コントロールを手放して、「私たち」で昇っていく
ファースト・アルバムに込められた期待
パンデミックにより自宅待機が強制されていた時期につくられた作品には、コラボレーション型のものや、自分の内側に目を向けたものが目立っていた。たとえば、テイラー・スウィフト『folklore』(2020年)、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Magic Oneohtrix Point Never』(2020年)は、どちらにも当てはまる、コラボレーション型で自身のルーツを確認するようなアルバムだ。特にコラボレーションに関しては、全ての人に時間ができたのだから今までできなかったことを、というわけなのか、この2作と同じように納得半分と驚き半分の組み合わせが多かったと思う。同時期に作られたHAAiの本アルバムも、コラボレーターが多数参加している。しかし彼女の場合は、コラボレーターとしてオファーしたのも、目を向けているのも、身近な友人たちだ。
HAAiはオーストラリア出身で、拠点をロンドンに移してからクラブ・ミュージックに出会い、2018年までの2年間《Phonox》のレジデントDJを務めていた。活動の軸はテクノ。すでにコラボレーション・シングル「Lights Out」がリリースされているので意外に思ったが、友人たちとのコラボレーションを選択するのは、彼女にとって大きな決断だったそうだ。というのも、ストレート男性以外のアーティストにとってコラボレーションは、「君は作曲ができないんだね」と言われる原因となる場合もあるから。それを避けるために、彼女は今までひとりで楽曲を作り、自分の作品をコントロールして守ってきた。しかし、同じく《Phonox》のレジデントを務めていた友人ジョン・ホプキンスとの共同作業でその素晴らしさに気づき、コラボレーションを進めることになったという。そうして「私」の曲を「私たち」の曲にすることは、結果的に、その差別的な嫌味を全く的外れだと振り払うことにもなった。関わった人すべて(電話でモチーフをハミングをしてくれた人なども含む)の顔写真のコラージュをフィジカルにデザインしているのも、「私たち」の曲というスタンスを表しているんだと思う。
そして、制作方法を変えたということは、今までの完璧なコントロールを手放したということだ。だからか、アルバムを通して聴いていると、急旋回を繰り返しながら空を飛んでいるような感覚になる。「Purple Jelly Disc」では、音の厚みが何度も変化したり、サンプリングされた音声が畳みかけられたかと思えば、伸びやかなコーラスが入ってきたり。極め付きは、最後の「Targigrade」で急に慌てたように流れるビート。レコードの盤面に関係なく曲同士が続いているのも、コントロールされていない表現のひとつかもしれない。アルバムに通底しているアンコントロール具合は、意識的に作られていると言っていい程に過剰で、コントロールを手放したと主張しているようでもあり、「私たち」として楽曲を制作することを楽しんでいるようでもある。
もうひとつ、アルバムを通して聴こえるのは、昨今よく取り上げられる題材のラジオやテープを想起させる音やノイズだ。彼女は「Human Sound」を作ったきっかけについて、テクノにおけるクィアと黒人の起源や、現状そういった歴史が軽視されていることについて、Kai-Isaiah Jamaと話し合ったことだったと言っている。そうなると、デトロイト・テクノの下地を準備したのがラジオDJであったことや、デモがもっぱらテープでやりとりされていたことなど、起源や歴史の一部としてアルバム全体に取り入れているとは考えられないか。
最後にあともうひとつ。アブストラクトではあるけれど開放感のあるトラックも多く、たとえば「Pigeon barron」では持続する音ののちに上昇して、開放感あるハーモニーに着地する。以降、持続する音があると同じような着地を期待してしまうわけだが、それに存分に応えてくれるのはタイトル・トラック「Baby, We’re Ascending」だ。「私たち」の曲には、テクノの起源や歴史に関する音が鳴っているし、開放感ある着地に向かった上昇が期待される。その期待に「Baby, We’re Ascending」が満足いくまで応えてくれる。それなら、この期待は、彼女の、コントロールを手放した「私」への期待であり、積み上げられたテクノの歴史の上にいる「私たち」への期待だ。だっていま「私たち」は上昇しているのだから。(佐藤遥)
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