Review

なるぎれ: Another Days After Story

2026 / なるぎれ製作委員会
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pH 3.5

01 March 2026 | By Yasuyuki Ono

伊坂幸太郎が2006年に発表した『終末のフール』という小説がある。作中では3年後、小惑星が地球に衝突することがほぼ確実となっている。終わりに一歩一歩近づいていく世界のなかで、仙台北部にあるヒルズタウンという郊外団地を舞台に、来る死を考え、過去を振り返り、残された時間を生きていくさまざまな住人たちの人間模様が描かれている。題材はディストピア的ではあるものの、伊坂の筆致は作品全体を通じ冷静かつ平坦で、その平熱感のある文章が、終わりが義務付けられた世界に生きる人間の感情や空気感を正確に表現しているようにも思える。寿命というアトランダムに舞い落ちる最期ではなく、タイムリミットが明示された世界だからこそ強固に浮き彫りになる人間の生のかたちを記述するのが『終末のフール』という作品だ。

2021年に東北大学の軽音楽部にて結成された4人組のインディー・バンド、なるぎれのセカンド・フル・アルバムである本作を聴きながら、私は上述した伊坂の小説のことを思い出していた。定められた終わりの時間へと向かうなかでこそ鮮明に立ち現れる、葛藤や焦燥が入り混じった音と詩の輝きが、なるぎれの本作にはある。アルバム・オープナー「スーパーハッピー」や「前線」における、夕立のあとの肌にまとわりつく湿気と清涼感を閉じ込めたようなエレクトリック・ギターと、感情の揺れに連動した胸の鼓動のように刻まれる情感的なドラム。そこで描かれる卒業という終わりが確定した学生生活における淡く儚い“君”への想い。行き場のない感情のように混濁したまま音と歌が堆積する「ao-ba」や「鉄塔」で歌われる、最終回が近づく世界での“君”と僕の関係。本作ではそのように、リミットが明確に見える世界のなかで、いくつもの音と詩が連なり、積み上がり、流れていく。

『SAPPUKEI』(2000年)以降のナンバーガールが狂乱と静寂の間で生み出した鋭利なポスト・パンク・サウンドに宿る刹那的な無常観。なるぎれが影響を受けたという相対性理論が、やくしまるえつこの平熱のヴォーカルと、職人的な冷静なギター・カッティングで描いた停止した世界。Parannoulが青空へと舞い上がる轟音の中に詰め込んだ、過ぎ去った過去と、そこにいた“わたし”と“あなた”への鎮魂。そのようなバンド、ミュージシャンたちが遺してきた“終わり”への想像力が本作の背景にあるのだと思う。そして現代の国内インディー/オルタナを象徴するkurayamisakaが『kimi wo omotte iru』(2022年)や『kurayamisaka yori ai wo komete』(2025年)にて、地を這うオルタナティヴ・サウンドに潜ませながら記した離別や終焉という主題を鑑みれば、いまの国内インディー・バンドたちにとって、“終わり”への感性というものが何かしら重要なものとなっているのでは、と考えてしまう。

そのような終わりの風景を描きながら、なるぎれの音には迸る煌めきがある。それは彼らが終わりを執拗に描くことにより、その反転として生の輝きが音にも、詩にも強く刻印されるからなのだと思う。本作の淡い水彩画のようなサウンドは、バンドが敬愛する台湾のインディー・バンド、透明雑誌がPixies~ナンバーガール系譜のソリッドなサウンドと、Cap`n Jazz周辺のミッド・ウエスト・エモ由来のメランコリックなメロディーを混交させ生み出した音の質感にも似ている。その透明雑誌のギタリストであるVinceを中心に結成されたGlueというバンドに「pH 3.5」という楽曲がある。サイダーの酸性度の値をタイトルにしたその楽曲は、サイダー缶のプルタブを開ける音から始まり、そこからノイジー&トゥインクルなギターとジュヴナイルな質感のフィメイル・ヴォーカルが淡い、青い、儚い世界を目の前に広げていく。「pH 3.5」がその音で表象する浮かんでは消えていくサイダーの泡のように、本作は終わり(と始まり)を繰り返し表現しながら、どこまでもその輝きを保ち続けていく。(尾野泰幸)


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