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日常という神秘の物語
YankaNoi 8年ぶりの新作『ALMA』に託した星と生命の約束

20 April 2022 | By Shino Okamura

YankaNoiが帰ってきた。それもこれまでの経験や指向を踏まえつつ、現代に生きる1人の人間としての豊かな目線を携えて。YankaNoiはトクマルシューゴ&ザ・マジックバンドのメンバーでもあるyunniko(ユミコ)によるユニット。ニュー・アルバム『ALMA』は実に8年ぶりとなる“お帰り”作だ。

もともとmeso mesoという名義で宅録作品を発表するなどをしていたマルチ・プレイヤーの彼女は、YankaNoiという名前で活動するにあたり、最初は自分を含めたバンドというスタイルをとっていた。2014年リリースのファースト『Neuma』は、全ての作詞作曲自体はyunnikoながらトクマルシューゴ、田中馨、岸田佳也といった仲間がメンバーとして参加。ホーム・レコーディングを原点とするyunnikoにとって新しい挑戦だったのは違いなく、実際にハンドメイドの温もりを超えた、多彩で情緒豊か、技巧的アイデアにも溢れたポップ・アルバムに仕上がり、彼女のクリエイターとしての才能が広く知られるに至ったのだった。

そこから8年。しかしながらここに届いたニュー・アルバム『ALMA』は、どこか名も知らぬ小さな村の教会の賛美歌を聴いているようだったり、顔も見たことがない女性の子守唄を聴いているようだったり……と、作り手であるyunnikoが自ら歌を届ける素材になっていることが伝わってくるような作品だ。もちろん、彼女が自宅で作り上げた音が中心ではある。だが、kauai hirótomo(ドラムス、M4「夜を渡る」アレンジも担当)をはじめ、池田若菜(フルート)、戸井安代(クラリネット/バスクラリネット)、そしてトクマルシューゴ(ピアノ/チェロ、一部ミックスも担当)も参加していても、その穏やかで清廉な音作りがファースト以上に凛とした空気を運んでくる。しかも、繊細な絹織物に触れているような滑らかな質感、アンビエント〜環境音楽の音作りを参照したような曲もあり、彼女が明らかにサウンド・プロダクションに対して自覚的に向き合ったこともわかるのだ。

アルバムには星、天体をテーマにした曲が多い。アルバム・タイトル自体、有名な電波望遠鏡の名前と同じだが、広い宇宙の尺度から見て、小さな命が繰り返し繋がれていくことを湛えているような歌詞が確かに胸を打つ。そこには悲しい別れや新たな生命との出会いもあった。そんな話を丁寧に聞かせてくれたyunniko。彼女が紡ぐ日常という神秘の物語に耳を傾けてみてはどうだろうか。
(インタビュー・文/岡村詩野)


Interview with yunniko

── ファーストは宅録を出発点とするyunnikoさんが自分以外のメンバーと一緒に新しいバンド=YankaNoiとして作った作品でした。実際、ファースト・リリース時は“マルチプレーヤーのyunnikoが始めたバンドのようなもの”とされていましたが、今作はファースト時でのメンバーはトクマルシューゴさんを除いて参加されていませんし、バンド感ともちょっと違う感じになってきている印象があります。このあたりのいきさつから伺ってもいいですか。

yunniko(以下、y)::そうなんです。バンドでやった前作はレコーディング作業もうまくいって、自分でもいいものができたなって気持ちがあったんですけど、その後、バンドの運営の方にパワー持ってかれちゃったっていうか……それで、どんどん気持ちが追いつかなくなってしまって、自分の曲に向き合えなくなってきちゃって。それで一時期活動しなくなっていたんです。だけど、曲自体はずっと作っていて。結局そのまま、1人でライヴをできるように立て直すことにしたんです。なので、この8年間の前半ぐらいはその立て直しの期間だったのかなと。でも、結果として、YankaNoiの前段階……meso meso名義で作業をしていた頃の、自分の内側に内側に向かって作ってた感覚よりは、結構外を向いて作っていたかなと思います。やっぱりバンドで制作していた頃の体験はすごく勉強になったし、それを次に繋げて反映させたかったし、そうやって出来てきたアルバムだったのでまたYankaNoi名義で発表しようと思いました。

── となると、ニュー・アルバムは言わば立て直し期間を含めたこの8年間のドキュメントのような作品なんですね。

y: そうですね。もちろん、みんなで一つのものを作るってことには今もずっと憧れがあるけれど、今思えば、ファーストを作っている時は、私の意見とか気持ちを、当時のメンバーがすごく尊重しながら演奏に関わってくれた。すると、逆に迷いが出てしまったというか、バンマスとして自分にそれらを舵取りする力量がなくて消耗してしまっていた。そうこうしている間に、自分に自信もなくなっていって……。なので一度休んで、自分の曲をもう1回好きになろう、私が最初の頃からずっとやってきた自分にできること、ハンドメイドっぽさとか宅録っていうものをベースにそれを新たに進化させてみようという気持ちが高まっていった、そのプロセスのようなものが今回のアルバムかもしれないです。

