Review

Olivia Rodrigo: GUTS

2023 / Universal Music / Geffen
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リバイバルは新たなフェーズへ

21 September 2023 | By Tsuyachan

端的に言おう。オリヴィア・ロドリゴの本作によって、昨今のリバイバル・ブームはいよいよ次のフェーズへと向かうことになる。ピンクパンサレス、リナ・サワヤマ、NewJeans……90年代~00年代の音楽がマチズモの解体や軽やかさの獲得といった形でさまざまに再定義されてきたが、『GUTS』はそのような試みをもう一段前に進め、<過去の音楽>と<感情の描写>をより強固に結びつける。サウンドのデータベースと感情のカラーパレットを一つひとつ接続させ、多くの色彩とタッチで、移ろいやすい複雑なエモーションを描ききる。未だかつて、誰も成し得ていない形で。

予兆は前作にもあった。「good 4 u」(2021年)を思い出してみてほしい。イントロから思わせぶりに鳴るベース音、ひんやりとしたコーラス、「良かったねそんなに簡単に吹っ切れたなんて」と笑みを浮かべ静かに歌う不気味なヴォーカル──ホラー映画のように徐々に不安なムードが高まり、上昇するBPMとともにサビで感情が爆発する。Bメロの歌唱は特段すばらしく、震え戦慄するような心緒がシアトリカルに表現される。ジャンルとしての参照元はポップ・パンクだったが、シンプルなサウンドフォーマットを一大スペクタクルへ練り上げた手腕といったら並大抵ではない。

今作においては、その表現力のヴァリエーションはますます多様に細分化している。たとえば「vampire」は、ロック・オペラとも言うべき音楽性にこれもまたホラー風味な味付けで“Bloodsucker”や“fame fucker”といった巧みな言い回しを散りばめ、骨太なスケッチを繰り出しながらナイーブな気持ちを存分に煽る。「bad idea right?」や「get him back!」といった曲は、グランジやインディー・ロックなどリファレンスとなる音楽性と、そこで吐露されている多岐に渡る感情──満ち満ちた自信、嫉妬、怒り、憎しみ、歓びなど──がうまく嚙み合っている。随所で絶妙なタイミングで入るジャンク/ノイジーな音の細工も含め、歌詞-感情-音の連なりが必然性をもって迫ってくる。

中でも一曲目「all-american bitch」はとりわけ見事で、そこで綴られているのは安易な二項対立に陥らない複雑な感情であり、ユーモアもアイロニーも内包している。これだけ感情消費が加速している時代に、彼女は決してそれらの安直な発露に堕さないのだ。なぜそれが可能かというと、複雑な感情表現は自分の本心に正直になった結果であり、そのために参照するあらゆるロックサウンドも本当に「好き」だからだろう。彼女の場合、「好き」という気持ちが、生まれたばかりで定まらない感情を表すためのトリガーとして的確な引用を喚起しているように見える。だからこそ、一昔前だったらあり得なかったようなインディー・ロックとポップ・パンクが同居する不思議さが、間違いなくそのどちらも愛しているのであろうというリアリティによって強固な作家性へと還元されている。

「good 4 u」でオリヴィア・ロドリゴは「Maybe I’m too emotional」と繰り返し熱唱していたが、その言葉は、近年の感情資本の社会に見られる「自分の感情をきちんとコントロールするべし」という風潮に相反している自覚があるがゆえだろう。他方、彼女はいくつかの曲で歌っている通り、自分とパートナーの愛情の量を比べて不満を述べてもいる。その姿は、エヴァ・イルーズの言うところの感情資本主義社会の困難さそのものの体現であり、つまり『GUTS』は感情に支配された現代社会の産物とも言えるはずだ。けれども同時に、この作家に宿るサウンドのデータベースの緻密さと感情のカラーパレットの豊富さ、それらを束ねる表現力は、極めて稀有な才能として見過ごすことはできない。

オリヴィア・ロドリゴは旗を立てた。本作が、次の時代のスタンダードだ。(つやちゃん)

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