サウス・ロンドンから英国のリアリティへ愛をこめて
英国インディー・ロックの復権を担うと目される、サウス・ロンドン・シーンから登場した女性4人組バンド、 ゴート・ガールのファースト・アルバムとなる本作を一聴すると耳に残るのは、ドロドロと私たちの体にまとわりつくような、ポスト・パンク的なダークで耽美なサウンドだ。そして、インダストリアルなドラムが特徴的な「ベイパー・フィッシュ」やサイケ/エクスペリメンタル色の強い「ア・スワンプ・ドッグス・テイル」などに現れているように、バンド自身のの多彩なルーツが作品で混ざり合い、広がっていることもわかる。
リリックに目を向ければ。保守党と民主統一党を直接的に批判する「バーン・ザ・ステイク」や、アメリカ-メキシコ国境の壁(それは「ブレグジット」という他国との見えない壁を作った自国の比喩ともとれる)を題材とした「クラッカー・ドロール」、セクシュアル・ハラスメントへの告発ともとれる「クリープ」が印象的だ。
作品を形成する大きなテーマの一つがポリティカルな悲観的ムードであることは確かだが、しかしバンドが鳴らすのは決して現実からの逃避のための音楽ではない。「銃を握り行動に移す/約束の地を歩くんだ/腰を落ち着けてコーヒーを飲もう/崩壊する前にこの景色を楽しんでおきな」(クラッカー・ドロール)という歌詞で、駆け抜けるガレージ・サウンドと共に吐き捨てるように歌われるのは、他国との間に壁を作り崩れゆく自国を横目に、不器用だが頑強に生きていく人間の姿である。作品の最後を飾る曲は「トゥモロー」。鳥のさえずりと自動車の音が静かに響くフィールド・レコーディングで終わりを告げるこの曲は、本作を経た後、再度私たちがくだらない日常生活(≒明日)へ回帰していかねばならないことを示しているようだ。それでもボーカルのロティーは、「私は生まれながらのダンサー/ノーと言う答えは受け入れない」と歌う。それは、“明日”と付き合い、そこでどうにか生き続けるという行動への決断である。
絶望した日々を変える何かは、きっとすぐには見つからない。だけれでも、何とかその日々を生き抜く。ゴート・ガールがそこで鳴らす音楽は、聴く人が今を一歩一歩生き抜くためのサウンド・トラックとして鳴り響くだろう。(尾野泰幸)
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