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音楽映画の海 Vol.11
『1975年のケルン・コンサート』
70年代のドイツ、ケルンを舞台にしたパンクなスピード感に溢れる音楽映画

10 April 2026 | By Kentaro Takahashi

ミュージシャンを主人公にした音楽映画には、苦難を乗り越えたサクセス・ストーリーとその後の挫折や転落、そして再起を描くというステレオタイプがある。しかし、音楽の世界はミュージシャンだけで成り立っている訳ではない。ミュージシャンを取り巻く人々の中にも様々な物語があり、そこに焦点を当てた映画も作りうる。ビートルズの最初のマネージャー、ブライアン・エプスタインの伝記映画である『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』などは、その好例だろう。そこではビートルズの4人は脇役で、しかし、だからこそ見えてくるビートルズや英音楽界の歴史もあるという興味深い構造を持つ映画だった。

このほど公開された『1975年のケルン・コンサート』もまさしく、そういう音楽映画だ。そして、これが最高に面白い。

1975年のケルン・コンサートといえば、ジャズ・ファンならばすぐにピンと来るだろう。キース・ジャレットの有名なライヴ・アルバム『The Köln Concert』が録音された1975年1月24日のコンサートのことだ。YouTubeに上がった映画の予告編のコメント欄には、そのアルバムへの思い入れを綴ったジャズ・ファン、キース・ジャレット・ファンのコメントがずらり並んでいる。しかし、映画館で彼らの期待は裏切られるかもしれない。キース・ジャレットはこの映画の主人公ではないからだ。ジャレット役のジョン・マガロは良い雰囲気を出しているが、彼がピアノを演奏するシーンは僅かで、1分と続くことはない。そして、ライヴ・アルバムを生んだケルン・コンサートでのピアノの実演シーンは、この映画には一切出てこないのだ。

キース・ジャレット役をジョン・マガロが演じる

その一方で、この映画はキース・ジャレットなんて興味ないよ、『The Köln Concert』なんて聴いたことないよ、という人が見ても面白いはずである。これをジャズ映画だと思って、敬遠してしまったら勿体無い。舞台となるケルンはシュトックハウゼンが電子音楽を生み出し、カンが結成されたドイツ西部の都市だ。郊外にはプロデューサー/エンジニアのコニー・プランクのスタジオがあったことでも知られる。1975年といえば、カンやプランクが主導したジャーマン・ロックの最盛期。映画中にも主人公たちがカンのセカンド・アルバム『Soundtracks』(1970年)のアナログ盤に針を落とすシーンがあったりする。と書けば、あれ? ひょっとして自分向きの映画なのかも? と思い始める本誌読者もいるのではないだろうか。



劇中で流れるのは「Mother Sky」

映画の主人公はキース・ジャレットのケルン・コンサートを主催したヴェラ・ブランデスという女性だ。ヴェラは高校時代からジャズに熱中し、イギリスのサックス奏者、ロニー・スコットと知り合ったことから、コンサート・プロモーターの仕事を始める。当時16歳。しかし、25歳だと年齢を偽り、親に内緒でアパートの部屋を借りて、ビジネスの拠点にした。ベルリンのジャズ・フェスティヴァルで、キース・ジャレットのソロ・ピアノ演奏を見て、彼をケルンに呼びたいと思い立ち、市のオペラハウスを借りて、コンサートを主催したのは18歳の時だ。

音楽業界をまるで知らない高校生のヴェラ・ブランデス(マラ・エムデ)は自力でロニー・スコットの公演をブッキング

映画はそんな早熟で奔放なヴェラ・ブランデスがケルン・コンサートを実現させるまでのかなりドタバタな苦労劇を描いていく。彼女のことは僕もこの映画を観るまで、まったく知らなかった。しかし、彼女やその家族、友人達を映し出す映画を観ているうちに、70年代半ばのケルンという都市の雰囲気が、だんだんと掴めてくる。新しい文化に触れたいという欲求を持つ尖った若者達。ヴェラの場合はそれがジャズだった。しかし、彼女のアティテュードはジャズよりもむしろロック、あるいはパンクだったと言ってもいい。



