【未来は懐かしい】
Vol.46
ポストパンク、「第四世界」、音響派、アンビエントの坩堝
元アフター・ディナーのヴォーカリスト/サウンド・アーティストがリリースした先駆的ファースト・ソロ作
本作は、1995年、アフター・ディナー等での活動で知られる作曲家/ヴォーカリスト/エレクトロニクス奏者/サウンド・アーティストのHACOが、グループ解散後の1995年に初のソロ・アルバムとしてリリースした作品の再発盤である。
1981年、HACOを中心に神戸にて結成されたアフター・ディナーは、ポストパンクやプログレッシヴ・ロック、現代音楽等を取り入れたグループとして当時のアンダーグラウンド・シーンで支持を集めた。また、日本の伝統音楽にも通じる非西洋的な要素も盛り込まれたその作品は、英《Recommended Records》が海外盤をリリースするなど、国外でも高い評価を受けた。近年再評価の機運も高まっており、2019年には、ライヴ演奏をテープ編集で再構築したセカンド・アルバム『Souvenir Cassette』が米ボストンの《Fish Prints》から、続く2021年には、1984年リリースのファースト・アルバム『Glass Tube』にボーナス・トラックを加えた再発LP『1982-85』がイタリアの《Soave》から、更にサード・アルバム『Paradise of Replica』がベルギーの《Aguirre Records》からリイシューされるなど、旧来のアヴァンギャルド・ミュージックのファン層を超えて、その特異な音楽性に再び注目が集まっている。
もちろん、こうした再評価の機運は、今日に渡ってコンスタントなリリースを重ね、コアな音楽ファンの耳を常に刺激し続けてたHACO自身の積極的な活動によるところも大きいだろう。彼女の近作もまた、既存のプログレ〜前衛音楽の枠組みを軽やかに超えながら、国内外で高く評価されている。
そんな中で、1995年にリリースされた後長らく廃盤となっていた本作が最新リマスタリングを施されて再登場した意義は、実に大きい(現代ドローン〜アンビエントの代表的作家であるChihei Hatakeyamaがリマスタリングを手掛けた)。アフター・ディナー時代に培った実験性を、1990年代当時のテクノロジーを取り入れながら大胆に更新してみせたようなその音楽性は、のちの音響系やIDM〜エレクトロニカ等にとっての異形の祖先ともいえるもので、その先見性に多くの者が驚くはずだ。また、深い精神性と理知性を兼ね備えつつもどこか親しみやすさを抱かせるような内容は、現代のアンビエントやモダン・ニューエイジ、あるいは2010年代に浸透したいわゆる「オブスキュア」以降の審美眼にも見事に合致しており、様々な面で超時代的な魅力を放っている。
冒頭の「アンダーガ―デッド(無防備)」からして、強烈な印象を叩きつける。ときにケイト・ブッシュにも喩えられる技巧的で自由闊達なHACOのヴォーカルが硬質な打ち込みサウンドに絡み合うプログレッシヴな様は、同作の海外盤がかつて《Recommended Records》からリリースされていたという事実を再確認させてくれる。ティポグラフィカ等での活動で知られる今堀恒雄による鋭角的ギターも、実に効果的だ。
中川博志によるバンスリとタブラを交えた「マッシュルームはいかが?」も、HACO自身によるシュルレアリスティックな歌詞とあいまって、他に例の見当たらない特異な世界を描き出す。この曲をはじめとして、いわゆる「第四世界」的な色彩が随所で観察できるのも、本作の魅力の一つだろう。安易な「エスニック風ポップ」を超え、既存の「ワールド・ミュージック」への眼差しを脱構築するような批評性を感じさせる。
「日曜処女」で聴けるようなヨーロピアン・アヴァンギャルドの薫りにも惹きつけられる。ポエトリー・リーディング風の歌唱には、ブリジット・フォンテーヌからの影響も垣間見える(鬼才サム・ベネットの参加にも注目)。かたや、「フラグメント」や「冷たいシャワー」では明示的かつポップなビートも用いており、HACOのポスト・パンク・ルーツが覗く。
全編に渡って個性溢れる本作だが、私が特に心を奪われたのが、「エクセレント・ウェイヴ」と「水と油」の2曲だ。前者は、どこかポーリン・オリヴェロスの音楽にも通じるような深く瞑想的な曲で、ドローンとコーラスの効果によって心身が広大な音空間に開放されていくような感覚を味わうことができる。後者もスピリチュアルな美しさを湛えた曲だが、沖縄民謡を思わせるHACOの歌唱があまりに美しく、アルバムの幕引きを感動的に演出する。
なお、今回の再発CDには、ボーナス・トラックとして1997年録音の「フラグメント」のライブ音源も収録されている。前述の今堀の他、アフター・ディナー時代からの盟友・横川理彦(ヴァイオリン)が加わった貴重な音源だ。
現在に続く充実のソロ活動の出発点となった傑作『HACO』を、是非大音量で体験してほしい。(柴崎祐二)
Text By Yuji Shibasaki
柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】
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