【未来は懐かしい】
Vol.68
黄金期シカゴ・ソウル〜ジャズを支えた天才プロデューサーによる珠玉作品を集めた待望のコンピレーション
プロデューサー/アレンジャーのチャールズ・ステップニーの名は、1960〜70年代のソウルを熱心に愛好するファンには少なからず知られているはずだ。1950年代後半からヴィブラフォン奏者/ピアニストとして活動していた彼は、1960年代半ばからシカゴの名門レーベル《Chess》の専属のスタッフとなり、ザ・デルズ、ロータリー・コネクション、テリー・キャリアー、マディ・ウォーターズらの作品でアレンジ/プロデュースを手掛けた。また、アース・ウィンド・アンド・ファイアー(以下:E,W&F)の発足にも関わり、1976年の『Spirit』まで、グループにとって欠かせない共同制作者として活動した。E,W&Fの「That’s the Way of the World」をはじめ作曲者としても名曲を残し、そのE,W&Fの他にも、デニース・ウィリアムスやエモーションズらの飛躍を強力に後押しした。ストリングスやホーンを多用した流麗かつ大胆な編曲技は、ジャズやポップスは勿論、クラシックまでも射程に捉えた非常に高度なものであり、どれも歴史に刻まれるべき名仕事ばかりだ。
とはいえ、彼はあくまで人気シンガーやグループをバックアップする裏方であり、更にキャリア絶頂期の1976年に45歳の若さでこの世を去ってしまったこともあって、生前は必ずしもその素晴らしい仕事に見合った正当な評価を得ていたとは言い難い。むしろ、彼の名が広く知られるようになったのは主に1990年代以降のことだろう。具体的には、レアグルーヴ〜アシッドジャズ世代のDJたちによって彼の関わったレコードが熱心に発掘/プレイされ、更に、ア・トライブ・コールド・クエストやギャング・スター、KMD、DJシャドウ等、USのヒップホップ系アーティストが彼の制作曲を盛んにサンプリングしたこと、加えて、ルイ・ヴェガがプロデュースした『ニューヨリカン・ソウル』(1997年)でロータリー・コネクションの「I Am The Black Gold Of The Sun」が取り上げられたことなどが追い風となって、徐々にステップニーの仕事に対する関心が盛り上がっていったという経緯がある。
そして、近年ではステップニー自身の未発表ソロ音源集『Step on Step』(2022年)が名門《International Anthem》から発掘リリースされるという大きな出来事もあった(同作は本連載の2022年年間ベスト回でも取り上げた)。そこに収められていた楽曲がここ10年ほどの密室的ソウルへの関心の高まりと奇しくも連動するような内容だったこともあり、彼の名がより一層広い層へと浸透することになったのだ。
英《ACE》傘下の《BGP》からリリースされた今回のコンピレーション・アルバム『Eternal Journey – The Arrangements And Productions of Charles Stepney』は、タイトルの通り、そんなチャールズ・ステップニーのプロデュース/アレンジ仕事の深遠な世界に入門するにあたって、まさに最適の存在といえるだろう。《Chess》の気鋭プロデューサーとして活動を行っていた1967年から1970年代初頭までの録音が全20曲に厳選され、その特異かつあまりにも先進的なサウンドの数々を手軽に味わうことができる。
収録されたアーティストの一覧もごく多様だ。(E,W&Fの)モーリス・ホワイトと知己を得るきっかけとなったジャズ・ピアニスト=ラムゼイ・ルイスとの録音をはじめ、ザ・デルズ、ロータリー・コネクション〜ミニー・リパートン、マリーナ・ショウ、テリー・キャリアー等、ソウル〜ジャズ・ファンにはお馴染みの面々から、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、リトル・ミルトン、ジュニア・ウェルズ、バディ・ガイといったブルース系アーティストの転換期の録音もきちんとカヴァーされており、ごく多様なスタイルに対応しながら自身の個性を刻んでいったステップニーの歩みを、過不足無く伝えている。
いくつかの曲をピックアップして聴いてみよう。まずは、先述のラムゼイ・ルイスが1968年録音したアルバム『Mother Nature’s Son』のタイトル曲「Dear Prudence」だ。タイトルから察される通りビートルズ楽曲のカヴァーなのだが、シンセサイザー、フィールド・レコーディング風の鳥の声とアコースティック・ギター、ピアノ、流麗きわまりないストリングスが流れ出すアトモスフェリックな美しさに満ちた音像は、端的に言ってとても1968年の録音とは思えない。「《International Anthem》からリリース予定の新譜」と言われても信じてしまいそうなほどにコンテンポラリーな質感を湛えている(ちなみに、この曲はビートルズのオリジナル版のリリースからほんの数日後に録音された由。たった数日で楽曲を分析しこのアレンジ譜を書いたステップニーの恐るべき才能よ!)。この曲で聴かれるような(ときにドローンを巧みに駆使した)浮遊感に満ちたハーモニー・センス、(ときにドローンをも)巧みに駆使した浮遊感に満ちたハーモニー・センス、レイヤーが交錯し混ざり合っていくような音響構築、リズム・アレンジの自在さこそがステップニー得意とするスタイルだ。かつて自作の交響曲を仕上げた経験を持つというだけあり、そこにはやはりクラシック〜現代音楽の語法がうっすらと滲んでいるようにも感じる。
