「スリー・コードでこんなに感動するんだ」
大復活を遂げた吉田ヨウヘイgroupの第二章
吉田ヨウヘイgroup(YYG)が帰ってきた。待望といえばこれほど待望もないニュー・アルバム『Happiness Comes in Waves』とともに。実に約8年ぶりのリリースである。
ご存知の方も多いだろうが、YYGはアルバム『ar』(2017年)を最後に吉田以外のメンバーがバンドを離れている。今思えば、よくぞこれだけの曲者たちが揃ったものだと思える面々──西田修大、池田若菜、内藤彩、クロ、reddam、榎庸介、豚汁──だったわけだが、演奏パートも各人の音楽性も多様な精鋭たちをコントロールしていたのが他ならぬリーダーの吉田だった。このインタヴューでも吉田自身語っているが、この“第一期”YYGは、こうしたメンバーたちの個性ありきで曲を作っていたという。第一期、つまりは、2012年4月に結成してからの怒涛の約5年。2013年ファースト・アルバム『From Now On』、2014年「ブールヴァード」を収録したセカンド・アルバム『Smart Citizen』、2015年サード・アルバム『paradise lost, it begins』、そして2017年フォース・アルバム『ar』……吉田のルーツの一つであるジャズを柱とし、ポップに、グルーヴィーに、ルーツ・ミュージックへの目配りも交えながら、管楽器も多く含んだ独自のアンサンブルで洒脱に聴かせていた、あの時代である。
だが、ここに甦った“第二期”YYGはちょっと違う。アメリカーナの要素が強まったことなど音楽的な広がりももちろんあるが、シンプルなコード展開やわかりやすいメロディで仕上げることを厭わない開かれた意識が全面に出てきて、これまでになくおおらかなアルバムになっていることは注目すべき大きな変化だ。ある種のヒューマニズムとも言えるこうした発展的進化を支えたのが、今作で吉田の右腕のように活躍したドラム、コーラスの五味俊也(キヲク座、空気公団 ほか)である。吉田は、第一期のようにメンバーありきで曲を作ることから少し離れ、その五味や、佐藤望(ピアノ、オルガン)、カツオユウスケ(ベース)、白と枝(コーラス)、大石俊太郎(クラリネット、テナーサックス、アルトサックス、フルート)ら参加メンバーと今こそ対等にセッションするような意識で接していたのではないか。新作に収められた7曲が何か吹っ切れたような純然たるポップスとしての輝きを物語る。
『ar』以降、リリースはおろか、目立った活動もなかった空白の8年の話から、アルバム制作に至る流れまで、吉田と五味(トップ写真左)に話を訊いた。(インタヴュー・文/岡村詩野)
Interview with Youhei Yoshida, Shunya Gomi
──まずは前作『ar』以降の話から辿っていければと思います。
吉田ヨウヘイ(以下、Y):やっぱり一緒にずっとやってきていた西田(修大)くんが脱退したことが大きかったですよね。彼もいろんな他の仕事だったり、サポートをやり出して、自分の可能性みたいなものが違うところにもあるのかもっていうのを感じていたんじゃないかなと思います。で、このグループはずっと僕と西田くんが明らかに核になってやってたんで、当時メンバーだったクロちゃんやreddamちゃんも、「二人揃わないなら、ちょっと一旦終わるのがいいんじゃない?」みたいな雰囲気になっていた感じでした。その前に、(池田)若菜ちゃんが抜けちゃったとき、ちょっとどうしようかね……って、一回止まったみたいな感じもありました。
──メンバー構成のバランスが変わると難しいところがあった。
Y:そうですね。そもそもフルート(池田)がなくなった段階で次の方向性が少しわからなくなったっていうのが大きかった記憶があります。『ar』はソングライティングとして、今聴いても割とカチッとしてたかなって感じがあったんです。音楽としては楽しかったんですけど、やっぱりちょっとまとめていけなくなったみたいな感じですかね、バンドとして。西田くんが離れたのは、『ar』を出した後、2018年にツアーをやってるんですけど、その最後に西田くんから申し出があって。そのあと、自分としてはここで心機一転違うことやったほうがいいのかなとか、名前も変えて、新しいバンドやるとかの方がいいのかなっていう気持ちもあったんです。その時に、親しい方何人かに相談したら全員「辞めちゃダメ」って言ってくれて。全員、名前も変えちゃダメともアドバイスしてくれました(笑)。正直、その時は、このメンバーとやれなくなっちゃって、次どうするっていうのはちょっと考えつかなかったんです。自分のやりたいことをちゃんと具現化してきたバンドだったので。でも、自分のやりたいことはずっとやってたし、これからやる音楽もまあ地続きではあるだろうなあと思ったんで、それならやめる必要もないのかなって。それで、一人で続けようかなっていう感じになりましたね。
