エクストリームこそがポップ
覚醒した。そう評するしかないアルバムだ。
現在音楽の大家=CM・ヴォン・ハウスヴォルフ(CM von Hausswolff)の実娘として知られ、パイプオルガンを用いたドローン歌曲とも言うべき壮麗な音楽性でそのキャリアをスタートさせたAnna Von Hausswolffは、今作においていつにもまして歌いまくっている。高音域を多用する独特の幽玄美を帯びたボーカルパフォーマンスは圧倒的で、ケイト・ブッシュやエリザベス・フレイザーといったレジェンドを想起させるほどだし、客演にイギー・ポップやエセル・ケイン(Ethel Cain)といった新旧の才能を従えてなお一歩も引き下がらない存在感はとにかく凄まじい。「Aging Young Women」でのラナ・デル・レイもかくやというような静謐なボーカルワークから「Struggle With the Beast」での文字通り荒れ狂う獣の如くダイナミックなパフォーマンスまで、一人のボーカリストとしての成長をこれでもかと見せつけられる。
そして彼女のボーカルを支える演奏隊もまた驚異的だ。とりわけホーンセクションを担当したオーティス・サンショー(Otis Sandsjö)の貢献は大きく、サックスやクラリネットといった管楽器をそれぞれ自在に操りながら、これらを時に重ね、歪ませ、作品全体のムードを決定づける冷厳な厚みをもったサウンドを実現している。彼の卓越した演奏表現力がよく現れているのが後半のインスト曲の「Consensual Neglect」だ。徐々に音数を増しながらマキシマムな音像を現にしていくポストロック的とすら言える展開は素晴らしく、ほぼホーンセクションのみで構成されているのが信じ難いほど。さらにAnna von Hausswolffと長年仕事を共にしてきたFilip Leymanによるドラムも演奏のニュアンスや録音の具合に微妙な変化をつけることで、クラウトロック的でストイックな演奏に一定な広がりをもたらしている。
これらの諸要素が一体となって放たれるアンサンブルの破壊力は本当に凄まじい。あたかもゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラー『Lift Your Skinny Fists Like Antennas to Heaven』の過剰なまでの壮麗さ、デヴィッド・ボウイ『Blackstar』の深い陰影を纏った律動とアンビエンス、コクトー・ツインズ『Treasure』の甘く妖しい歌声の響きを一枚に凝縮した上でなおも一枚のポップ・レコードとして成立しているような、とにかく途方もない代物なのだ。ポストロック、クラウトロック、ドリーム・ポップ、ドローン、フリー・ジャズを横断する極めて荘厳かつ重層的なサウンドを操りながら、なおも「歌もの」としての普遍的な明快さをキープする離れ業だ。
そう、これはポップ・レコードなのだ。単に歌の比重が増したからというだけではない。遠く隔てたメインストリームとの同時代性においてもそうなのだ。例えばロザリアがシンフォニックなサウンドを新作に取り入れ、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーやworld’s end girlfriend、リタジー(Liturgy)をはじめ地下シーンにすでに現れていたバロック的なマキシマリズムを自身が得意としてきたフラメンコポップに導入したように。あるいはチャーリーxcxが再び最盛期を迎えつつあるジョン・ケイルを新曲に招いて、エレクトロ化したネオクラシカルダークウェーブとも言うべき新境地を開いたように。時にミニマリズムに接近しながらある種の均整美を追求した2010年代のサウンドが陳腐化しつつある今、越境の度合いを強めるメタルにせよハイパーポップ/デジコアにせよサウスロンドン以降のインディー・ロックにせよ、より重くより複雑でより過激な音楽性を追求する地下シーンの潮流と共振して、エクストリームなサウンドを志向する流れがようやくメインストリームでも生まれつつある。この意味においても「歌もの」を過剰に重厚なサウンドで成立させる今作の試みは、きわめてポップなのだ。
エクストリームこそがポップ、大きな時代の変わり目の中で、この破格の傑作は崇高なまでの輝きを放っている。(李氏)