ザ・デルズ「It’s All Up To You」(1971年)、「The Love We Had (Stays On My Mind)」(同)、ビリー・スチュワート「By the Time I Get to Phoenix」(1970年)など、シカゴ・ソウル界のレジェンドたちとの恊働も実に素晴らしい。ステップニーのアレンジはときに装飾過多と言われることも(特に「正統派」のソウルファンからは)少なくないのだが、こうした曲を聴くと、確かにすこぶる豪奢なサウンドなのは間違いないにせよ、何よりもそれが確実に斬新な音楽的効果を挙げていることを再確認できるだろう。いかにもデコラティヴではあっても、同時に決して下品ではないのだ。
彼の先鋭的な編曲技がより際立っているロータリー・コネクションの「Teach Me How to Fly」(1968年)や、同バンドから独立したミニー・リパートンの「Les Fleur」(1970年)なども聴きものだ。これらのトラックで聴けるサイケデリックでシンフォニックなサウンドは、同時代のロック・ミュージックの先端的な動きとの連動を感じさせるものであり、後のE,W&Fのスケールの大きな作品展開を予見させるようなところもある。
同時代的なサウンドへの鋭敏な反応という視点からは、前述したブルースマンたちとの異色のコラボレーションにも注目したい。彼が参加したブルース系セッションの中で最も著名なのは、マディ・ウォーターズの『Electric Mud』(1968年)だろう。ここでは、同作からローリング・ストーンズのカヴァー「Let’s Spend the Night Together」が選ばれている。(マイルス・デイヴィスとの共演でも知られる)ピート・コージーや、ステップニーの盟友フィル・アップチャーチらのエレキ・ギターを従えたサイケデリック極まりないその演奏は、かつてはブルース表現の真正性を奉じるファンからは呪詛に近いような悪評を浴びせられていたものだが、ジミ・ヘンドリックスやPファンク、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、そしてE,W&Fなどのブラック・カルチャー史上における重要性や、それらがどのような文化的な意義を持っていたかをようやく知ることになった現在の我々の視点からすれば、いまや、ここに刻まれた実践がいかに野心的でクリティカルなものであったかは論をまたないだろう。この点については、本コンピ付属のライナーノーツで選曲者のディーン・ラッドランドが実に冴えたことを言っている。曰く「これまで、これらのエレクトリック・ブルースのアルバムについては、多くのナンセンスな言葉が語られてきたが、そのほとんどは、エリック・クラプトンを「神」と呼ぶ一方で、フィル・アップチャーチ、ピート・ コージー、ルイス・サターフィールドを「中途半端なミュージシャン」と嘲笑するような人々による単なる偏見に過ぎない」。いやはや痛快。
ブルース系でもう一曲、ベテランのボ・ディドリーが1968年にリリースしたシングル「I’m High Again」の収録も嬉しい。ビャラビャラした鍵盤の音が特徴的な小気味よいファンク曲なのだが、なんとターンテーブルのスクラッチを想起させる音が入っているのだ。実際にはテープ操作によるものだというが、これぞまさしくオーパーツ的なサウンドといえる。
最後に、我が最愛のシンガーソングライター=テリー・キャリアーの「What Color is Love」(1972年)、「Can’t Catch The Trane」(1973年)にも触れないわけにはいかない。テリー・キャリアーといえば、フォークとソウル、ジャズを融合したようなきわめて独自のスタイルを持つ1970年代ソウル界屈指の才能だが、彼の非凡さを見抜き、三枚の傑作ソロアルバムの制作を後押したのが他でもないステップニーその人だった。神々しいまでの美しさを持つこの時期のキャリアーの楽曲は、まさにステップニーの尽力によって魂を注がれたものだったのだ。未聴の方は、今すぐにでもストリーミングで《Cadet》から出されたキャリアーのアルバム3作を聴いてみてほしい。感涙にむせぶこと必至だ。(柴崎祐二)
Text By Yuji Shibasaki

Various Artists
『Eternal Journey – The Arrangements And Productions of Charles Stepney』
2024年 / BGP
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