──不安はありましたか。
Y:というより、僕はもともとメンバーありきで曲を書いてたんですね。メンバーにすごく頼っているタイプで、この人がこういう演奏で、こういう声だから、じゃあ、こういう曲を作ろうって思うような。だから、いざ一人になると、「あれ俺、何したいんだっけな?」みたいに思っちゃったんですよね。逆に言えば、また誰かをメンバーとして入ってもらうように動いていったら、そのメンバーありきで作るみたいなことになるのかな、それって自分の主張はないのかな? みたいな感じに思っちゃって。でも、もうそうじゃなくて、自分がどうしてもやりたいものを作るとしたらどういうものになるだろう?というのを示さなきゃいけないんじゃないかな……って思うようになったんですよね。バンドを始めた当初からずっと、そのときのメンバーの魅力を生かして……ていう気持ちでやってきたんで、ここでちょっと違うことをしなきゃいけないのかなと思ったっていうのが強いですね。
──私が今回のアルバムを聴いて改めて気づいたのは、まずヨウヘイくんがメロディメーカーとしてポップなポテンシャルをやっぱり強く持っている人なんだということ、そしてギタリストとして魅力的なプレイヤーなんだなということなんです。これまでは西田修大という非常にアクの強いギタリストがバンドにいたのでなかなか注目されるチャンスは少なかったかと思いますし、私自身もそこに注視することはあまりなかったんですけど、今回のアルバムを聴いて、ヨウヘイくんのギタリストとしての個性に改めて気付かされました。
Y:嬉しいですね。改めて思うのは、ギターの演奏や音色の細かい表現だけで音楽をコントロールすることの大切さというか面白さなんですよね。例えばウィルコがすごく好きなのは、普通のフォーマットの中にギターだけ変わってるというか、奇妙な混ざり方をしていて、それで面白く聴けるっていうところなんですよね。そういうことを今回やってみたいなと思ったのは確かにあります。
──今作ではラップ・スティールも弾いていますよね。その影響もあってアメリカーナ・タッチが際立った曲も多い印象です。
Y:はい、そうなんです。ですけど、それがなかなか最初はうまくいかなくて……それで完成までに時間がかかったんですよ。2021年ぐらいまでは、アルバムの制作にちゃんと取り組んでいたんですけど思ったようにいかないなって。ちょうどそれくらいのタイミングで生活が大変になってしまって。
──私は事前にヨウヘイくんのご家庭の事情もうかがっていて、話しにくいところもあるかなと思うんですが、今回の作品は歌詞も含めて家族のことも切り離せないのかなと感じました。リリースが長く空いて、「どうしてなんだろう」と気になっていたリスナーの方も多いと思うので、話せる範囲でうかがえますか。
Y:分かりました。2020年の夏に子供が生まれたのですが、しばらくして知的障害があることが分かったり、おそらくそれに関連してかなり身体が弱かったりというのがありまして。それでしょっちゅう風邪を引くし、そのたびに高熱が出て、熱性けいれんになってしまうことも多くて。ずっと子供を見ていないと危ないなという時期が2~3年くらい続いていました。その間も、一人で空いた時間にギターを弾くことはできたんですけど、人と予定を合わせても突然の子供の不調で直前にキャンセルすることが続いてしまい、「これは音楽できないぞ」となってしまっていました。でも2024年に入ったくらいに子供が急に丈夫になり、その後に入った保育園で先生やお友達が本当に良くしてくれて、安心して預けられるようになったことで、「またバンドで演奏したり、音源を作ったりしたいな」と思えるようになりました。
──そこからはスムーズに製作が進んだのですか。
