地に着いた身体を浮遊する声、音が社会の幻想を突破し解放する
「単純に面白いことをやろう」という即興性と、技術面での自発的な試みが前面に出ている日本のバンドは確かに増えた。しかし、内省的か、花鳥風月を愛でるか、自己啓発的な楽曲ばかりで、社会に対する野生味のある主張が欠けるものばかりだと思っていた矢先、LOLOETからアルバム『環響音』がリリースされた。
和田彩花は、かつてガールズアイドルグループ、スマイレージおよびアンジュルムの初代リーダーを務めていた。卒業後はフランスへの留学を経て、帰国後に自身の事務所を設立。大学院に進学したきっかけでもある美術をはじめとした芸術にまつわる活動をしている。その一つがLOLOETというバンドだ。
ベーシストの劔樹人は長年「あらかじめ決められた恋人たちへ」に所属していたが、2024年に脱退し、現在はLOLOETでの活動を精力的に行っている。かつて和田彩花名義でもバンド形態で共に活動していたが、そこから地続きとはいえ、LOLOETでのアプローチは明らかに異なる。
余談ではあるが、劔がかつて暮らしていた大阪・ミナミにあるライブハウス《難波ベアーズ》で、昨年7月に「ELLE」の7インチシングルリリースパーティーがあったのも、もはやLOLOETの活動の方向性と呼応しているとしか言いようのない出来事であった。
* https://note.com/tsurugimikito/n/na86d4cffe12c
「Recitation-place」では、“Une grand-mère qui vient de jeter les dèchets agite la main depuis la voiture”(ゴミ捨て終えたおばあちゃんが車内から手を振る)、“Tourne, souffle, tourne, toi”(まわれ価値観、まわれあなたが)と詩が読まれ、弦楽器に近い和音がギィィと鳴り響く。こうして言葉を紡ぐ和田は、フランス語と日本語のポエトリーリーディングで自由に表現を行う。例えば「SŒUR」「Forêt」「almond」では日本語ではっきりと詩を書き、他の曲ではフランス語を用いて抽象的な絵を描くように、リスナーの想像力を掻き立てる。
“sœur(妹)”という言葉は、かつて和田が活動をともにしたメンバーや実妹のことも指すのだろう。その中で“y a-t-il une maison?”(家はあるのだろうか)と投げかける。集団から離れそれぞれに活動して暮らすことの解放感と、たくさんの危険性、すなわち自由という言葉と現実を同時に考えさせられる。
「La fête」では和田彩花の柔らかい声で“平生解放宣言”という言葉が繰り返される。ZIONでも活動する吉澤幸男のシューゲイザーに近いギター、そして宣言の中でチャンケンのぐるぐると回るトランペットが鳴り響き、花園distanceでも活動するhamachiの繊細かつ優しいドラムビートが、ポストロックとポップのアプローチで曲を支える。
比較的明るいムードから一変し、ダビーな響きの中でデモ活動をテーマとした「Slogan」が続く。そして先ほど歌詞の一節としても登場した「sœur」が曲のタイトルとなり、“揺るがぬわれらの唯一神 無関係な顔 あなた”という歌詞と、渋滞のさなかのような演奏が渦を巻く。
「Le poisson」「les yeux」「encore」はいずれもインストゥルメンタル・トラックとなっており、アンビエントやドローンのような世界を演奏メンバーが体現し、浮遊感に満ちている。アルバム・タイトルの『環響音』にもふさわしく、アルバムに先駆けて公開された動画でも披露されたアンビエント・セッションからも、本作のコンセプトが窺える。
最後を締めくくる「almond」では電池が切れかけのロボットが最後の力を振り絞ったかのような声、ギターの低い音で奏でるメロディーと無機質な打楽器の演奏が印象的だ。スラングの“nuts”の意味合いも込められているのだろうか。
LOLOETはあくまで5人のバンドであり、それを証明するためにも和田は中心には立たず、下手側に立つ。そうして5人が音と声を鳴らすあいだ、社会の幻想を柔らかく、しかし確実に突破しようとする。また、LOLOETのライブの頻度が上がっているのは、一つの大きな革命や拡声器によるその場しのぎの主張よりも、積み重ねる活動の確実さを誰もが信じているからだろう。(ぽっぷ)

