変わらない男の身勝手さと魅惑
〈俺は紳士だ。お前らの女に50万ドル賭けた、俺はフェミニストだ〉
( 「On BS」)
『Her Loss』とはいかにもドレイクらしいタイトルである。ドレイクというアーティストは多くの時において、“彼女の喪失”を歌ってきた。パートナーとの別れに対しての、自らの感傷的かつ執着的な思いについて、歌で曝け出してきたドレイクにとって、歌とダンスで満たされた前作『Honestly, Nevermind』は、本作を聴いた後では、いささかソフトでロマンチックな作品にすら聴こえる。
ドレイクが、ストリートと殺人について紡ぐ21サヴェージと組んだ新作『Her Loss』は挑発的で酩酊感溢れるヒップホップ・アルバムと言えるが、まさしく“Guilty Pleasure”(罪深い喜び)というべきか、そういう感覚に溢れる作品でもある。
ドレイクと21サヴェージ、両者の音楽性が織り混ざったことによって、『Her Loss』はあらゆる点で独特なバランスの作品になっている。ドレイクによるゴシップや成金趣味に満ちたアイロニカルでアッパーな歌詞と、21サヴェージの暴力的な歌詞が混在しながら、時々内省に浸り自己反省するドレイクが顔を見せる。例えば、ラップと歌をドレイクの作品における二つのアイデンティティだとするのであれば、『Her Loss』は引き裂かれるような思いだ。内省的なメロディと攻撃的な言葉の入れ替わり立ち替わり。我々は不安定なライドへと誘われる。
前述した挑発的、というのは文字通り“全方位を馬鹿にしつつ”も(プロモーションの《Vogue》や《SNL》のオマージュも含めて)、時々自己批判的な反省を見せる、その捻れた感覚のことである。ミーガン・ジー・スタリオンやDRAMへの辛辣な言及(特に前者に関してはミソジニックなラインであるとしてリリース直後に物議を醸した)は、攻撃的な側面の象徴だ。7曲目「Hours Is Silence」はメロディアスなラブソングであり、パートナーシップについて自己反省する様子を見せながらも、ルッキズムと言われかねない無神経なラインも目立つ。本作における“彼女を失った男”は、どうやら何もわかっていないのである。
内省に向き合い、自らの繊細さや弱さを曝け出す、という点において語られることの多いドレイクの歌で描かれるのは、同時に成金趣味と女性へのミソジニックで束縛的な態度に満ちた男でもある。ドレイクの特徴は、弱さや感情の抑圧に抵抗しながらも、それが現代的なマンフッドの形成や有害な男性性の解体に至らないところにある。自らをフェミニストと言ったり、人工妊娠中絶の権利を雑に叫んでみたり、あるいは『Certified Lover Boy』(2021年)収録の楽曲「Girl Want Girl」で自らをレズビアンだといったりする様を、真剣に聴くことはできないだろう。ドレイクは正直に見えて心の底から不真面目、不誠実でもある。そんな彼のマッチョ性は変わらない。
『Her Loss』は全くもって身勝手な作品である。描写は男の主観のみ、性的な話題から高級品の話、他人の悪口まで、話題はあちこちに飛ぶ。一部の批評家が喜んで頬張るようなドラマ性は無いと言っていい。そう、先に進む気は一切ない。人々は変化を求めるが、このアルバムはあらゆる意味で変化を放棄し、身勝手だからこそ、逆説的に現代の作品として希少性を放っていると言えるかもしれない。
実際、『Her Loss』の音楽に抗えない自分がいる。ザラついた音像やギターの歪みは作品の荒々しさを高め、声質とフロウに特徴のある両者のラップが掛け合わされることによる化学反応は、キャラクター以上に音としてディープな感触を放つ。1曲目「Rich Flex」や、続く2曲目「Major Distribution」の、過剰なビートスイッチも、歌とラップも、攻撃性と内省も、節操なく他人に不誠実に切り替わるが、同時に欲望を満たしてくれもする。
ジェフ・チャンは名著『ヒップホップ・ジェネレーション』にて、N.W.Aの発する音楽のトキシックな側面とサウンドとしての魅力に、引き裂かれていた当時の批評家やファンたちの姿を捉えた。すっかり時代は変わったが、要は、自分もそういう気分であると言っても過言ではない。
「過剰な音楽が聴きたい」「メロディとビートに溺れたい」「只々ラップの快楽に浸りたい」。『Her Loss』を前にして、少なくとも自分は、それらの表面的な欲望の数々に、無欲であると言い切ることはできない。彼らの湛えるマッチョ性や攻撃性に警戒しながらも、毒々しく危険な『Her Loss』の音楽はあくまでも魅惑的だ。
そう、認めるしかないだろう。引き裂かれるような音楽を求めている自分がいることを。身勝手な男たちに振り回されている、踊らされている、そんな自分がいることを。(市川タツキ)
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