Y:いえ、ややこしくて申し訳ないのですが、2023年の春ごろに腕の調子が凄く悪くなってしまい、ギターを左利き用に変えて練習を始めていました。僕、ずっと前から手があんまりうまく動かないところがあって、ギターの弾き方で悩んできたんです。で、しばらくは、そのうまく動かないところをかわすような感じでギターを弾いていたんですけど、次第に本当に痛くなっちゃったんです。それでギターを左で弾いていたんですが、2023年の夏頃に症状がもっと悪化してしまい、文字も痛くて書けないし、パソコンのタイピングとか、スマートフォンのフリック入力とかも辛くなっちゃって。ただ、左でギターを弾く分には問題が無くて、それで1年半ぐらい左で弾いていたんです。でも日常生活自体が辛いので、いくつか病院に行ったのですが、しばらく原因が分からなくて、4つ目くらいの病院で「ジストニアです」って。そこで注射を打ってもらえたんですけど、そしたら手が調子いいぞってなって。これならまた右でもギターを弾けるかなと思ったのが、去年の夏ぐらいなんです。そこから一気に動き出して、この勢いで録音しようかなってなって、それで完成させたって感じなんです。
──では、今回のアルバムにも参加している……というか、もうメンバーのような状況にある五味さんは、いつ頃からどのように関わるようになったのですか。
Y:五味ちゃんは、実は前のメンバーがやめた直後ぐらい……1ヶ月くらい経った時にはもう一緒にやってもらっていました。今回の作品も2019年とかに録り出していたんです。さっきも言ったように、今回は自分がちゃんと核になって作ってみようかなっていうのがはっきりあったので、五味ちゃんにはその上でいっしょにやってもらおうと思って。でも、一度つまずいて、その後に子供のことやジストニアもあったし、なかなか思うようにいかない時が続いて。でも、五味ちゃんは定期的に連絡くれて、「直前にキャンセルなってもいいから、良かったらスタジオに入ろう」みたいなこともすごい頻繁に言ってくれたんです。いろいろと相談にも乗ってくれて、辛い時にすごく助けてもらっていました。左手でギター弾き始めったばっかりの、何も弾けない時もスタジオ入ってもらったし(笑)。
──そもそも二人はいつ頃知り合ったのですか。
Y:実はファースト・アルバムの段階で繋がっていたんです。というのも、最初のアルバムは友達に叩いてもらっていたんですけど、その友達が忙しくて手伝えなくなった時に、メンバー募集のサイトを見てみたら、全然趣味合わない人だらけの中に、一人だけ「トータスとかジム・オルーク(が好き)」とか書いてる人がいて。それが五味ちゃんだったんです。それで連絡して、2011年か12年に初めて会って、演奏しても話しても、すごく合うなあって思ったんです。でも僕はメンバーを探してて、五味ちゃんは空気公団をサポートし始めたタイミングだったりして、プロドラマーとしてキャリア始めたところだったので、「サポートだったらやります」ということで、じゃあ一緒にやるのはやめようかとなんたんですよね。そこからは、長いこと会ってませんでした。一度、スピッツのイベントに僕らを呼んでもらった時に空気公団も一緒だったんですけど、その時に五味ちゃんに会えるかな?と思ってんですが、その時は五味ちゃんが叩いていなくて。すれ違いが長く続いたんですよね。
五味俊也(以下、G):当時、僕は山口ともさん(パーカッショニスト)の事務所に所属していて、そこで一緒にともさんとパフォーマンスをさせてもらったりしたんです。自分も自分でプロ活動みたいなのを一生懸命やろうと思った時期で、固定でどこかのバンドのメンバーになるのではない形で模索してたんです。その時は、まあ、手いっぱいだったというところがあるかもしれないですけど、フリーな形を考えていたんでしょうね。空気公団のサポートも、ともさんのトラ(代演)でやるようになったのがきっかけでした。でも、そういうわけでヨウちゃん(吉田)とは薄く繋がってはいたけれど、不思議なことにお互いいろんなイベントに出てたのに、一度も現場では顔を合わせなかったんですよね。僕はその頃にはキヲク座もやるようになっていたけども、それでも会わなかったね。
Y:そうだね。再会したのは結構時間が経ってからで。僕がギタリストとしてライヴしたいと思うようになって、大谷能生さんに「一緒にやってもらえませんか」とお願いしたことがあったんです。その時にドラマーは誰がいいかな、みたいな話になって、それで五味ちゃんにお願いしたいと僕が提案して。で、3人でライヴをやって……それが公の場で一緒に演奏した最初ですね。
G:2018年かな。まだ(YYGの)第一期の終了前じゃなかったっけ?