── そうだったんですか。そういうお話を聞いていると、立て直しどころか、ミュージシャンとしてイチからの出発だったという感じさえします。

y: そうかもしれない。この数年の間で、曲を作り始めた頃の、自分1人で曲を作って出来上がってそれを聴いて……って作業が楽しいって気持ちを取り戻したかったのかもしれない。そうしているうちに、やっぱり誰かとコミュニケートすることをまた試したい、挑戦したいという気持ちになりました。そんな時に、kauai hirótomoさんに1曲だけだけどアレンジを頼んだんです。「夜を渡る」という曲です。1人で曲を作って楽しい!って気持ちは取り戻せていったけど、リリースしないままだと今度はそれが自分の中で重くなっちゃってたんですよね。自分の曲とか自分の作るものに対して執着し過ぎていっちゃってたんですかね……それらを手放さないと前に進めないと思った、それでkauaiさんにお願いをしようと思って、ギターと声だけで曲を作って丸投げするっていうのをやってみたんです。で、それがすごくうまくいったというか、想像以上に満足いくものができて……。そこからちょっとパッと視界が開けた感じでリリースへの流れに動き出せました。

── 実際、ニュー・アルバムはこれまでのyunnikoさんらしい手作り感のある音作りとは少し違うタッチになっています。

y: ハンドメイドすぎるものじゃなくて、もう少ししっかりしたものを作りたかったっていうのはあったかもしれないですね。meso mesoの時はずっと宅録でやってきて気がついたらCDが出来てた、みたいな感じだったんですけど、今回はかなり時間も手間もかけたし、実際に耐久力のある音にしたかったんです。mesomesoの頃の素朴な『手作り感』から、前作”Neuma”を経た上での、しっかりとした作品にしたいと思いました。私自身は、今も手作り感のある素朴な音作りのものが好きだけど、今の自分の曲にはもう少しエフェクティブな音の雰囲気が合うのかもしれないと思って。ミックスは今回も基本的には自分でやりつつ、最終的な細かい調整をトクマルさんにやってもらっていて。トクマルさんの作品て、作りは宅録ベースだけど決して音はロウファイじゃないですよね? あの感じがいいなと思って。

── そこに気づいたのには何かきっかけがありました?

y: ルーパーを使ってライヴをやり始めた時に、自分の声の質がナチュラルな音作りより、しっかりとリバーヴのかかった音のした音作りの方が生きるのかもってことに気づいたんです。機材面も生楽器を使ってるし、実際に生演奏がメインだけど、ちょっと電子音っぽい音やノイズみたいのとか入れてみると自分の歌が生きるような感じがして。

── YankaNoiが活動を止めてるこの10年弱ぐらいの間に、音楽に対する価値観が世間一般で変わってきたと思うんですよ。海外でも手作りっぽい、オモチャっぽい、チャイルディッシュな風合いのものを作ってきたインディー・バンドが軌道修正したり、新しい音作りにトライしたり。バンド・サウンドにもスキルが求められ、一定の録音技術が必要なアンビエント・ミュージックの再評価がどんどん高まっていったり。そういう空気とyunnikoさんの指向の変化は符合しているような気がします。5曲目の「⊂⊃ (トーラス)」を聴いて、私はそういう意味でも思わず膝を叩きました。歌詞はなくyunnikoさんの声がスキャットのように乗ったインスト曲ですが、これをアルバムの中央に置いたことで、アルバムの重心が、そうした音作りと声との組み合わせの変化にあることに気づかされるんですよね。つまり、今作は声にフォーカスを当てた音楽を目指した作品なんだ、と。

y: 嬉しいです。確かに「⊂⊃ (トーラス)」はその方向性を象徴していますよね。歌詞をつけないっていうのはmeso mesoの頃に戻っているとも言えるし、原点回帰でもあるんですよね。そういう意味では、新しいことに挑戦しつつもこれまでやってきたことと繋がっているとも言えるんです。と同時に、ここ数年、私は生活に根付いた音楽みたいなのをすごく多く聴いていたんですけど、それが、今思えば、おっしゃってくれた“声にフォーカスを当てた音楽”を作ることになったもう一つのきっかけなのかもって思います。

── 生活に根付いた音楽、というのは具体的にどういうものですか?

