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【未来は懐かしい】
Vol.65
現役ミュージシャンにして実の孫が語り継ぐ、ケニアの国民的スターの遺産

15 November 2025 | By Yuji Shibasaki

ケニアのナイロビに生まれ、現在はドイツのベルリンを拠点に活動するアンビエント作家のKMRUは、2019年から、自身の祖父にあたるミュージシャン=ジョセフ・カマルの遺産を広く世界に知らしめるべく、膨大なディスコグラフィーを探索・選曲した上で、各音源のデジタル化とBandcampを通じてのリリースを重ねてきた。今回《Warp》のサブ・レーベル《Disciples》から登場した本コンピレーション・アルバム『Heavy Combination』は、そうしたアーカイヴ作業の(現時点での)集大成であり、ジョセフ・カマルという伝説的な存在をケニア国外に知らしめるはじめての世界流通盤として企画されたものである。

ジョセフ・カマルは、1939年にムランガ郡カンゲマに生まれたキクユ族のミュージシャンだ。1950年代後半に首都ナイロビに移り、様々な仕事を手掛けたのち1960年代半ばから音楽家としての活動を開始した。ケニアの独立に際し、当時のナイロビは文化的・商業的な交通が活発になりつつあった時期であり、コンゴやタンザニア、ウガンダ、ときには更に遠方からも音楽家が集い、多様なスタイルが混ざり合いながら大きな発展を遂げていった。カマルもまた、そうした都市音楽シーンの中で自身の表現を模索し、コンゴルンバやハイライフからの影響を受けたポピュラーな音楽スタイル=ベンガを基軸に、キクユ族の伝統を取り入れたスタイルを確立していった。エレクトリック・ギターを駆使しながらも、1弦フィドルのワンディンディやシンバル状のカリンガリンガなど各種の伝統楽器を取り入れた彼の演奏は、主に1970年代から1980年代かけて、大衆からの大きな支持を受けることとなった。

カマルの音楽への人気は、その独特のシンコペーションを伴った軽やかなサウンドだけによっていたのではなかった。ケニアの独立闘争を間近に経験した彼は、早くから政治に強い関心を抱き、独立後の祖国の国内情勢についても常に批判的なまなざしを注ぎ続け、政権の腐敗や暴政、社会道徳の劣化を題材とする数々の楽曲を発表していった。彼は、1963年から1978年まで大統領としてケニアを率いたジョモ・ケニヤッタとも厚い交流を結んだが、それでも政治汚職の批判者が謎めいた死を遂げた事件に際しては、政府への苛烈な批判も辞さなかった。そうした表現を通じて、一音楽家という地位に留まらず、政治的なオピニオン・リーダーとして民衆からの大きな信頼を獲得していったのであった。

ここに収められている多くの曲も、まさにそのような政治的・社会的なトピックを扱っており、権力者への批判に留まらず、女性の社会的不平等や教育現場における性加害の告発など、現代にも通じる先駆的な問題意識が刻まれたトラックも含まれている。他方で、そうしたシリアスなテーマを扱うにしても、サウンド自体が沈痛なものになることは決してなく、あくまでリズミカルで軽やかであるのが特徴だ。特に、1970年代後半にはメジャーレーベル《RCA》での録音を試みるなど、ソウルやファンク、ディスコなど欧米発のポピュラー音楽を取り込みながら、自身の演奏を深化させていった様子がわかるだろう。また、1980年代以降の録音ではシンセサイザーやリズムマシン等の電子機器も取り入れ、伝統的なリズム/アンサンブルと接続させるなど、同時代の最新アフロ・ポップと同様の変遷を聞き取ることもできる。

本作に収められた各トラック自体の音楽的魅力や文化的価値はもちろんのこと、これまでグローバルな音楽市場においてほとんど名が知れることのなかった偉人=ジョセフ・カマルの遺産をごく綿密な編纂方針の元にまとめてみせたKMRUの仕事にも、大きな称賛が与えられてしかるべきだろう。彼は、ライナーノーツに寄せた文章で次のように言う。

このコンピレーションは、カマルの人生、ケニアの歓びと苦難を映し出す楽曲の一部を収録したものである。そしてそれらの楽曲は、今なお、特にケニアにおいて、切迫感と重要性を持ち続けている。私にとってこの再発プロジェクトは、祖父の作品を通じて今も続いている対話の一形態であり、彼の人生と遺産、音楽を新たに蘇らせる協働的な行為である。祖父は、私が耳を傾けるその瞬間にも、なお私に語りかけてくるのだ。



過去の音楽遺産をアーカイヴし、それを世に出すという行為は、紛れもなく歴史との「対話の一形態」なのである。この優れたコンピレーション・アルバムには、現代におけるリイシューという営みの理想的な姿が映し出されているといっていいだろう。(柴崎祐二)



Text By Yuji Shibasaki


Joseph Kamaru

『Heavy Combination』


2025年 / Disciples


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disk union


柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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