Y:そう。その時はジャズのスタンダードをやりました。リー・コニッツとか、大谷さんに面白いジャズの曲をいろいろ教えてもらって。それも真剣にやりたかったんですけど、ただその後に、バンド(YYG)が大変なことになっちゃって、立て直さなきゃいけなくなったんですよ。
G:(第一期YYGが終わる)3、4ヶ月ぐらい前だよね。
Y:そう。でも、そのライヴで五味ちゃんとは改めて仲良くなってたんで、次やるとしたら五味ちゃんとやりたいなぁっていう気持ちはありました。この人やっぱりかなり趣味合うなって思ったので。五味ちゃんってドラムだけじゃなく、ピアノも得意だし、いろいろな視点を持っている人で。今回のアルバムを作る前に、ジョー・ヘンリーの『Tiny Voices』(2003年)ってアルバムをすごく好きになって。あの中の「Sold」って曲のドン・バイロンのサックス・ソロが凄く好きで、「この感じいいよね!」みたいに盛り上がったりして。ジョー・ヘンリーってオルタナ・カントリーの要素もあるけど前衛的な側面もあるじゃないですか。ああいう風にできたらっていうのが、今回のアルバムの展望として1つありました。
──わかります。カントリーもジャズも、なんならヒップホップもハウスも、元を辿れば全部一つの音楽っていう器の中にある、みたいな感覚が年々実感として出てきていると思うんですよ。だから、第一期YYGもキヲク座も、今回のアルバムに続く道の中で私には全て地続きのように聞こえます。
Y:嬉しいですね。今回のアルバムの曲はフォーク的な側面が強いですけど、その中でジョン・ヘンリーみたいにいろいろな要素を覗かせることができれば、という気持ちがありました。
──2021年に配信でリリースされたキヲク座の「夏は来ぬ」「かもめの水兵さん」「竹田の子守唄」にヨウヘイくんが参加していましたよね。あれも童謡のカヴァーというより、音楽の地続き感を証明しているような作品でした。
Y:キヲク座で取り上げている童謡のカヴァーは、五味ちゃんが独自にコード進行を考えるんですけど、「ああ、このコード展開、俺も凄い好きでやったことある!この人、感覚本当に似てるんだな」って思った時が結構ありました。それまで、YYGが止まったあとにも頻繁に連絡をくれていて、「ただイイ人なのかな?」って思ったりもしたんですけど(笑)、どうやら本当に通じるものがあって、一緒に何かやりたいと思ってくれているんだなと分かりました。
G:コロナもあって、ミュージシャンはそれぞれ本当にその時やりたいこととか、これからやりたいことをすごく意識させられるようなところがあったと思うんです。じゃあ、僕はどうなんだろう? と思った時に、一緒にやりたい人と連絡を取って、一緒にスタジオに入って音楽やったりする時間が多分すごく大事だって思ったんですよね。たぶんみんなそう感じていたと思うんですけど。だから余計にヨウちゃんに声をかけやすかったというのもあったと思います。
──キヲク座の配信曲でヨウヘイくんをゲスト・プレイヤーとして呼ぼうと思ったのはどういう理由からだったのですか。
G:さっきおっしゃってましたけど、僕もヨウちゃんのギターを凄く好きなんですよね。僕が今まで一緒にやってきたギタリストの中でも、特にいいなと思えたんです。ああ、こんなにこの人ギター弾けるんだ! って。(第一期)YYGって西田くんがすごいギターを弾ける人だったので、そのイメージが確かに強いんですけど、一緒にスタジオ入って「このリフ、僕、考えたんだ」って聴かせてくれるのがどれもすごくいいんですよ。しかも、すごくいいリズム感だし、音色もすごくいい。好きなギターだなと思って。それでぜひ弾いてもらいたいって思ったんです。
Y:わあ、嬉しいな。
