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生涯“日本人がジャズを演奏すること”を問い続けている秋吉敏子の活動を、70年代のルー・タバキン・ビッグ・バンドの時代から振り返る。

25 December 2024 | By tt

“チャーリー・ミンガスや他の人達の伝統の中で、彼女は自身の音楽を社会的かつ政治的重要問題に立ち向かうために用いてもいる。そして今日に至るまで、究極の完全・無欠さで自身の芸術にアプローチし続けている” (全音楽譜出版社 『孤軍 秋吉敏子 その人生と作品』より)

パートナーであるルー・タバキンは秋吉敏子について、ピアニストと作曲家、バンド・リーダーとしての功績について触れたうえで、上記のように続けている。それはアメリカに拠点を置く日本人女性のジャズ・ミュージシャンであること、或いは母国である日本を外側から向き合ってきたであろう秋吉敏子の歴史を振り返るうえで重要な視点と言えるだろう。そんな彼女のディスコグラフィーの中で最も重要な時代の1つ、秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド時代の初期7作品が、『孤軍』(1974年)の50周年を記念したアナログ再発と同時に各種ストリーミング・サービスで解禁された。本稿では『孤軍』『ロング・イエロー・ロード』『花魁譚』『インサイツ』の4枚のアルバムを中心に、この時期の秋吉敏子の活動を振り返っていこうと思う。

秋吉敏子とルー・タバキンが、それまで拠点としていたニューヨークからロサンゼルス近郊のノース・ハリウッドに移住し、秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンドを結成したのが1973年。そして、日々の鍛練と現地のクラブで演奏を重ねていった中でのバンド名義のデビュー作が1974年にリリースされた『孤軍』である。

1956年に渡米して間もなく書かれた初期の楽曲をビッグ・バンドのアレンジで再演した「Elegy」はバンドとしての新たな一歩を踏み出したことを祝福するようなパワフルな幕開けだが、そんな本作の核となるのはやはりタイトル曲でもある「孤軍」だ。第2次世界大戦時より日本の国家のために終戦後の1974年まで戦い続けていたという、フィリピンのルバング島に駐留していた陸軍少尉・小野田寛郎とアメリカのジャズ界で孤軍奮闘し続ける秋吉敏子自身の当時の状況を重ね合わせながら曲の構想を練ったという。アメリカに暮らす日本人のジャズ・ミュージシャンとして演奏するとはどういうことなのか、本作以前から今日に至るまでの活動を通して、秋吉敏子が常に自身に問いかけているテーマであるが、日本の伝統芸能である“能”の発声、雅楽を思わせるフルートの音色とジャズを融合させた同曲は、そのことに向き合う過程でバンドと共に作り上げた最初にして最良の成果の1つと言えるだろう。

『孤軍』に続いて1975年にリリースされた、秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド名義の2作目となるアルバム『ロング・イエロー・ロード』。表題にもなっている、ルー・タバキンのテナー・サックスから始まるビッグ・バンドのアンサンブルが魅力の「ロング・イエロー・ロード」は、本作を作るにあたり、生まれ育った旧満州(現在の中国東北部の町遼陽)の長く続く黄色い道の記憶と、アメリカのジャズ界の長く険しい未知の世界を歩んでいる秋吉敏子自身を重ね合わせていたという(制作と最初の録音は1960年)。

同時に本曲におけるイエローとは黄色人種の意味を持つが、それは秋吉敏子が元々は異国の文化であるジャズを演奏する自分とは何かという、今に至るまで生涯を通しての彼女自身の問いを思い起こさせるものである。そんな本作における『孤軍』の日本の文化とジャズの融合を踏襲したという意味で象徴的な1曲は、民謡歌手である加賀徳子の歌唱で始まる、福島県の相馬地方に伝わる民謡「かんちょろりん節」をベースにした「チルドレン・イン・ザ・テンプル・グラウンド」だ。

秋吉敏子の日本人によるジャズの模索と試みは、以降の『花魁譚』『インサイツ』でより深化していく。当時の吉原で働く花魁の心情に思いを馳せながら作ったという、1975年の暮れに録音された3枚目のアルバムの『花魁譚』のタイトル曲は、手練のプレイヤーたちによるフルートやクラリネットを始めとする木管楽器の多彩な音色が、ジャズをベースにしながらもより日本的な情緒を繊細かつ豊かに紡ぎ出す、彼女の試みとバンドのスキルが見事に結実した1曲と言える。そんな『孤軍』以降の秋吉敏子とバンドによる1つの集大成が、国内外で最も評価された作品の1つである『インサイツ』である。

