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【未来は懐かしい】Vol.30
「ミーハーファンキー」の逆襲〜1980年代ガールズ・ニュー・ウェイヴ・バンド、タンゴ・ヨーロッパの名作を聴く

15 June 2022 | By Yuji Shibasaki

私は1983年生まれなので、当然1980年代当時のことを知らない。厳密に言えば、80年代終わりころの記憶はうっすらとあり、(母の着ていた)ビグショルダー・ジャケットのシルエットやら、エレポップなBGMの流れる(母の通っていた)エアロビクススタジオの風景をおぼろげながらに覚えている。そんな世代感……。

ここ最近「日本の80年代」が様々なフィールドで再発見されつつあることが(「シティポップ」や「ニュートロ」の例を出すまでもなく)、広く知られている。しかし当然ながら、非リアルタイム世代を主体とする「リバイバル」に伴う宿命として、どうしても脇へと押しやられてしまう「日本の80年代」がある。リアルタイム世代からよく発される箴言は「ラグジュアリーでオシャレ一色なんて嘘で、実際はヤンキーとアイドルが主流だった」というものだが、当時の文化状況を少しでもさらってみれば、これは確実にそうだろうというのがわかる(私自身、北関東の片田舎出身なので、そういう空気の残り香をダイレクトに吸いながら育ってきた感覚があります)。

もうちょっと範囲を狭め、「日本の80年代」を振り返る時、かねてより主要なキーワードとして頻出する「ニュー・ウェイヴ」についてはどうだろうか。これはある意味で「ヤンキーやアイドル」の対義語的なニュアンスを帯びて振り返られることが多く、特にYMO一派を中心とした「インテリジェント」で「ポストモダン風」のスタイリッシュさが、時代の表象としていの一番に語られたりする(私を含めた後追い世代からは特に)。いや、それも一面では正しいだろうが、実際、YMO自体も下は小学生も巻き込んだお茶の間レベルでの人気を獲得していたわけだし、わかりやすくいえば、実体としては相当程度「ミーハー」な受容をされていたわけだ。しかし、この「ミーハー性」というのが、後年の視点から当時を美化したい「良心的音楽ファン」からすると、やや都合の悪いものだったりするのだが……。まあそれもわかるといえばわかる(自分にもそういった傾向がないとは言えない、というか、かなりあります)。

タンゴ・ヨーロッパは、デビュー当時「ミーハー・ファンキー」を標榜したニュー・ウェイヴ・バンドだ。メンバーは、「ニャンコ」こと斉藤美和子(ボーカル)、坂口かおる(ベース)、是沢淳子(ギター)、石田美紀子(ドラム)、塚越優香(キーボード)の5人。1981年、ヤマハ主催のバンドコンテスト「イースト・ウエスト」のレディース部門グランプリを受賞し、1982年に《アルファレコード》からシングル「きらいDAIきらい」デビューする。翌1983年にはファースト・アルバム『乙女の純情』を同じくアルファからリリースした(こちらも大変好内容なのだが、未リイシュー)。

斉藤の強烈なキャラクターと特徴的な歌唱スタイル、ユーモラスな歌詞、ポップなヴィジュアル、確固たる演奏力を看板にライブ・ハウス・シーンで活躍。デビュー後は『オレたちひょうきん族』や『笑ってる場合ですよ!』といったバラエティ番組にも積極的に進出した。つまり、(こういっては何だが)「インテリジェントでポストモダンな80’sニューウェーヴ」という、後の世代が抱きがちな「常識」とは必ずしも合致しない(?)、(まわりのスタッフ達の戦略ももちろんあったろうが)当初掲げた通り「ミーハー」的な活動を行っていった。

このセカンド・アルバム『フラストレーション』は、《アルファ》から《キングレコード》へと移籍した後、1984年にリリースされた。ファースト・アルバムのニュー・ウェイヴ/ファンク路線はそのままに、より一層バラエティ豊かな曲調に取り組んだ傑作だ。相変わらずの「ミーハーさ」の魅力はもちろん、現在の視点からもじっくりと味わい直すべき極めて質の高い内容となっている。

いくつか曲を紹介しよう。「ぺんぎんさんまでひとっとび」は、アルバムオープナーにふさわしいチャキチャキしたニュー・ウェイヴ・ファンクで、トム・トム・クラブや《ZE》周辺アーティストなど、当時のニューヨーク・シーンとの共振を感じさせる。「ごめんねBoy」もミニマルなファンクで、シンセサイザー(アルバムのクレジットにはDX-7とJUPITER8の名が記載されている)も効果的なアクセントとなっている。

こうした「洋楽っぽい」路線に加え、アイドル・ポップス的な楽曲もこなしてしまうのが彼女たちのおもしろさで、ここでは「PaPa 泣かないで」や「アーモンドの月」などがそうした路線を象徴している。巧みな演奏もあいまって、同時代の歌謡曲と並べても遜色のない出来栄えだ。

