スフィアン・スティーヴンスが《Pride Month》を前に新曲を突如発表!
マントラのように繰り返される愛と苦悩の行方
来月(6月)の《Pride Month》を前にスフィアン・スティーヴンスから突如新曲「Love Yourself / With My Whole Heart」が届いた(6/28日に7インチ・シングルでも限定リリースされ、収益の一部はLGBTQとアメリカのホームレスの子供たちに寄付される)。まとまったソロ名義アルバムは『Carrie & Lowell』(2015年)以来リリースされていないが、映画『君の名前で僕を呼んで』の主題歌「Mystery Of Love」や、映画『アイ、トーニャ』のために書いたものの挿入されるには至らなかった「Tonya Harding」、あるいはもはや恒例(?)のクリスマス・ソング「Lonely Man Of Winter」、他にもBandcampで公開されている曲などなど、他アーティストとのコラボや参加作品を含めるとここ数年もマイペースに新曲を発表して楽しませてくれている。
そこで届いたこのEP。4曲ながら内3曲は同じ曲で、その「Love Yourself」は1996年のデモ・ヴァージョンもここで聴けることから彼のキャリア初期の未発表曲の一つであることがわかる。特に、「~yourself」「Make a shelf」「~everything」「one thing」と交互に韻を踏む流れを繰り返した末に訪れる、「Make a shelf / Put all the things on / That you believe in」(あなたが信じている全てのことを置く棚を作る)という最後のフレーズがあまりにも粋だ。自分を愛し、自分を信じる全ての理由を見せて、とでもいうようなこの曲の歌詞のテーマは、まさしく《Pride Month》に向けられたメッセージのようだから。つまり、ここに出てくる「shelf(棚)」というのは、様々な価値観、人々が同等に扱われて(並べられて)しかるべき理想の場所、として描かれているのではないか、と。デモとはうってかわってバウンシーな打ち込みやシンセ、コーラスなどを加えて徐々に情景を広げながら着地を目指す新たなヴァージョンからは、20年以上前にデモを録音した際のスフィアンの思いが、今の時代により強く増幅していることが伝わってくる。
その約20年前の自身への現在のスフィアンからの返答歌のような曲が、全くの新曲である「With My Whole Heart」ではないかと思う。「I will love you」という一つのフレーズをマントラのように繰り返し、少しずつ言葉を変えてまた繰り返し、loveがsaveにすり替わっても同等の意味を持つこととしてまた繰り返されていくこの曲、まさしくこのリフレインの連続に意味があるように思えてならない。まるで私たちができるのはただただ繰り返して唱えるだけだ、とでもいうかのように。「Say〜」と頭につけて繰り返される2つ目のヴァースなどは、リスナーである私たちにもともに唱えることを促しているかのようだ。
曲の前半はマーヴィン・ゲイの「What’s Goin’ On」のようなシンプルなグルーヴありき。中盤からヴォーカルが後退するとともに、シンセによる音の重なりがフュージョン~ジャズ・ロックのヴェイパーウェイヴ的解釈のように壮大に展開していくこの曲は、まるで解決の目処が立たないまま混乱している現実をつきつけるように不安定に終わっていく。それはあたかも、LGBTQの問題に向き合っている彼自身のジレンマを表現しているかのようでもある。
「I confess the world’s a mess but I will always love you」の「the world」とは彼自身が葛藤する内面世界なのか、それとも相対的に見た社会なのか。一人で掛け合いをするような構成になっているコーラス部分のこのフレーズには、まるでスフィアンが自問自答をしているようにも聞こえて思わず胸が熱くなる。とはいえ、「明日がこなくても私はあなたを愛する」という決定的とも思えるフレーズが繰り返される3つ目のヴァースでは、「sorrow」と「tomorrow」がわかりやすく韻を踏む仕掛けもあったりと、全体を通してマントラにも似たリフレインであってもしっかり風通しが良いままにしてあるのがさすがと唸ってしまう。もしかすると、スフィアンは20年以上前の曲(「Love Yourself」)と、メッセージはもちろん、構造も似ていることを自ら伝えているのかもしれない。そして、それを鮮やかに上書きしていることも。
そういえばスフィアンは来年2020年でソロとしてアルバム・デビュー20周年を迎える。グッチの派手なジャケットを身につけ、アカデミー授賞式で素晴らしいパフォーマンスを披露するようになっても、その目線の先にある寂寞と畏怖はきっと何も変わっていないのだろう。この人にガッカリさせられたことは過去に一度たりともない。せいぜい今回のこの作品のジャケットをあしらったレインボー・カラーのTシャツが即完で買えなかったことくらいだ。(岡村詩野)
■Asthmatic Kitty Records Official Site
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Text By Shino Okamura