『インサイツ』の中でも最も力作と言える1曲は、戦後の復興と繁栄と地続きで起きた昭和を代表する公害の象徴とも言える都市の名をタイトルに冠した21分にも及ぶ3篇からなる組曲「ミナマタ」だろう。秋吉敏子の愛娘で当時12歳のMonday満ちるによる歌唱からフリューゲル・ホーンが響き渡り、ビッグ・バンドによる華やかなスウィング・ジャズへと雪崩込み、終盤にシームレスに移り変わっていく太鼓と観世寿夫による能楽の謡がダークな雰囲気へと一変させる構成は繁栄とその裏の暗部の両面のギャップを見事に描いている。“音楽家は無力であり、社会を変えることはできないかもしれないが、社会記録として残すことはできる”とは当時の秋吉敏子の弁だそうだが、「ミナマタ」は本稿の冒頭で引用した“彼女(秋吉敏子)は自身の音楽を社会的かつ政治的重要問題に立ち向かうために用いてもいる”というルー・タバキンの言葉を最も象徴する1曲と言えるだろう。

この時期の秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンドの作品の充実ぶりは、日本の伝統文化とビッグ・バンド・ジャズを融合させた秋吉敏子のアレンジャーとしてのスキルもさることながら、やはりルー・タバキンと西海岸の一流プレイヤーたちの貢献なしには当然作り得ることはできない。「ヘンぺックト・オールドマン」(『孤軍』収録)の八木節をモチーフに使ったスウィング・ジャズや、木更津甚句をモチーフにした「ヴィレッジ」(『花魁譚』収録)の印象的なブラス・セクションなどは、“日本の伝統文化とジャズ”のジャズの部分を担っていることが垣間見える1例だ。その1つの到達点がルー・タバキンのフルートも印象的な慎ましやかな日本的情感と雅楽のテイストをゴージャスなビッグ・バンド・ジャズと見事に融合させた「すみ絵」(『インサイツ』収録)だろう。1977年に録音された『マーチ・オブ・ザ・タッドポールズ』は、そんな手練のプレイヤーたちによるバンドの、秋吉敏子によるヴァラエティに富んだアレンジを再現するスキルやアンサンブルの魅力を堪能できる作品だ。

最後に、この度ストリーミングで解禁された、この時期の秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンドのライブ録音の2作品についても少し触れておきたい。『ロード・タイム』は1976年1〜2月の、バンドとしての初来日公演の模様を3回に渡るステージから抜粋して収めている。『ニューポート’77』では秋吉敏子とルー・タバキンがロサンゼルスへ移住して以降、初となるニューヨークでの凱旋公演となる1977年の《Newport Jazz Festival》の模様を、この日のために書き下ろした、秋吉敏子のグリーン・カード(アメリカに永住権を持つ証明証)の登録番号が由来の新曲「A-10-205932」を含め抜粋して収めている。いずれも秋吉敏子とルー・タバキンを始めとするバンドにとってのメモリアルなライブであり歴史的な瞬間を追体験することのできる貴重なものである。

70年代の秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンドでの活動は、秋吉敏子が生涯をかけて問いかけ続けている、日本人がジャズを演奏することについての試行錯誤の歴史を最も色濃く感じることのできる時代と言えるのではないだろうか。秋吉敏子が自らに問いかけながら切り拓いてきたその道の困難さは想像を絶するが故の重みがあるが、例えば共演・親交のある挾間美帆が受けたであろう影響や現在の活動がその道の先にあるものとして考えると、現代における秋吉敏子の重要性が少しは見えてくるのだろう。本稿がそんな時代の秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンドの入り口に少しでもなれば幸いだ。(tt)


   

Text By tt


秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『孤軍』(Kogun)

LABEL : RCA / ソニー・ミュージック
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秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『ロング・イエロー・ロード』(Long Yellow Road)

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秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『花魁譚』(Tales of a Courtesan(Oirantan) )

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秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『ロード・タイム』(Road Time)

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秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『インサイツ』(Insights)

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秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『マーチ・オブ・ザ・タッドポールズ』(March Of The Tadpoles)

LABEL : RCA / ソニー・ミュージック
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秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『ニューポート’77』(Live at Newport’77)

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『孤軍』復刻アナログ盤(復刻帯つき)

秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド

『孤軍』(Kogun)

LABEL : RCA / ソニー・ミュージック
RELEASE : 2024年12月25日
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