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ビートメイカー的な感性が定義し直す「ベッドルーム・ポップ」の新たな可能性

05 November 2019 | By imdkm

アメリカはカリフォルニア州出身のシンガー・ソングライター、Salami Rose Joe Louisことリンゼイ・オルセンが、《Brainfeeder》とサインして初のアルバム(通算では3作目)となる『Zdenka 2080』をリリースした。

オルセンはファースト・アルバム『son of a sauce!』(2016年)、つづくセカンド『Zlaty Sauce Nephew』(2017年)をオークランドのインディレーベル《Hot Record Societe》からリリースし大きな注目を集めた。そんな彼女がFlying Lotus率いる《Brainfeeder》とサインした、という知らせには驚かされた。

ドリーム・ポップ、ファンク、ジャズ、R&B等々……をビートメイカー的感性でまとめあげるユニークな作風はほかに比肩するものがない。エレクトリックピアノの弾き語りとオルセンのややハスキーがかったウィスパー・ヴォイスはそれだけで人のこころを掴む。のみならず、ビートの編み方や質感にそこはかとなく漂うヒップホップやダンス・ミュージックのニュアンスが、オルセンのつくりだすノスタルジアにシャープな味わいを与えている。

『Zdenka 2080』は新たなレーベルからの最初のリリースということもあってか、サウンドとしてはこれまでのベッドルーム感、親密さはやや薄れている。単純にサウンドからして、音数は整理され、各パートの鳴りもよりファットになっている。前2作が「ベッドルームの親密さを通じてファンタスティックな小宇宙へと導かれる」という趣だったとしたら、「ノスタルジーを湛えたサウンドを通じて奇想あふれるストーリーに惹き込まれる」といったところか。些細だが大きな違いだ。「Octagonal Room」から始まる「8枚の絵画に導かれて8つの次元を探索する」という設定からも伺えるように、本作はサウンドも歌詞も視覚的なイメージを強く喚起する。じっさい、オルセンは本作をアニメ化しようと構想していた(現在はロンドンのアーティスト、アヴァロン・ヌオヴォとのコラボレーションでコミックにする計画が進んでいる)。

ごく短い、主に1分とか2分の楽曲が並ぶアルバムのスタイルは、インディ・ロック的なローファイな美学にも通じるし、ビートをノンシャランな手付きで矢継ぎ早に連ねるヒップホップのビートテープのようでもある。こうしたハイブリッド性は彼女のプロダクションにも伺える。なにしろ使っている機材がなかなか奇妙で、オルセンを象徴すると言って過言ではないメインのサンプラーは、RolandのMV-8800というちょっとマイナーな機種。ビートメイキングのド定番であるAKAIのMPCでもないし、あるいは同じRolandだったら、たとえばLAビートシーンからローファイ・ヒップホップのコミュニティ、そしてロック・バンドに至るまでが偏愛する名機SP-404(またはその後継機のSP-404EX)あたりが出てきそうなものだ。オルセンのどこの文脈にも微妙に属さない絶妙な立ち位置を象徴するようだ。

昨今は、オルセンのようにビートメイカー的な感性を持ち、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックのサウンドを自在に取り入れるシンガーソングライターの活躍を耳にする機会が多い。それは第一に、もはやヒップホップやEDMが現代のポップ・ミュージックのデファクト・スタンダードと化した、現代に固有の文化的な背景があるだろう。あるいは、現代の音楽制作環境が、ヒップホップのビートメイカーとDIYに活動するシンガー・ソングライターのあいだでさほど大きな差異を持たないことも、ひとつの要因として挙げられるはずだ。逆に、バンド・サウンドの現代的なアップデートが昨今のインディ・ロックにおいて重要な問題であり続けているのはその裏返しとみることもできよう。

Clairoも、ビートメイカー的感性を持ったシンガーソングライターの好例だろう。2018年にリリースしたデビューEP「diary 001」は、アイスランドのラッパー、Rejjie Snowをフィーチャーした「Hello?」、PC MusicのDanny L Harleのプロデュースによる「B.O.M.D.」など、現代的なポップ・ミュージックにベッドルームの親密さを散りばめたようなサウンドでいっぱいだ。特に「Hello?」と「Flamingo Hot Cheetos」はたった2小節のループで構成された完全なループミュージック。ヒップホップマナーの応用編だ。これをビートメイカー的なセンスと言わずしてなんと言おう。

そんな彼女も『Immunity』(2019年)では一転、元ヴァンパイア・ウィークエンドのロスタム・バトマングリをプロデューサーに迎え、ソングライターとしての力量を見せつけつつ、サウンドの細かなニュアンスでエモーショナルな物語を紡ぐ類稀なバランス感覚を見せネクスト・ステージに進んだ感がある。ベッドルーム的な親密さは後退したとも言えるが、丹念にケアされたサウンドとずっしりとしたボトムは、ダンスフロアとの連続性をたしかに感じさせる(「I Woundn’t Ask You」の終盤、密かに挟まれるフットワーク的なベースの刻み!)。この点がきわめて興味深い。

日本でも、たとえば「クラフトヒップホップ」というコンセプトを掲げて活動するMomの近作は注目に値する。2019年のセカンド『Detox』では、彼が持ち味とするポップセンスはそのままに、サウンドの繊細なテクスチャでリスナーを惹きつける方向へと突き進んで見せた。アンビエントR&B的なアトモスフェリックでチルな感覚、時折飛び出すダンサブルなビート、のみならず、たとえばフランク・オーシャンの『Blonde』における内省を日本のフォークの系譜に置き換えたような詩情。

こうした例は、「ベッドルーム・ポップ」といういささか使い古された言葉に新しい光を当てうるのではないかと思う。しばしば親密さ、インディペンデントなアティチュードと結び付けられてきた「ベッドルーム」はいまや、ある一定の音楽性を指す記号である以上に、さまざまな音楽性が交わり合うフロンティアでもある。それは「ポップ」についても同様だ。ジャンルである以上に、さまざまなジャンルが交わり合う比喩的な場としての「ポップ」。そのように解釈してみると、水と油の如き「ベッドルーム」と「ポップ」のあいだにひとつの通路が見えてくる。ビートメイカー的なアティチュードを持ったシンガー・ソングライターの作品に耳を傾け、その可能性を改めて問うべきタイミングが来ているのではないだろうか。(imdkm)



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Text By imdkm


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