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初期ビートルズ音楽の魔法のエッセンスがより濃密になった入門編、『赤盤』の新装版

03 January 2024 | By Yo Kurokawa

1962年のデビューから1969年の解散以降も、時の洗礼をものともせず今なお世界中で聴き継がれているビートルズの音楽は、それ自体が録音技術の高度化を基にしたポピュラー音楽における創造性の追究と革新への挑戦であったと同時に、音楽の聴取環境の変化の歴史とも軌を一にする。特に60年代前半における「ステレオ盤」は立派なサウンド・システムを自宅に完備するクラシック音楽やジャズの好事家向けとして存在し、ビートルズに熱狂した当時のティーンエイジャーのような一般的なリスナーが夢中になっていたのはモノラル盤の音だった。ビートルズのほとんどの音源もリリース当初からステレオ/モノラル両盤発売されていたものの、1967年ごろまではメンバー自身もモノラル盤を重視していたようだ。

1987年のオリジナル・アルバム初CD化ではデビュー作から4枚目の『Beatles For Sale』まではモノラル、『Help!』以降はステレオ・ミックスでリリースされたが、2009年の大々的な全作デジタル・リマスター再発で初期作品が初ステレオCD化された。その後、ここ10年のうちに『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』や『Abbey Road』といった中・後期作のいくつかが最新技術で新たなリミックス版として生まれ変わり、現在ストリーミング・サービスで聴けるオリジナル・アルバムは基本的に全てステレオ・ミックス盤となっている。

そこで今回の『赤盤(The Beatles 1962 – 1966)』、デビューから1966年までの曲を集めたいわゆるベスト盤の再発である。新たに追加された12曲は、1973年の初出時には入っていなかったジョージの曲がプラスされつつ、「Twist And Shout」や「Roll Over Beethoven」、「You’ve Really Got A Hold On Me」といったデビュー当時のフレッシュな魅力の一つでもある「カヴァー曲」の側面が補強されている。また、「Taxman」や「Tomorrow Never Knows」など昨2022年にリミックスが再発されたばかりの『Revolver』の曲目が特に厚くなっている。

そして、更にこの『赤盤』が往年のファンを興奮させるのは「2023 Mix」である。非常にモダンで立体感のあるミックスで、ほとばしるようなエネルギーと若さと情熱が詰まった初期音源の迫力をより味わえるサウンドになっているのだ。2009年のリマスターはオリジナル音源をよりクリアに、鮮明に蘇らせるもので、曲自体の印象を変える可能性のあるリミックスまで深く踏み込んではいなかった。特にビートルズの音楽を1987年初CD化のヴァージョンで受容してきた世代として、個人的に初期音源は特にモノラル盤のイメージが身体の中に根付いている。2009年に初めて聴いたステレオ・ミックス、制作当時はプロデューサーのジョージ・マーティンやエンジニアに任せてメンバーは関わっていなかったというが、2トラック録音が多いこともありイヤフォンで聴くと初期のアルバムは右からヴォーカル、左からバック・トラックとややキレイすぎるぐらいに分断されていて少し不思議な感じがしたことを覚えている。

例えば、「Please Please Me」。2023 Mixヴァージョンは全体的にリードギターとリズムギターの演奏が分離して際立って鳴っていることもあり、この曲ではジョージの演奏が乱れている箇所や、ジョンが歌詞の間違いをむにゃむにゃとごまかしている箇所がよりクリアに聴こえる。デビュー・アルバムである『Please Please Me』はシングル以外の曲をたった1日、10時間弱のほぼ一発録りで収録した逸話も有名だが、当時の怖いもの知らずな勢いすらも感じられるようだ。実はこの曲、そもそもモノラル版とステレオ版で採用されているテイクが異なり、ジョンが自分の間違いにつられ笑いしていないちゃんとした演奏のモノラル版は元々の『赤盤』で聴くことが出来る。

「This Boy」はシングル盤リリースのみの佳曲で、CDではコンピレーション『Past Masters』にしか収録されていなかった。元のステレオ・ミックスでは右から塊で聴こえていたモータウン風の3声コーラスが包み込まれるような立体的ミックスに生まれ変わり、ブリッジ部分の徐々に高揚していくジョンのソロも彼らが多用したヴォーカルのダブル・トラックが効果的に配置されることでふくよかなサウンドになっている。ジョン、ポール、ジョージの美しいハーモニーもまたビートルズというバンドの真価の一つであり、この曲が新たに赤盤に加わったのは嬉しい驚きだ。

「Help!」はこれまでのステレオ・ミックスに比べて若干、軽さが強調されているようで曲の全体の印象が違って聴こえる。ジョージのリードギターとリンゴの小気味いいスネアの音が要所で従来よりも目立っているからかもしれないが、これは個人の好みの問題だろう。ジョージの曲で張り切りがちなポールの跳ねまくるベースがよく聴こえるようになった「Roll Over Beethoven」、「A Hard Day’s Night」の疾走感を後ろで支えるリンゴのボンゴや、ポールがヘフナーからリッケンバッカーに持ち替えたばかりの頃の「Paperback Writer」や「Taxman」のぞくぞくするような骨太のベースラインなど、聴きどころは挙げていけばきりが無い。

これまでも『赤盤』、『青盤』はまさに奇跡と呼ぶにふさわしいビートルズ音楽への誘い役を担ってきた。とはいえ私はビートルズ・ファンの端くれとして、彼らの音楽の真なる魔法はやはりオリジナル・アルバムに宿っていると信じるが、彼らの魅力の多様さが更にアップデートされた今回の再発版はこれまで以上に多くの人をそのめくるめく世界へと連れ出すに違いない。(Yo Kurokawa)

Top Photo/© CREDIT APPLE CORPS LTD

Text By Yo Kurokawa


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