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Deadletter: Existence Is Bliss

2026 / So Recordings
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サウンド拡張、Deadletter、新章へ

27 February 2026 | By Eri Mokutani

2025年8月末、イギリスでDeadletterのライヴを観た。そのとき彼らは、前作『Hysterical Strength』(2024)に収録された曲を主体に演奏し、扇動的で観客と一体化しようとしつつも、何かと戦っている印象を受けた。だが、一番の衝撃は、このライヴではじめて聴いた、本作収録曲「It Comes Creeping」のイントロだった。テナー・サックスが有する最高音域(通常音域外、出すだけでも相当難しい)のロングトーン。不意打ちを食らった衝撃。それは脳天を突かれたような衝撃で、そこからステージで、フロアで何が起こっていようとも、その光景から目が離せなかった。

Deadletterは、ノース・ヨークシャー出身のZac(Vo)、Alfie(Ds)、George(Ba)の幼馴染3人により2020年に結成された。幾多のメンバーチェンジを経て、現在は6人組で、ロンドンを拠点に活動するオルタナティヴ/インディー・ロック・バンドである。活動初期は、ロンドンを拠点とする多くのバンドと同様に、Shame、Sorry、Fat Dogらを輩出した、ブリクストンにある《Windmill》で演奏していた。注目すべき新進気鋭のインディ・ミュージシャンを取り上げるイギリスのDIY音楽雑誌《So Young Magazine》でも、「ロンドンで最もエキサイティングなバンドの一つ」と評されたこともあり、いまUKインディー・ロック好きのあいだで、注目を集めているバンドである。

Deadletterの魅力の一つはサックスであることは間違いない。いかにもサックス!なかっこいい音はもちろん、悲鳴のような高音から抒情的な温かみのある音までを自在に操り、曲を立体的に彩る。加えて、ジャカジャカとした2本のギター、踊りたくなるようなグルーヴィーなベースとボトムスを支えるドラムス、これらの分厚いサウンドに寄り添い、時に反抗するZacの太い低音ボーカルも魅力だ。

今回届けられた彼らのセカンド・アルバムのタイトルは『Existence is Bliss』。『存在こそは至福』、あるいは『ただ在るだけで幸福』とでも訳そうか。希望なのか、逆に恐怖を感じるような題名だ。バンドは本作について、聴く人に解釈を任せる「哲学的アルバム」だと言っている。

「To the Brim」、「It Comes Creeping」、「Cheers!」はグランジやフリージャズの不協和音を前面に押し出した前作のような、いやそれ以上に激しい曲調の楽曲。しかし、それより本作で耳を惹いたのは、往年のブルー・アイド・ソウルを彷彿とさせるように歌い上げ、美しいコーラスワークが聴ける「What The World Missed」、バス・クラリネットから始まる哀愁漂う「Focal Point」、鳥肌が立つ痺れるサックスが印象的な「He, Himself, and Him」のような彼らの新境地を感じる曲たちだ。

彼らが新境地に到達した大きな理由の一つが、サックス・メンバーの交代だろう。前作リリースの直前に、サックス担当がPoppy上述した《So Young Magazine》のライターでもある)から、Nathanに交代している。Poppyの貢献は大きく、バンドの中心メンバーであり、ボーカルのZacは、「Nathanは本当に素晴らしく、大きな穴を埋める有能な後継者だが、彼女が離れたことは非常に残念だ」、と、語るほどだ。しかし、アルト・サックスがメインのPoppyからテナー・サックスがメインのNathanに交代したからこそ、Zacの低音ボーカルがさらに映え、時に、激しさも増したように思う。Poppyが持ち込んだ様々なアイディアがバンドを強化し、Nathanが拡張したとでも言いたくなる。

そして本作は、多様なジャンルの曲が並べられながら、一枚の作品としてまとまっている。すべての曲に統一感を感じるのは黒人音楽、とりわけブルースを起源に持つジャンルの曲を演奏していることと、作品が後味の悪いB級サスペンス映画やホラー映画のサウンドトラックのような構成になっているからだと思う。扉が開くような「Purity I」 から始まり、最初の事件が起こり、回想し、解決に向かうと思いきや、また事件が起こる。最後に解決はしたものの後味の悪い結末を迎え、スペイシーだが恐怖感のある「Meanwhile a Parallel」で作品が締めくくられる。この構成になったのは、おそらくZacが読み込んだ、フィリップ・K・ディックの小説の影響が少なからずあるのだろう。現実崩壊の不安感とそれに抗おうとする彼の姿勢が作品に現れているように感じる。

本作がリリースされる2月27日からバンドはUK、欧州ツアーをスタートさせる。ギリシャ・アテネでは、《SUMMER SONIC》にスペシャルゲストとして名を連ねるDavid Byrneを、これまた3月に来日するNation of Languageとともにサポートするライヴも含まれている。イギリスで彼らのライヴを見たとき、サックスのメンバー交代の心配をしていたが、そんなことは取るに足らないどころかパワーアップしていた。加えて、そのライヴはサーキットフェスで、会場の大きさは上から3番目、彼らの出番はトリ前々。にも関わらず、大盛り上がりでちょっと早いけど、今日はこれで帰ろうかな、と、思うくらいとても満足した。種々の武器を手に入れ、経験を積み、これからどのようにキャリアを進めていくのだろうか、楽しみで仕方がない。(杢谷えり)

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