ジャズやブラジル音楽をポップスとして再定義する若き才能サム・ゲンデル
《Nonesuch》移籍第一弾作を語る
2019年12月18日のことだけど、ライ・クーダーと親交がある久保田麻琴さんから突然、FBのメッセンジャーがきた。
「ライ・クーダーのツアーに参加していたサックス奏者、サム・ゲンデル(Sam Gendel)が今、日本にいるから、明日、会って話聞く? 新作『Satin Doll』すごく良いから聴いてみて」と、視聴用の音源が置かれているリンクが添えられていた。
急な話だったが、聴いてみたらジャズのクラシックを最新の感覚で崩した楽曲が素晴らしい。例えが古いけど、ロディ・フレイムがヴァン・ヘイレンの「Jump」をネオアコでカヴァーしたときのような爽快な裏切りぶりにびっくりした。
サム・ゲンデルといえば、岡村詩野さんが『ミュージック・マガジン』17年2月号の特集「2017年はこれを聴け!」で大プッシュしていた人だと思い出し、急いで関連音源をサブスクでチェックして、翌日、会って話を聞いた。黒瀬万里子さんが通訳してくれた。
『Satin Doll』は、2020年3月に米《Nonesuch》からリリースされた。
(取材・文・撮影/石田昌隆 通訳/黒瀬万里子)
Interview with Sam Gendel
ーーサム・ゲンデルさんは、つま恋リゾートあやの郷で行なわれた《FESTIVAL de FRUE》(2019年11月2日)に出演していましたね。このときからずっと日本にいるのですか?
Sam Gendel(以下S):いやいや。MV撮影のために改めて1週間だけ日本に来ました(このとき撮影された「Afro Blue」と「Satin Doll」のMVは、現在公開されている)。
ーー『Satin Doll』は『4444』(2017年)に続く2枚めのソロ作ということでよいですか。
S:そうですね。インガ(Inga)はだいぶ前になくなったバンドですけど、インガとして出したアルバム『en』(2015年)はほとんど僕のソロ・プロジェクトでしたけど。『4444』は、参加メンバーが『en』と同じで、最初はインガとして出そうと思っていたのですが、ソロ名義にしました(『4444』の録音はインガのときと同じメンバー、ギターのAdam Ratner、ドラムのKevin Yokotaが参加)。
ーー新作『Satin Doll』は『4444』とはメンバーが異なっていますね(サム・ゲンデルのほか、ベースのGabe Noel、パーカッションのPhilippe Melansonが参加)。
S:『4444』からだいぶ時間が経って自分が変わった。ゲイブとフィリップは昔からの友達で、いつか一緒に働きたいと思っていた。
ーー『Satin Doll』が《Nonesuch》から出ることになった経緯を教えてください。
S:サム・アミドンが《Nonesuch》から『The Following Mountain』(2017年)というアルバムを出して、そこに僕も参加してサックスを吹いた。それから、2018年のライ・クーダーの、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ・ツアーのとき、僕はツアー・メンバーとしてサックスを吹いた。それが縁でアルバム制作の話がきたんだ。
ーー2日半でレコーディングしたみたいですね。
S:2019年8月に、2日半でレコーディングしました。
ーーHPにレコーディングのときのような写真が出ていました。
S:あれがレコーディング・セッションです。
ーーマイクを使わずにレコーディングしたとか。
S:エレクトリック・ベース、エレクトリック・ドラムス、サックスはピックアップ・マイクのみ。ストレンジな作り方だね。『4444』をレコーディングしたのは2016年11月で、ひとつの部屋のスタジオで普通にマイクを使ってトリオで演奏して録音したものに後からヴォーカルを加えた。『Satin Doll』は、そのときとはぜんぜん違うやり方でした。
ーー『4444』は、グリズリー・ベアのクリス・テイラーらが主宰していたレーベル《Terrible Records》から出ていました。クリス・テイラーがプロデュースにも関わっていたのですか。
S:いえ。僕がプロデュースしました。グリズリー・ベアの影響もありません。
ーー『Satin Doll』はカヴァー曲が多いですね。
S:カヴァー・アルバムを作ったというより、古いジャズのレコードの音を素材にモダンなヴァージョンを作ったって感じですね。
ーー1曲めの「Afro Blue」は、モンゴ・サンタマリアによる1959年の曲で、ジョン・コルトレーンが演奏したり、近年ではロバート・グラスパー・エクスペリメントfeat.エリカ・バドゥのヴァージョンもありますね。
S:僕の演奏は、コルトレーンに共通するところはありますが、ロバート・グラスパーとは無関係です。
ーー「Saxofone Funeral」はどういう曲ですか。
S:これはオリジナルで、インタールードのような曲です。
ーー「Satin Doll」は、デューク・エリントンの1953年の曲のカヴァーのようですが、独創的ですね。
