曲とも近似値がとれるか。スウィートな言葉、チャーミングなムード。ゆめかわいい、ラメラメでピンク色の目薬、フエラムネ、おかしのまちおか、ねこの森には帰れない──コイン数枚で買える「姫」級の暮らし。ちなみに三途の川の渡し賃も現代の300円程度だという──。あるいは霊臨の『Log in!』も……(俺は『Log in!』を「病み(闇)とスピ(すぴ♡)と三人称によるドライな」アルバムと定義づけた* )。

MVを見る。カラオケみたいな映像に、名古屋市内(だろうか?)のスポットが映っているのが確認できる。「おごってあげない>>Sun & Moon」後半、バッドボーイ杉本のパート、天からふと聞こえてきたみたいな演出のやばさ。曲が終わったあと、次にレコメンドされたのはROLANDのチャンネル。 #切ない #泣ける曲 とタグづけされた言葉からは、TikTok上で音楽紹介アカウントがレコメンドしてくる、back numberのまがい物やdodoのまがい物のような楽曲を思いだす。

I’m X。Xはプライベートな話をできない空間になってしまった。プライベートな話は身内で。警察の視線はどこにでも張り巡らされている。一方でThreadsは、人々が自らの厭らしい部分の吐け口としてさらに気持ち悪い空間に。気の置けない話をできる場所はもうリアルワールドだけ。郊外のどこか…ららぽーとのフードコートやはま寿司なんかでバカ話を繰り広げようや……。それでも「I’m X」と高らかに宣言する霊臨。そう、俺たちはソーシャルメディアの奴隷だ。今日もあなたが飛びつくのに適した話題をタイムラインや広告に表示させるために、ゾンビランドみたいな電子の畑をせっせと毒味しようじゃないか。

昨今よく考えるのは、急進的な主張や改革では根本的な解決につながらないということ。緑の党を見限るドイツの若い世代* 、過激すぎる環境活動家。今やwokeや一部のリベラルは揶揄の対象となり、それを描いた浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデストラクション』のアニメ映画の観客は中年男性ばかり。woke以降のいくつかの単語やアイディアはすでに、自分の立場を守るための免罪符となり、むしろ保守的な様相を見せている。ジェンダーについての議論は半歩前進しても、セクシュアリティについての議論はむしろ後退している。それどころか経済、育ち、学歴など新たな格差が次々に浮き彫りになっている。『Baka City』では、「TRICK ♡R TREAT」や「なんでも言っちゃうぜ」のような楽曲で一時は社会に目を向けた霊臨だったが、『N/Tamadevilock!』以降に再び個人的な話、僕と君だけの親密な言葉に視線を戻したことも、それらの状況とかかわりあっているように思えてならない。まずは丁寧に、自分たちの身の周りから見直していかなければならない。

たまりん。いまだに毎回、「れい、りん」と一文字ずつ変換している。ここでさっさと辞書登録するほどの合理性を持ち合わせていれば、俺もきっとアベイルのTシャツに描かれたサブカル男みたいな恰好で野外フェスかなんかに繰り出せただろうに。純喫茶を経由してシーシャバーへランデブー。俺にはどうも、底意地の悪い『N/Tamadevilock!』は居心地が良かった。しかし、飾らない言葉で人間的な感傷を聴かせる霊臨も好きだ。どんなにリリックに皮肉を込めてもユーモアを効かせても、時折きらりと光るエモーションは隠せない。彼も俺もあなたもたしかに素直さや優しさを持っていて、まだそれを感じとる体温があることに静かに歓喜している。

ついに、『I’m X = You are ???』の詳細に踏み込まないまま、この原稿を終えようとしている。でも、作品と共通したフィーリングを持つ身の上話をレヴューと名付けてもいいんじゃないだろうか。俺は《ele-king》に掲載された野田努による数々のラフすぎる文章を読み漁っているところだし。それに霊臨のこの新作の、あまりに社会性が前景化していない私的な言葉の数々に面食らってしまったのは事実。でも「めっちゃイヤなバカップルの歌」や「ヒモ配信者の彼女」目線のリリックなんて聴いたことない! シャムキャッツだってceroだって「普通の人々」の生活を活写することで社会の姿を炙り出してきたし、「個人的なことは政治的」である──ポストパンクと第2波フェミニズムのモットーだ。その点で霊臨もまた、誰よりも社会をつぶさに見つめる作家の一人であり続けている。(髙橋翔哉)


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霊臨『CITYBOY Starter kit』

 
http://turntokyo.com/reviews/cityboy-starter-kit/

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