G:たぶん、全体性なんだと思うんですよ。もちろんギターも良いけど、音楽を全体的に捉えることができるというか。ヨウちゃんもさっき似たようなことを話してたけど、僕もそれを感じてて、こういう曲だったらこういうギター欲しいよねっていうのがきっと同じなのかなって。僕はこういうメロディーでこういう音楽だったら、こういうハーモニーとか和音にしてほしいとかっていうのがハッキリあるし、それこそ「竹田の子守唄」をカヴァーするんだったら、ちゃんとシリアスに言葉が伝わってほしいとか、そういうイメージがある。たぶんヨウちゃんもそうだと思うんです。その部分がとても近い。こういう曲だったらやっぱりここのギターはこれくらいの音色であってほしいとか、こういう音色であってほしいっていう理想が似ているんじゃないかな。実は、キヲク座でその配信用の曲のレコーディングをした後も、ヨウちゃん、「このリフ弾けるようになった!」とかって言って連絡くれたんですよ。レコーディングをし終えたのに(笑)。なんかすごいストイックな人なんだなって思ったんです。僕もヨウちゃんも、リズムの感じ方とか理想をたくさん持っているんだと思います。これをもっと知りたいなとか、自分が吸収できたらいいなって思いで一緒に高められたら……みたいなところで繋がっているんじゃないかな。
──曲が求めるよりよい演奏のためには時間をかけることを厭わない。
Y:そうかもしれません。今回のアルバムの中の「線と光」「換気」の2曲は2019年に一度録音していてと、それに合わせてピアノとか管とかも重ねていったりしたんですけど、五味ちゃんが2年ぐらい前に、ドラムが凄い良くなったなって僕が思った瞬間があって。なので、去年録音を再開した際に「ちょっと申し訳ないけど録り直ししてもらっていいかな?」て言って、一回完成してるのに、もう一回ドラムを叩いてるのが、今回のアルバムに入っているヴァージョンなんです。昔のドラムのテイクに合わせて手拍子を録ってもらって、その手拍子クリック代わりにして演奏してもらいました(笑)。
G:実は2019年の時にかなりの曲数が録音されているんですね。結構いい曲いっぱいあったんだけど、かなりボツにしたんだよね?
Y:9曲中7曲ボツにしたかな。残ったのが「線と光」と「換気」ですね。
G:僕の個人的な感想になっちゃうけど、どれも良かったし、未発表曲として公開できたらいいのになって思うくらいなんだけど、たぶんヨウちゃんもギターと歌をかなり見直したのかなって思いますね。歌をもっといい感じに録れそうだって言って、歌の音源もすぐ送ってくれたりしてて……キーも今回一度録音したものを録りなおして、かなり下げたりもしてるんですけど、そうやって丁寧に追求してきたんだろうなっていうのを感じていますね。
──逆に言えば、「線と光」「換気」がボツにならなかったのはどこに納得できたポイントがあったのですか。
Y:どんどんフォーキーなものを聴かせたいという気持ちが出てきて……ジャンルとしてのフォークではないと思うんですけど、その要素が強かったのがこの2曲だったんですよね。それで、残りをボツにして、去年新たに作ったのがそれ以外の5曲なんです。それ以前からも録音はしていたので、「換気」のバンジョーを左手で弾いたヴァージョンもあったりします。さすがに拙くてこれはダメだなとなったんですが(笑)。ただ、ギターを左で弾いた時に、左手だと何も弾けないから逆に意外な発想が出てきたりもしたんです。スリー・コードの和音とかが聞こえてきたりするんですよね。「Let It Be」みたいなゴスペルっぽい進行の曲とか、ブルーズの3コードとか。「Happiness Comes in Waves」は左手でギターを弾いている時に思いついたフレーズが基になっています。そういう感覚が自分にも大きな発見で、その時の自由な発想みたいのを、右でまた弾けるようになってもとっておきたいなって。それが今回のアルバムが結構シンプルな曲ばっかりになっている理由につながっているところがあります。
──メロディメイカーとしての良さが際立っていると思えたのも、それが理由の一つかもしれないですね。
Y:スリー・コードで曲を作ったことって今までほとんどありませんでした。でも、「ああ、スリー・コードでこんなに感動するんだ!」って。そんなに難しくしなくても、曲の美しさみたいなこと出せるんじゃないのかなと思うようになりました。
