Review

Four Tet: Sixteen Oceans

2020 / Text Records
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ダンスフロア向けの肉体的な音楽から離れる準備

27 March 2020 | By Tetsuya Sakamoto

フォー・テットを名乗るキエラン・ヘブデンは今、彼がダンスに接近する以前の音楽ーーそれは往々にしてフォークトロニカと呼ばれるがーーを再探訪し、そこにあったアイディアをより有機的かつ内省的に再構築しようとする道程の真っ只中にある。その傾向は前作『New Energy』(2017年)からも伝わってきた。『There Is Love In You』(2010年)以降彼の中心にあったダンス・トラックはあるものの、ダンスフロアをロックオンするトラックというよりも、牧歌的なアンビエント感覚を伴ったミニマル・ハウスで、アルバム全体に漂うムードもドリーミーでロマンティック。それは『Pause』(2001年)や『Rounds』(2003年)にあったメロウで温かみのある電子音の響きを再構成し、クラブ・トラックに結びつける実験であったように思える。

そんな前作からおよそ2年半ぶりにリリースされたのが今作『Sixteen Oceans』だ。今作は、自然音/環境音と柔らかな電子音、様々なアコースティック楽器の音色によって紡がれたアンビエントとミニマル・ハウスを共存させた作品で、前作の延長線上にあるといえるだろう。そして、前作よりもフォークトロニカ時代を想起させるような温かみのある音が増えたことは、彼がダンス・ミュージックだけにフォーカスしなくなったこと、言い換えるならば、フロア向けの肉体的な音楽から離れる準備ができているということを示唆しているようでもある。

だからといって、それは今作にクラブ・トラックがないということを示すものではない。もちろん、穏やかなメロディが印象的なミニマル・ハウス「School」やイギリスのシンガー・ソングライターのEllie Gouldingのヴォーカルを巧妙にチョップしてハウスと絡めた「Baby」、あるいは彼流のハード・ミニマル解釈といってもいい「Insect Near Piha Beach」のようなダンス・トラックがアルバム前半に収められている。とりわけ古琴を思わせるような音色のストリングスと漂うようなヴォーカル・サンプルが強靭なイーブン・キックのビートと交錯する「Insect Near Piha Beach」は将来間違いなくフロアを彩るトラックになるだろう。だが、ここにあるは『Beautiful Rewind』(2013年)にあったようなアグレッシヴさではなく、『Rounds』のような温かみのあるエレガントさだ。そして、7曲目の「Insect Near Piha Beach」を境に、次第にアルバムはダンスフロアを離れ、瞑想的なアンビエント・スペースへと向かっていく。鳥のさえずりなどの環境音にピアノと細やかなエレクトロニクスが絡み合う「Green」、ドローンとヴォーカル・サンプルによる「4T Recordings」、ピアノの反響が美しい「This Is For You」、そして穏やかにアルバムの終わりを告げる「Mama Teaches Sanskrit」。この終盤の美麗さを保ったまま内省に向かう展開は、間違いなく今作のハイライトであるといえるし、今作が自然で有機的なアンビエント/エレクトロニカ作品であることを象徴するような流れである。

『There is Love In You』以降ダンス・ミュージックに振り切れた感のあった彼が、そこからの移動を示唆するようなアンビエント空間をこの最新作で現出させたことは、もしかすると2020年代のエレクトロニック・ミュージックの一つの指標になるかもしれない。そんなことを抜きにしても、今作のエレクトロニクスとアコースティック・サウンドが織りなす繊細な音色の耽美さに我々は抗うことができないはずだ。(坂本哲哉)

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