S:ベースはオリジナルのハーモニーだし、僕はオリジナルのメロディをサックスで吹いている。ただし、サックスはエフェクターを通してへんてこな音になっているし、ドラムは違うリズムで叩いていてグルーヴが異なっている。カヴァーに聴こえたりオリジナルのように聴こえたりもする。ジャズに興味のある若いミュージシャンなら「Satin Doll」は一度は通って学ぶ曲だけど、普遍的すぎてバックグラウンド・ミュージックみたいに聴こえたりもする。なので誠実に冗談のような作りにした。こういうスタンダードな曲はタキシードを着て演奏するみたいな感じがあるので、それとは違う方法でレコーディングするのが面白いと思ったのです。ちょっとダサい曲でもあり、このアルバムを象徴している感じがするし、こういう試みはもう二度とやらない気もしたので、この曲名をタイトルにしました。
ーー「Goodbye Pork Pie Hat」はチャールズ・ミンガスの1959年の曲です。サムさんは若いですが、このような古い曲を普通に聴いていたのですか。
S:僕はティーンエイジャーの頃から、CDやレコードで古いジャズを聴いていました。その頃はまだApple MusicやSpotifyはなかったからね。歴史に興味があって、今でも古いジャズを聴くことがあるけど、その一方で今現在まわりで起こっていることに目を向けている。「Stardust」(1927年に作られ、多くのミュージシャンによって演奏されたクラシック)は情緒的だね。
ーー「The Theem」はオリジナルですね。
S:これはスタジオで即興演奏した曲です。
ーー「O Ovo」をやった経緯を教えてください。
S:「O Ovo」は、曲名は〈卵〉という意味だけど、これは(1967年の『Quarteto Novo』に収録されているブラジルの)エルメート・パスコアールの曲。「Afro Blue」以外、ほとんどアメリカ人が作った曲ということもあって、エルメートの曲は取り上げたかった(「Afro Blue」を作ったモンゴ・サンタマリアは1950年からアメリカで活動していたが出身はキューバ)。
ーーそういえば『4444』には、アフロ・ブラジリアン・ミュージックのファビアーノ・ド・ナシメント (Fabiano do Nascimento)がゲストで1曲参加が参加していましたね。
S:彼はLAで活動しているブラジル人で、友達なんだ。
ーーブラジル音楽も好きみたいですね。特に好きなミュージシャンは誰ですか。
S:エルメートが特に好き。それからパーカッショニストのナナ・バスコンセロス(Nana Vasconcerous)。ミルトン・ナシメントも好きです。
ーー(ニュー・アルバムの曲順で)ここから再びアメリカのジャズが素材になりますね。
S:「Cold Duck Time」は、エディ・ハリス(Eddie Harris)の(1969年の)曲。「Freddie Freeloader」は、マイルス・デイヴィスの曲。『Kind of Blue』(1959年)に入っているクラシックだね。マイルスは常にベスト。常にクール。だから僕は、曲に対して誠実に向き合いつつ、ファニーに、半分ジョークで演奏した。古い世代のジャズ好きな人からは挑発していると思われるかもしれないけど、あえてやっている。
ーー奇妙な再解釈ですね。すごく面白いです。「Glide Mode」はオリジナルですが、これもスタジオでのセッションで作ったのですか。
S:「Glide Mode」は、あらかじめ作ってあった曲です。
ーー「In a Sentimental Mood」はコルトレーンですか。
S:デューク・エリントンの(1935年の)曲です。でもコルトレーンの演奏の方がお馴染みかもしれません。
ーー「Love Theme From Spartacus」は。
S:これは映画『Spartacus』(1960年)のテーマ曲。アレックス・ノース(Alex North)による曲で、その後、ユセフ・ラティーフ(Yusef Lateef)が演奏したりしてジャズのスタンダードになった。
ーーLAのミュージシャンで注目している人は誰ですか。
S:ソングライターでギタリストのブレイク・ミルズだね。
ーー『Satin Doll』の曲をライヴで披露するときはミキシング・エンジニアの存在も重要になってきそうですね。
S:ライヴのときもマイクは使わずに、8チャンネルのミキサーをステージに設置して演奏することになる。僕たちの音の世界を想像しやすいと思うよ。僕はアルト・サックスのほか、シンセ・ギターを弾くこともある。
サム・ゲンデルは、2020年3月22日にfresh breadという名義を使い、bandcampで「Afro Blue」のライヴを含む新作『voice memos』も出した。
『Satin Doll』は、みんなが知っている人気曲を集めて、自分でプレイすることによってタキシードを着ているような世界を崩したモダンな作品にしている。それは、近年のアメリカにおけるジャズの再定義、旧来のジャズというジャンルの垣根を越えて新しい音楽を次々と生んでいる動きと明らかに同時代性が感じられる。それでいてサム・ゲンデルは、そういうトレンドとの係わりで語られることを巧みに拒みながら独自の世界を築いている。音楽だけでなく、人柄の良さと変わり者ぶりを併せ持つユニークな存在だった。話を聞いた後、近所で写真を撮らせてもらった。(石田昌隆)
<了>
Text By Masataka Ishida
Photo By Masataka Ishida
Interpretation By Mariko Kurose