G:コードもそうだし、きっとギター自体の音色も、ヨウちゃんの歌もそうなんですけど、それを追求していったときに、複雑じゃなくてもすごくいい曲なんだって気付かされたってことなのかな。僕もそうですけど、同じ音楽の仲間とかを説得させられるだけの技術がなきゃいけないって、無意識に感じているところがあると思うんです。でも、そうすると、どうしてもコードが複雑になってきたり演奏が複雑になってきたりする。ただ、シンプルでもすごくいいものって、やっぱみんな惹かれちゃうでしょ? 歌を良くしようとか、ドラムの一音を良くしようとか、リズム良くしようとか、ギターの一音を良くしようって感じで詰めていくと、そこはシンプルさとオーバーラップするっていうか。でも、一方で、僕、今回のアルバムの中で「Hell or High Water」という曲のサビのコードをつけさせてもらったんですけど、ヨウちゃんが「これでもいいんだけど、ここだけちょっとアイデアあったらコードをつけてみてくれない?」と言ってくれて。逆に僕の方がちょっと複雑なコードが欲しいかなと思って、こんなのどうって言ったら「あ、ちょうど良かった」ってことになったり。そういう感覚を多分受け入れられる器の広さみたいなのがもともとヨウちゃんにあるんでしょうね。そういうのがいろいろ相俟って今回の作品になってるのかなっていうふうに感じることがあります。
Y:「Hell or High Water」はサビのメロディーはできたんですけど、いまいちうまくコードを付けられなくて。五味ちゃんの作るコード進行が凄く好きなので、お願いして作ってもらいました。凄く気に入っています。
──お二人の相思相愛な状態を確かめ合うことができたアルバムですね。それは歌詞にも表れているように思えます。一方で、重い内容だったり、辛い状況を示唆する表現も多いですよね。そこから闇を抜けて、未来が開けていくというような内容になっていると思います。歌詞については、これまでの作品との違いはありますか。
Y:今回が初めて、思っていることを普通に歌ったと言うか、歌いたいことがあって、それを歌にした感じなんです。それまでは、歌いたい言葉はあったとしてもはっきりとした全体のテーマみたいなものは敢えて設定しないようにしていたんですが…。今回は、2019年の時点であった「線と光」「換気」は少し違うんですが、その後に作った曲は、ちゃんと歌いたいことあるなあ、今思っていることをしっかり出そうという気持ちで作ったんです。この間に経験した大変なことは勿論あるんですけど、それよりも五味ちゃんや何人かの友人、さっきお話した子供の保育園とか病院とか施設とか、いろいろな人に助けてもらえることが凄く多くて。いろいろな周囲の人に感謝する機会が怒涛のようにあって、ここ2年間を過ごしていました。それで、そういった気持ちを乗せて、人間讃歌みたいなことを歌いたいと思ったんですよね。それを自分の中でちょっと抽象化して歌えたらなあって。本当、いろいろな人に感謝しているんですけど、アルバム製作を終えることができたという点では、五味ちゃんとやれたお陰の部分が本当に大きいんで、凄く感謝しています。
──じゃあ、もうここからは五味さんがいれば安心ですね。
Y:あんまりプレッシャーはかけられないですけどもね(笑)。
G:もっとライヴもやっていきたいから、きっとこれからだよね。
Y:11月29日土曜日に、空気公団をお招きしてレコ発ライブをするので是非見に来てください! 五味ちゃんは両バンドで叩き続けます(笑)。
<了>
Text By Shino Okamura
吉田ヨウヘイgroup
『Happiness Comes in Waves』
LABEL : FRIENDSHIP.
RELEASE DATE : 2025.8.20
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