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闘争の渦中見出した全てのキッズへ贈る新たなABC。
ファンクネスだけでは成し得ない、“別の方法”とその涙について
~Topaz Jones『Don’t Go Tellin Your Momma』に寄せて

09 July 2021 | By Si_Aerts

“それぞれが独立した作品であって欲しいけど、フィルムはアルバムの世界を探求することを意図して作ったんだ。最終的にはそれぞれが互いに情報を与えあって深みを与えるものだと思うから、どっちを先に観て(聴いて)ほしいかに関しては何とも言えないけれど、みんなが探求出来る余地のたくさんある世界を作れたことにワクワクしているよ”

ニュージャージー州モントクレア出身の作家トーパス・ジョーンズが、友人の映像クリエイティブデュオ、ラバーバンドや、スタイリストのエリック・マックニールらと共作した映像作品『Don’t Go Tellin Your Momma』(ママには言わないで)』。これは、旧態依然とした1970年代の<ブラックABCカード>の、2021年における、トーパス・ジョーンズによるアップデート版と言えるショート・フィルム / ヴィジュアル・アルバムだ。同名のアルバムの本作は、そのサウンドトラックという位置付けの作品である。

では、本作において重要な鍵となる<ブラックABCカード>とは一体何なのか。その前にまず<ABCカード>とは何か、説明しておかねばならない。<ABCカード>とは、26のアルファベットとともにそのアルファベットから始まる英単語とイメージを視覚情報として見せることにより、効率よく英単語をインプットすることができる学習教材で、主に幼児教育で用いられてきたものだ。日本で言えば、「かるた」のようなものだと考えればわかりやすいだろう。

1970年代のシカゴでは、黒人のための<ABCカード>というものが教師らによって作られた。学習教材で扱われる写真、題材のほとんどが白人だった当時、黒人のポジティヴなイメージを投影させた鏡として作られたその<ブラックABCカード>は、アメリカという大国が自由と平等を獲得する過程において、重要な一歩だったとも言える。しかし、それから50年という歴史の変遷は、<ブラックABCカード>の持つ意味合いを少しずつ変えていった。70年代の<ブラックABCカード>に描かれたアルファベットごとの黒人表象は、今改めて眺めてみると、白人中心社会を前提とした中で構築されていった“いかにも黒人的な”イメージを選択“させられていた”ものに過ぎなかった(ということを思わせる面が少なからずあった)のだ。それがたとえ黒人自ら選んだものだとしても、である。つまり、当時の<ブラックABCカード>にはやはり確かに、悪しき白人中心社会の影が落とされているのだ。例えば「A is for afro(アフロ)」といった黒人表象は、今では多くの場合ステレオタイプとされてしまうだろう。

『Don’t Go Tellin Your Momma』ショート・フィルムはこちら

26のクリップで構成されたショートフィルムは、それ自体を<ABCカード>と見立て、AからZのアルファベットをそのまま映像の中に登場させて構成した映像になっている。一方、そのサウンドトラックたるアルバムにおいてトーパスは、70年代の<ブラックABCカード>をさらに音楽をもって肯定的に再定義したのだ。60年代後半から70年代にかけてのサイケデリック・ファンクやニュー・ソウル、産声をあげたばかりのオールドスクール・ヒップホップから、フランク・オーシャンの『blonde』(2016年)に代表される、インディー・ロックとの融和を実現した2010年代以降の新しいブラック・ミュージックまでを、そのアティチュード含め、血肉化し昇華することによって。

例えば、フランス系セネガル人のソングライター、アナイースを客演に迎えたアルバム収録曲「Amphetamines(アンフェタミンズ)」は、70年代ファンクを下地にした爽快なダンス・ナンバーでもあるが、依存 / 過剰摂取 / オーヴァー・ドーズ死、メンタルヘルスへの関心、危惧など、北米の若者達が今まさに直面するムードを孕む、内省的でアシッドなサイケデリック・サウンドでもある (アンフェタミンズは日本で覚醒剤に指定されている薬だが、北米では若者のADHD治療に用いられる)。また、ニューヨーク在住のソングライター、ガブリエル・ガルソン・モンターノを客演した曲であり、タイラー・ザ・クリエイター『Flower Boy』(2016年)にも通ずるメランコリーを漂わせる「Blue」は、(白人社会の)青い目、それに染められた社会、感情、人種差別を主題にしたナンバー。そこで彼は、<黒人たちが死んでいるなか、(白人たちは)海賊船上で見て見ぬふりしてやがる / そんでもって(奴らは)未だに(黒人達が)高級ブランドを買う意味を理解していない>と歌うのだ。つまり、トーパスが今作でまず提示したのは、それまでの70年代<ブラックABCカード>にはなかった、美化することのない黒人のリアルと歴史についてなのである。