y: 民族音楽とかですかね。特に誰というのはなく、みんなで合わせて歌ってるような曲とか。あと、宗教音楽……ヨイクやブルガリアン・ヴォイス、北欧合唱や子供の合唱とかもそうですね。もともと私の声にはちょっと強度がないなと思っていて、でも、それをいくつも重ねたりすることで自分の声がよく響くような、それが自分の声には合ってるなと思っていて、前作から声の多重録音は多用していたけど、今回はさらにそれを中心に作りました。 それと、ヴィンセント・ムーンがYouTubeでいろいろな国や地域の音楽を紹介する動画をやってるじゃないですか。ああいうのを観たり、それらの関連動画をたどって、もうどこに辿り着いたのかわからないような謎の演奏の動画を見たりしていました。どこのだれだかわからないような人が歌ってるいわゆるミュージシャンではない人たちの歌とかがいいなあって。

音楽は誰がやってもいいんだって、やりたい人が自由にやったらいいんだって。それを自分でも形にしたかったのかもしれないです。

── ヴォーカルの音、すごくいいと思いましたよ。自宅録音とは思えない。

y: ありがとうございます! 今回は声にどれぐらい息の成分を入れるかとかにすごく気を配りました。ファーストの時はできるかぎり平坦に歌うことを意識していたんですけど、今回は声の空気の成分を調整しながら録音していたんです。それがそのままミックス作業にも繋がっていって……絵の具で描くみたいなタッチを生かして奥行きを出すことができたかなと思っています。

── そのアトモスフェリックな仕上がりが、今作の歌詞やヴィジョンを立体的で豊かなものにしていますね。「星は道しるべ」「双子座」「アンドロメダ」といったタイトルの曲はもちろん、どの曲にも“星、天体、宇宙、生命”が大きなテーマとして共通しています。そもそもアルバム・タイトル『ALMA』も望遠鏡の名前と同じですし。

y: そう! まさにアルバム・タイトルは望遠鏡からとったんです。もともとこういう世界は好きだったんです。でも、実は、ファーストをちょうど制作していた頃、父親ががんで闘病してて……。で、リリースする前に亡くなって……。

── そうだったのですか……。

y: そういうこともあって、“死”をさらに強く意識するようになっていたんです。元々ちっちゃい頃から、その死生観についてすごく考えていたんですけど余計に……。父親が亡くなって、結構落ちこんだんですけど、その後に今度はネコを飼ったんですよ。飼おうとしたわけじゃなく、家に迷い込んできたネコを保護してあげて、そのまま飼うことになったんですけど。でも、そうやって一緒に生活をしてたそのネコも亡くなっちゃった。元々野良だったんで脳に病気持ってて。3年ぐらいで亡くなってしまったんです。そうやって立て続けに身近で死を経験したことが自分の中ですごく大きくて。ところがそのあと、自分が妊娠して子供が生まれた。それが3年ほど前のことなんですけど、そうするとますます死と生きることを実感するようになったんです。順当にいけば子供より先に死ぬし、それが幸せな事で、そう思うと以前よりもよりリアルに自分の死を感じるようになって、自分が死んだ後の世界や死後の世界とか、宇宙とか大きな何か未知のエネルギーにこれまで以上に惹かれていくようになったんです。私自身は日々、子育てとかしてて、普通に生活があるんだけど、でも、自分の中にはやっぱりそれだけじゃない何かがある。どんな人にも死は訪れるし、生命は循環するし……っていう思いを形にしたかったんです。

── だからこそ、歌詞にもスタンスにも作家としてのエゴはなく、誰でも音楽をやっていい、誰が歌ってもいい歌はいい、という意識が際立っているのかもしれないですね。このアルバムの前では、どんな人も生きること、死ぬことにおいて対等で公平だということがわかります。しかも、そうした死生観が重く哲学的になるわけではなく、音の作りが繊細で精巧であるというところから発展するかのように、とても美しいガラス細工のような作品になった。アートワークも含め、ある種のファンタジーを形成していると思います。

y: 嬉しいです。今の自分の中から出てきたものと、これまでやってきた自分のスタイルみたいなものが繋がり……そこに、今までではない次の新しいことにトライしたいという気持ちとが自然と合わさったのかなと思っています。8年間かかっちゃったけど、コツコツと曲を作っていってよかった。ただ、正直、本当に自信もなくて……いつも不安ではあるんですけど、ファーストを出して、“次どうなるんだろう? やれるのかな?”って思いがかなり長いことあったんで……。でも、周囲のいろんな人に「YankaNoiのアルバム、次はいつ?」とかって言われてすごく励まされてきたんです。ああ、待ってくれてる人がいるんだって。詩野さんもそうですよね。シャムキャッツのスタジオコーストでのワンマン・ライヴの時、お会いしたじゃないですか。その時に「YankaNoi、次を楽しみにしてます」って言ってくださって、すごく嬉しかった。そういう人と人との繋がりもこのアルバムにとって大切な側面なのかもしれません。

<了>

 

Text By Shino Okamura

Photo By 三田村亮


YankaNoi

ALMA

LABEL : TONOFON
RELEASE DATE : 2022.04.20


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