削っていくことで核深く本質へと向かう音
この記事を執筆しているさなか、イランのウラン濃縮施設が空爆を受けた。私は「核施設に〜」「バンカーバスターという新型の〜」というような信じ難いニュースを横目にこの『HOPE』を聴いている。この作品が生まれ、爆弾が落ちる、そんな時代を生きているのだ。下田法晴によるソロ・プロジェクトであるSilent Poetsの7年ぶりのアルバムを聴くことは、ノンフィクションの物語を読むような体験であった。
サウス・ロンドンのラッパー、キラ・ピーをフィーチャリングに迎えた「Why?」ではサウスポート殺傷事件を元にレイシズムへの怒りを表明し、「Money for War」では、“Blind, are you blind? Or is it that you’re not seeing? Deaf, are you deaf? Or is it that you can’t, see? Open up your eyes and try to get wise. Open your eyes and try to realise”のように、耳と目を開き、気づいて賢く生きねばならないという、重いランキン・アンの語り口調が、後乗りのビートに乗せられている。悲惨な現実を伝え、私たちへの警鐘を鳴らし、デニス・シャーウッドが歌う表題曲「Hope」で平和を祈るというストーリーテリングは、今起こっている現実なのだ。
サウンドにも主張がある。本アルバムでもSilent Poetsが長いキャリアの中で提示してきた、タイトなビートとベース、そこにエコーやディレイやリバーブというようなエフェクトを使用して、アブストラクトな音の輪郭にするというダブ・スタイルはそのままに、チェリストの徳澤青弦による壮大なストリングスに加え、こだま和文のトランペット、春野高広のサックスなどのホーンも充実してアルバムに展開を作っている。前作『dawn』の「Asylums for the feeling」は小島秀夫のゲーム『DEATH STRANDING』に使用され、今回の「Chariot I Plead (feat. Tim Smith)」、「Hope」は、同じく小島が手がけたゲーム『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』の挿入歌に使用されるなど、スケールの大きい楽曲を制作している彼ならではの音づくりを感じられる。クラシカルなメロディを前面に置いても音が横に流れていかず、地に根を張るように広がるのは、レゲエ/ダブ・ミュージシャンであるリー・ペリーの、トラックを温存したまま、リバーブを中心に深さを際立たせる音響的ダブ処理の手法ゆえだろう。レゲエが裏でリズムを取ることでスピードに乗らせずに、時間的誤差や「ずれ」を楽しむ心の余裕が感じられ、一聴してどこか平和な雰囲気さえ伝えるのに対し、ダブにはそういう長閑な空気はない。そのタイトさこそが、本アルバムでも感じられる“警鐘”を引き出しているのではないか。
音を加えるのではなく、削っていくことで核深く本質へと向かう。核の周りを壮大なサウンドが囲う。大きな大きな世界の中の一個人に、一票に訴えかける、あなたへの祈りとも言わんばかりの真っ直ぐな視線。私は、壮大な物語を読み終え、シンプルな平和への祈りを受け取った。(西村紬)

