BEST TRACKS OF THE MONTH -February, 2019-
Better Oblivion Community Center – 「Dylan Thomas」
先日の来日公演も記憶に新しいフィービー・ブリジャーズ。昨年話題を呼んだプロジェクト「ボーイジーニアス」に続き、手を組んだのは彼女のアルバムにも参加していたコナー・オバーストだった。本曲は突如リリースされたアルバムのリード・トラック。フォーク・ロックを基調とし、どこかカラリとしたアコースティック・ギターと、ノイズ・ライクなサウンドが重層的に織り込まれ展開する。
曲名はボブ・ディランがその名を借りた詩人「ディラン・トーマス」に由来するのだろう。2人は「自らに/この世界に対して実直にありたい」と、フェイクにまみれた祖国の現政権への批判を歌い、「それでもいい、私は一人でも進む」と静かに叫びながら、欺瞞と不条理に満ちた社会への憂いとシニシズムを届ける。そこにあるのは、現状はきっと変わらないかもしれないがそれでもこの世界を生きていくというメッセージだ。00年代のディランと呼ばれた男と稀代のシンガーソングライターが生んだ、怒りと諦めのなさに満ちた、時代と対峙するプロテスト・ソング。(尾野泰幸)
Coughy – 「V」
現段階で我々が聴けるのはたった1曲。それも僅か1分。それだけだ。でも、その破壊力が凄まじい。もちろん、90年代には割と聴いた音ではある。初期セバドー、ペイヴメントを思わせる超絶ロウ・ファイ・サウンド。ヴォーカルも脱力系。でもメロディは人懐こくてフレーズもキャッチー…という構造。でも、誰もがグルーヴだとかミニマルだとかしなやかな音だとか…というものへアプローチしている中、いくらセバドーやディアフーフの近作をリリースしているレーベル(Joyful Noise)だからって、ここまで振り切ってくれるとどんよりした闇が一気に吹っ飛ぶ。Ava LunaのJulianとLaser Background、Speedy OrtizのAndyという、近年のインディー・ロック氷河期を飄々と生き抜いてきた二人によるウニ脳直撃のロウファイ・ポップ・レジスタンス。ディズニーからクレームが来そうな落書きのアニメーションPVの腰抜け具合も申し分なし。で、ファースト・アルバム『Ocean Hug』は3月29日発売。どんな時もブレないで来た私や貴方、そして行き場が見えない若きロック迷子の貴方に!(岡村詩野)
Cuco, Dillon Francis – 「Fix Me」
チカーノのシンガーソングライターCucoの新曲は、Clairoと共演した「Drown」でフラれた男の続編と解釈できて面白い。シンセサイザーがバック鳴りながら、「Fix me, I’m a lonely boy. I wanna be your only toy」(“孤独なボーイ”“あなたのトイになりたい”)というパンチラインの虚しさときたら何とも言えない。他にも「完璧な男になるよ」アピールなど、前作に続き見事に未練たらたらを貫いている。
MVは、そんなフラれた彼を頼りになるアニキDillon Francisが相談にのるという物語になっており、失恋による心の痛みを身体的な痛みへと変換して表現しているのか、コラージュのクオリティしかり、笑劇的かつアクロバティックな失敗の数々に思わず笑みがこぼれてしまう。Cucoはこの曲で「失恋も笑い飛ばそうよ、そりゃ人生いろいろあるよね」と肩を叩いてくれているのだ。こうなってくると第三弾を期待したくなるし、今度はKhalidなど男性R&Bシンガーとコラボして恋敵登場的な歌とか面白そうではないでしょうか。(杉山慧)
Nilüfer Yanya – 「Tears」
いまロンドンで最も旬な新人は? と尋ねられたら、間違いなくニルファー・ヤンヤだと即答できる。この23歳のシンガーソングライターの感性は、完全に新世代のそれだ。“UKソウルの新星”と言われているが、ジョルジャ・スミスら正統派志向のR&B〜ソウルの若手と近しい感覚を共有しながらも、ストロークスやリバティーンズから影響を受けてきた彼女は、そうした2000年代のギター・ロックとブラックミュージックとを、はなから区別することなくフラットに吸収しているのだ。
そんな彼女の新曲「Tears」は、予想外なことに、エレクトロ・アレンジが施された、どことなく80年代をも思わせるシンセ・ポップだ。ただ、深みのある歌声やメロディはやはりソウルフルで、さながらグライムス、ミーツ、エイミー・ワインハウス、といわんばかりのセンスに、中毒性が宿っている。ジャンルの壁など感じさせないその奔放な才能が、ジョン・コングルトンがプロデュースするというデビュー・アルバムでどう化けるのか。待ち遠しくて仕方がない。(井草七海)
Norah Jones – 「Just A Little Bit」
静謐なエレクトロニカのようなサウンドに驚いて、ついもう一度再生した。長く響くオルガン、優しく指を降ろすピアノにトランペットとサックスが寄り添う。前作『Day Breaks』で共にジャズを奏でたドラムのブライアン・ブレイドとベースのクリストファー・トーマスがミニマルなビートを奏で、穏やかな音風景が少しづつ広がっていく。これは本当に彼女の曲なのか。誰かから決めつけられることを避けた匿名性や、自身を再発見した喜びが歌われるように、少なくとも前作のジャズとは異なるし、自らの存在を捉え直しているよう。ビリー・ジョーとのコラボ作『Foreverly』でその組み合わせの妙に驚いたこともあったが、中心にはポップミュージックとしての歌があった。バンドとの即興で作曲されたからか、歌は必ずしも中心にはいない。楽器と溶け合うように曲の、環境の一部になっていく。彼女がまた新たに歌と向き合っている、そう感じる。(加藤孔紀)
Text By Shino OkamuraKei SugiyamaNami IgusaKoki KatoYasuyuki Ono