カヴァー曲のチョイスもかなり興味深い。「ホンダラ行進曲」はご存知ハナ肇とクレージーキャッツがオリジナル。さらっとしたニュー・ウェイヴ・ディスコに仕立て上げるセンスはさすがだ。サザンオールスターズのカヴァー「かしの樹の下で」も秀逸。ロキシー・ミュージック『アヴァロン』からの影響を感じさせるオリジナルも素晴らしいが、このカヴァーでもそうしたアトモスフェリックな雰囲気を素直に継承し、現在の感覚にぴったりとくるアンビエント・ポップに仕上がっている。

個人的なお気に入りが「てぇーへんだ!てぇーへんだ」。冒頭のギターリフとベースラインからして、フレディ・ジャクソン「ゴーストバスターズ」オマージュ?! という感じなのだが、同曲の初リリースは1984年6月8日であり、しかも日本での同名映画公開は同年12月なので、偶然の類似なのかもしれない(『フラストレーション』のリリースは6月21日)。となると、「ゴーストバスターズ」が「パクった」として盗作騒動に発展したヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースによる前年リリース曲「I Want A New Drag」を下敷きにしているのかしら……? などと妄想が膨らむ。加えて、ギターリフそのものもどこかエアロスミスの原曲風なのだが、ラップ(というか語り)が絡むと、RUN DMCの「Walk This Way」(1986年)を先取りしている感じもあり、興味が尽きない。シモンズのエレドラを併用したビートとベースラインの反復は、グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブ等のオールドスクール・ヒップホップ名曲を彷彿させるし、途中に切り込んでくる頓狂なサックスソロなどは、ノーウェイヴ〜ディスコパンク風でもある。その上、そして大胆なダブワイズやお囃子(を模した電子音?)までも入り乱れるのだがら、端的に言って最高。めちゃめちゃに下らない歌詞も、かえって胸がすくようだ。

ところでこのところ、世界中のガールズ・パンク・バンドをフェミニズムの視点から再評価する流れが盛り上がっており、Xレイ・スペックスやスリッツ、レインコーツ等を影響源とする豊かな系譜が掘り起こされつつある。こうした視点で日本のガールズバンドが語り直されるされる例もあり、『女パンクの逆襲 フェミニスト音楽史』(名著!)の中で、著者のヴィヴィアン・ゴールドマンは少年ナイフを紹介していたりする。

タンゴ・ヨーロッパは、パンク的アティテュードの多寡という点ではこうした評価軸からやや外れてしまうかもしれないが(特に「めざせ結婚」などは、歌詞内容的に現在の価値観からはちょっと評価しづらいかもしれない)、ヴィヴィアン・ゴールドマンが同書で「女パンク」のあり方に多義的な眼差しで言及しているのにならって、よりポップな一群、たとえばザ・ゴーゴーズなどとの共通性を見出すのも可能かもしれない。

そもそも、かねてより格好のマンスプレイニング対象となってきた「女性のミーハー性」を自らに再帰させ、バンドのコンセプトに堂々と掲げてしまうというのは、かなり高度な戦術ともいえるのではないか。一見ジェンダー的「常識」に甘んじているように見えて、その実はその「常識」を乗っ取り返してみせる……そういうしたたかな主体性をここに見出してみるほうが、私には希望あることに思える。

だから、なおさらいろいろな意味で「ミーハー万歳!」なのである。こうなってくると、「インテリジェントでポストモダンな80’sニュー・ウェイヴ」観と、「ミーハー」なニュー・ウェイヴ観のどっちが本質的な意味で「カッコいい」のか、だんだんわからなくなってくるではないか。それでいいのだろうし、そういう「転倒」みたいなことが日常的に興っていたのが80年代というあの時代なのだろうなあ、と想像しておく方が、私のようなリアルタイムにギリギリ間に合わなかった者にとっては楽しい。

追記:
80年代には他にも、沢山の(比較的ポップ志向の)ニュー・ウェイヴ〜ポストニュー・ウェイヴ・バンド、女性アーティストが活躍していて、それぞれが熱心に支持されてきた。

もちろん、それらをおしなべて「ミーハー」的と括るのは憚られるのであくまで「比較的ポップ志向」と表現したいが、こうしたフィールドには、例えばナーヴ・カッツェ、パパイヤ・パラノイア、ハバナ・エキゾチカ、3dl、かの香織、ちわきまゆみ、泯比沙子、北川晴美などがいて、今こそ新鮮に響いてくる楽曲を沢山残している。

だからこそ、「80年代の和モノもあらかた掘り尽くされたなよね」なんて言いたくないし、言わせたくない、という気持ちが日々膨らんでいくのでした。(柴崎祐二)

Text By Yuji Shibasaki


タンゴ・ヨーロッパ

『フラストレーション』



2022年 / カザグルマレコード


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柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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