フィルムの中には、アルバムには収録されていないこんなクリップもある。「J is for jealousy(嫉妬)」、「V is for Vulnerable(脆弱性)」……トーパスは黒人としてではない、ひとりの“市井の人”としての弱さ、愚かさ、皆が持つ脆弱性をも当たり前に並べる。<ブラックABCカード>だからと言って、全てのことを“黒人は◯◯”というように表現したりはしないし、過度に賛美したりもしない。そこには彼の人権に対する明確な立ち位置、誠実な態度を見て取れるだろう。彼にとって、白人も黒人もない“人”としてのリアルを表現することこそが、本当の意味で黒人をエンパワーメントするということなのだ。言い換えれば、これは<ブラックABCカード>ではない、<全てのキッズのためのABCカード>を生み出す過程の物語ということでもある。

そんなトーパスだが、ただ誠実なだけでも、過剰にシリアスでラディカルなわけでもない。例えば、アルバムにもフィルムにも共通して存在する「Sourbelts(サワーベルト)」という曲 / クリップ。これは、アメリカでよく見るカラフルな甘酸っぱいグミのことだが、フィルムの中には庭でそれを仲間達みんなと食べるワンシーンがある。状況は最悪でも、ポケットにはいつもカラフルなサワーベルトを、癒しを、遊び心を、そして、喜びを。それがトーパス・ジョーンズをトーパス・ジョーンズたらしめている大きな要素なのかもしれない。思えば、ジョージ・クリントンやスライ・ストーン、プリンスから連綿と繋がれてきた“FUNK”はいつだってそうだった。

フィルムの26のクリップの内、〈P〉は「playfight(戦いごっこ)」であり、アルバムのリード曲「Herringbone」があえてここで使われる。ボクサーに扮したトーパス・ジョーンズ自身が、ゴングとともにファイティング・ポーズを取り、意気揚々とこの曲を歌い出すが、途中、相手(黒人)の右ストレートをもろに食らって一発ノックダウンしてしまう。そこで彼が最後まで歌いきれなかったヴァースはこうだ。<おばさん達はみんなして陰口言ってるし / おじさん達はみんなしてスペードやってるし / 戦いごっこするおれの目には涙 / 感情をあらわにするのはよして茶番劇をイケてるものにし続けようよ>。血を流すこと、はたまた、我慢し続けること、どちらも肯定しないトーパスは、どちらの側にも立たない。戦いなんかしたくない。“もっと良い方法”を懸命に模索し続ける。歌い出しの<今夜は仲良く出来ないか? / 馬鹿げた騒ぎを続ける必要はない / なあ、今夜みんなで一杯やれないか?>が、彼の本心かもしれない。そして、それら全てを洗い流すかのように続く「Black Tame」では、黒人としてではない、トーパス・ジョーンズという一人の尊い生き物、他の誰でもない個人から発露される最上のラヴソングが歌われる。祝祭感を抱かせるゴスペル・ライクなコーラスとスラップ、いつにも増して熱の込もったフロウと小気味良いカッティング・ギター。セカンド・ヴァースで乗る楽しそうな合いの手は、心なしか涙を浮かべている様にも聴こえる。そんな「Herringbone」から「Black Tame」は、このアルバムのハイライトだ。

トーパス・ジョーンズは、どんなに優れた音楽を作ろうと、人々を踊らせようと、それだけでは何も変えられないんだという自覚を当たり前に持ち合わせている作家のようにも思える。「E is for education(教育)」と題したフィルム内のクリップでは、ロドニー・ジャクソンという彼自身の学生時代の歴史教師が出てきたり、「G is for garden / 庭」と題したフィルムでは、フランシス・ペレスという食育(主に農産物とハーブ)と土地教育のコーディネーターが出てくる。他にも弁護士、活動家、ラッパー、メンタルヘルス・ケアカウンセラー、実の祖母と、彼に関わる様々な人のインタビューを、彼自身がやるのである。その人が有名な人かどうかに関わらず、彼の人生の中でインスピレーションになった人物にただただ話を聞くという試みだが、それが結果的にトーパス・ジョーンズという作家を最も正確に写し出す方法になり得ている。そこで語られるのは、歴史、環境、メンタルヘルスなど、音楽だけでは解決しようのない“学問”の領域だ。これは、音楽にできることは限られているということを彼が自覚していることを体現する取り組みであり、表現と言ってもいいかもしれない。

トーパスは、誰よりも自分の役割をよく理解している。音楽でしか表現出来ないことを知っている。一人では何も変えられない。だからこそ、彼は彼のファンクネスを鳴らし続けることしかしないし、出来ないのだ。彼はきっと今も新たな<ABCカード>を創造していることだろう。では、わたしたちはどうだろうか。2021年の<ABCカード>を、キッズ達にプレゼント出来ているだろうか。『Don’t Go Tellin Your Momma(ママには言わないで)』は、黒人による黒人のための作品というだけではない。今この瞬間の、“わたしたち”に向けられたレコードであり、同時に、トーパス・ジョーンズという青年のドキュメントだ。

最後にもう一つだけ、彼が50年前の<ブラックABCカード>から変更を加えなかったワードが一つだけあるのでそれを記しておきたい。<F>だ。その言葉が何かは、このレビューを最後まで読んでくれた人の良心に委ねたい。(Si_Aerts)

Text By Si_Aerts


Topaz Jones

Don’t Go Tellin Your Momma

LABEL : New Funk Academy / Black Canopy
RELEASE DATE : 2021.04.23

 

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