90年代のノスタルジアを塗り替える音響
LAを拠点にユース・ラグーンのツアーメンバーであり、同郷の3人組グループuntitled (halo)のプロデューサー/エンジニアを手がける、urika’s bedroom……といった関係性も複雑な、LAシーンきっての重要人物なのだが、ともあれこのurika’s bedroomことチャド・カズンズの音作りには大きな特徴がある。彼を最初に知ったのは、2023年のシングル「Junkie」だった。イントロの重いキックの出音に興味を持つ。キュッと鳴るアコースティック・ギターのフレットノイズを、DJのスクラッチのように効果音として取り込んだり、エレキギターのノイズを薄く重ねてはパッドに似た膜を張ったりしている。ダウナーな曲調のなかにあるこうしたノイズやハーモニクスの響きに、ミキシングはどうなっているのか? 強く疑問に思った。
「Junkie」のミキシングはマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ナイン・インチ・ネイルズのエンジニアを担当する、ソニー・ディペリが行っている。ダイヴがファズ・ギターによって騒々しいグランジ〜シューゲイザーを往来する『Deceiver』、新作『Frog In Boiling Water』もディペリによるものだ。そしてurikaのサウンドの特徴も、90年代グランジ/オルタナティヴとシューゲイザーの間をいくギターの鳴りにあるだろう。デビュー・アルバム『Big Smile, Black Mire』はアディショナル・エンジニアにヤー・ヤー・ヤーズ、ビーチ・ハウス、ダイヴを手がけたクリス・コーディーを迎えており、urikaの音響への拘りが見てとれる。
「Circle Games」はダウンテンポのドラムマシンに金属音の硬いエコーが絡むトリップホップ。「Junkie」のビジュアル・アートを手がけたVivian Buenrostro とツイン・ヴォーカルをとるこの楽曲は、戦後の今もなお続く支配者の渇望とそのなかで味わう孤独を歌っている。差し込まれる効果音は、イルカの鳴くホイッスルに近い連続音だったり低く濁った弦音だったりと緊張感を漂わせていて、昨今の情勢を表すかのようだ。続く「If I Cut The Wings Off A Fly」はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「Sometimes」に通じる儚さがある。ヴォーカル箇所は1分間に満たないけれども、アコースティック・ギターによるモチーフとフィードバック・ノイズの展開によって、鮮明な印象として残る。
一方で、「XTC」の軽快なブレイクビーツやリヴァーブのかかったギター・リフは90年代への憧憬を抱いている。もしかしたら、ジョージ・クラントン周辺のヴェイパーウェイヴ〜チルウェイヴに近いドラム・サウンドだと感じる人もいるかもしれない。筆者も最初はそう思っていた。けれど今作を通して聴くと、「XTC」はスマッシング・パンプキンズの「Today」、もしくは「Appels + Oranjes」へのオマージュだと思った。デジタル初期のノイズがまじったローファイなギター処理、グングンと突き進む乾いたビートと打ち込み、そしてメランコリックなメロディー。これらに注目すると、urikaが今作で表現するのは、90年代のギター・ロックを実験的音響によって再構築することだと気づく。
urikaがツアーを共にするNourished By Time、シャネル・ビーズも過去のあらゆる文脈を解体しては、再構築するシンガー・ソングライターだろう。ギターに焦点をあてたシンガー・ソングライターで言えば、Mk.geeもそうかもしれない。90年代のリバイバルで終わらない様々な分野のミックス、そして再解釈をするアーティストの登場に期待している。(吉澤奈々)
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