Review

Summer Eye: 大吉

2023 / Pillow Union
Back

デュシャン的アティチュードを今に引き継ぐポップソング

14 April 2023 | By Dreamy Deka

元シャムキャッツのフロントマンを、バンド解散後に何度か目撃した。ある時はコラージュ・アーティストの夏目知幸として。ある時はラップトップPC一台でバックトラックを鳴らして歌うSummer Eyeとして。バンド時代の大いなる遺産に寄りかかることなく、もう一度ゼロから自分の表現を探す真摯さに感服すると共に、この人はもういわゆるポップソングを歌うことはないんじゃないか、という予感を勝手に抱いていた。眩しいスポットライトや分かりやすい起承転結から離れて、もっとアノニマスな、雑踏の中に溶け込んでいくような表現に向かっていこうとする欲求があるように感じたのだ。思えばシャムキャッツ時代も、ファンの嬌声と視線を一身に浴びる生来のスター性を自覚しつつも、それを素直に受け入れられないシャイネスを常にまとっていたような気がする。

Summer Eye名義でのファースト・アルバム『大吉』がぐっと胸に迫ってくると言うか、めちゃくちゃに感動的なのは、そんな私のうっすらとした予感を吹き飛ばす最高のポップチューンを引っさげてシーンに戻ってきてくれたということに加えて、あの時に感じた匿名性への憧れのようなものも手放していないところにある。バンド解散以降、3年にわたる探求の末、彼にしか鳴らすことできない、そして彼の心身にジャストフィットするアートフォームを、ついに発明・確立したように思われるのだ(ちなみに私はこれを「シャイネスボーイの一念発起ポップ」と勝手に呼んでいる)。

まずアルバムも収録曲のタイトルも、全て漢字二文字からなる熟語である。なんというざっくり感。そこから彼ならではのオリジナリティやメッセージを読み取ることはできない。いや、あえて読み取らせないということなのかもしれない。聞き慣れない単語としては「甘橙」と「水坑」があるが、それとてオレンジと水たまりのこと。我々の日常のどこにでも転がっているものである。

また、アルバム全体を通じてサウンドの骨格となっているのは、アシッド・ハウスの定番機材…なんて説明も不要なくらいにお馴染みのローランドTB-303の音色。つまり誰もが知っている汎用的な機材を使った、原始的なプログラミングをベースにアルバムが構成されているということだ。

この世間にありふれた、あるいは使い古された、言わばレディメイドの言葉と音色を使って、ブラジルからジャマイカ、イビサ島を経由した一大ポップ・アルバムを作ろうという試み。「真の芸術とは作家自身の手による一点モノでなければならない」という固定観念を完全に乗り越えているという点において、デュシャン的アティチュードを今に引き継ぐポップアートのマスターピースと言えるだろう。

しかし私たちはすでに、夏目知幸というソングライターが、「GIRL AT THE BUS STOP」、あるいは「AFTER HOURS」や「MODELS」といったシャムキャッツ時代の名曲たちにおいて、何ら特別なものを持たない、どこにでもいる若者たちの刹那にやわらかな、しかし決して消えることのない光を当ててきたことを知っている。その事実を踏まえれば今回もまた、私たちのありふれた、既製品に囲まれた生活や人生を引き受けた上で、肯定してくれる唯一無二のソングライターが帰ってきたのだ、ということを強く実感せずにはいられない。

例えば、

 “今朝お茶を淹れたけどマズくて吐き出した
 どうやらまだまだ学ぶべきことっていっぱいある気がした”(「失敗」)


というフレーズを、軽やかなブラジルのリズムに乗せてささやくことで、私たちの日常のままならなさと成長の可能性をさりげないユーモアと共に伝えてくれるシンガーに。

あるいは「湾岸」のバレアリック・ビートの中に不意に挟み込まれる、

 “多分このままずっと 僕ら幸せだよ 杉並 アジア 宇宙 すべて君のもの”

というパンチラインによって一瞬の多幸感を永遠のものとして焼き付けてしまうリリシストに、シャムキャッツ解散後の3年間で出会うことはなかった。

ツルッとして冷たく、捉えどころなく走り去っていく日常。その隙間に手を差し入れて、切り出されたかけがえのない9つの場面。私はこの作品を、折に触れてずっと聴き続けていくことになると思う。

そしてここからは完全に蛇足だが、このSummer Eyeの『大吉』とシャムキャッツにおけるもう一人のソングライター菅原慎一が率いるSAMOEDOのファースト・アルバムが、さりげなくも包摂的な優しさという点において深く繋がっているということに思いを馳せずにはいられない。これこそが改めて浮き彫りになったシャムキャッツというバンドの本質のような気がして、久々に新鮮な気持ちで過去の音源にも向き合っている。(ドリーミー刑事)


※8月1日にアナログ・レコードでもリリース予定

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