数字の向こうの「ひとり」に向けて
異端のプロデューサー、soakubeats(粗悪ビーツ)が6年ぶりにソロとしては3作目となるアルバム『ひとり分の力』をリリースした。シンセパッドが奏でるコードは虚無のメロウネスを描き、サブベースはえぐり込むように密室を揺らす。Illicit Tsuboiによるミックス&マスタリングを経て、もはや“粗悪”とは言い難い洗練されたトラックが、アルバム全体を統一している。
参加しているラッパーの人選も、粒ぞろいの個性派ばかりだ。《粗悪興行》レギュラーのonnenにDEKISHI、昨年惜しまれつつ引退したMinchanbaby、意外だが納得の登場でもあるtofubeats、Valkneeに霊臨、PICNIC YOUとフレッシュなニューフェイスも。一癖も二癖もあるラッパー達が、アルバムに“流れ”をもたらしている。
とりわけ、安定のシナジーを見せるCHIYORIとOGGYWESTによる「一安心」からの、Moment Joonとの「GOOD LUCK」で〆るアルバムのエンディングは美しい。チルな「一安心」をラストに据えることも出来たはずだが、敢えてそうしなかった所が興味深い。今作のラッパーたちの中でも、Moment Joonのリリックはとりわけ鋭く、真っ直ぐにこちらの胸を突き刺してくる。
さて、『ひとり分の力』というタイトルは、2018年に亡くなったラッパーのECDが、生前に残した「どうして無力だと思いたがるのか。あるよ。ひとりにはひとり分。力が。」というツイートから取られているそうだ。ついでに、より古い発言を引っ張り出してみよう。私の手元に2004年9月号の《remix》誌があり、ここにはECDとこだま和文の対談が収録されている。前年にメジャーから完全撤退したECDは、当時新たに立ち上げた自主レーベル《Final Junky》での活動について、このように語っている。
ECD:自分でやってみてわかったのは、豆腐屋さんと一緒で、 自分で作ってそれを店に持って行って売って、お金が入ってきてっていう。そのサイクルのなかで、単純に買ってくれる人との信頼関係が本当あるなって思える。この人がまた次も買ってくれるのかなって思えるのよ。
インディーでの音楽活動には、自分の音楽を買ってくれる一人一人との関係値が築ける喜びがあることを、ECDは強調している。今回、ストリーミングでの配信をせず、自身の通販サイトからCDを一枚一枚自ら発送しているsoakubeatsの姿勢を見ていると、前述のツイートだけでなく、ECDのこういった発言も思い出してしまう。
誰にも邪魔されずに、自分の“個”を貫き通すだけなら、世捨て人になるか、人との交流を極力絶って、どこかに籠もった方がいい(それが現代日本でどの程度まで可能かはさておき、自給自足生活者はいつの時代でもクールに見える)。しかし、その道を選ぶには、茶目っ気や人なつっこさ──ユーモアが余りにも滲み出てしまう人というのが、稀にいる。soakubeatsはまさにそのタイプだろう。“ユーモア”という言葉はもともと血や体液を意味する医学用語であり、言い変えれば人が生きていくエネルギーそのものだ。「SOAKUFLIX」や「報道エアポート」など、SNSでsoakubeatsが展開している独特過ぎるコンテンツには、極貧YouTuberや地下格闘家、闇バイトと言った、現代日本のヒリヒリとした痛みを象徴するようなテーマが度々取り上げられるが、そこには逆境を逆境と認めた上で、世界も自分もカラッと笑い飛ばすユーモアが常にある。
再生回数、フォロワー数……音楽において、これらの“数字”が常に表示され、誰もがこういった“数字”を価値基準として内面化している時代になって久しい。今更それを嘆いても始まらないし、とりわけヒップホップというジャンルは、そういった身も蓋もない成果至上主義のもとで発展してきた側面もある。
だからこそ、“数字”の向こうにいる“ひとり”に向き合い、無力な人間など一人もいないということを──毒気たっぷりのユーモアとともに──身を持って伝えようとするsoakubeatsの姿は眩しい。44分のCDにはたっぷりと、荒っぽく、毒々しいサウンドとリリックが詰め込まれているのにも関わらず、聴き終えた後に残るのは、眠気が吹き飛んだような爽やかな感情だ。(Kotetsu Shoichiro)
CDのご購入は以下からも
https://soakukogyo.theshop.jp/
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