当時のケルン大学の過激な学生たちによって結成された実在のバンド、フロー・デ・ケルンの「Sei Ruhig, Fliessbandbaby」も劇中で流れる
フロー・デ・ケルンの「Sei Ruhig, Fliessbandbaby」が流れる場面

『1975年のケルン・コンサート』はドイツ、ポーランド、ベルギーの合作映画で、監督したエド・フルークはニューヨークを中心に活動する映画監督だという。過去の代表作は2016年のアメリカのドラマ映画『The Ticket』だそうだが、本作以前に日本公開された作品はない。キャリア的には特に音楽との関わりが深いように思えないが、インタヴューでカンやノイの話をしているのを見かけたから、やはり、70年代のジャーマン・ロックにはこだわりがありそうだ。逆からいうと、監督がキース・ジャレットの音楽にどれくらいのこだわりがあるのかは、よく判らない。


エド・フレーク監督作『The Ticket』トレイラー

ちなみに、僕はというと、キース・ジャレットの音楽の良い聴き手とは言い難い。それなりに聴いたアルバムもあるが、世の中のキース・ジャレット・ファンとはかなり趣味がズレているはずである。多くの人のフィヴァリットに挙げる1971年の『Facing You』も1975年の『The Köln Concert』もそんなに好きじゃないのだ。1970年代のキース・ジャレットなら、僕はソロ・ピアノ作品よりも、ポール・モチアン(ドラムス)、チャーリー・ヘイデン(ベース)、デューイ・レッドマン(サックス)とのカルテットの作品をよく聴いた。この4人組の自由なバンド感が好きだった。そこではキース・ジャレットはピアノ演奏だけでなく、ソプラノ・サックスを吹くことも多かった。4人のインタープレイの中で音楽的にも乱雑な試みをしていた。



筆者の好きなキース・ジャレットがポール・モチアンやチャーリー・ヘイデンと組んだカルテットの1973年のライヴ録音。曲の後半はジャレットがソプラノ・サックスを吹きまくる

ジャレットはもともとジャズ・ピアニストという枠にとどまらないミュージシャンで、マイルス・デイヴィスのグループでは主にオルガン奏者だったし、1960年代にはシンガー・ソングライターとしてアルバムを発表したことさえある。1968年の『Restoration Ruin』というアルバムだが、そこではギターを弾き、ハーモニカを吹き、ボブ・ディランのように歌ってみたり、バロック的なオーケストレーションを付けたソフト・サイケ・フォーク・ロックを展開したりしている。時代的にもバッファロー・スプリングフィールドの『Buffalo Springfield Again』やヴァン・ダイク・パークスの『Song Cycle』と重なるようなアルバムだ。

当然ながら、『Restoration Ruin』はジャズ・ファンには恐ろしく評判が悪いが、キース・ジャレットという人は、そういう得体の知れないところのあるミュージシャンだった。彼自身、抱える音楽性があまりに幅広く、とっちらかり過ぎていて、混乱の中にあったのかもしれない。そこに方向性を与えたのが、映画ではアレクサンダー・シェアが演じるレーベル《ECM》のプロデューサー、マンフレート・アイヒャーだ。

アイヒャーとともに生み出したソロ・ピアノ作品『Facing You』が評判を呼び、アルバム『The Köln Concert』が全世界で400万枚を売るヒット・アルバムとなって、キース・ジャレットというアーティストのイメージは固まっていく。しかし、この映画の中のジャレットはその手前にいる。当時の、まだまだ未来の定まらぬジャレットとアイヒャーの姿が描かれているところが、本作の音楽映画としての面白さだと言ってもいい。

アレクサンダー・シェア演じる《ECM》のプロデューサー、マンフレート・アイヒャー(左)

それは現代における《ECM》とキース・ジャレットのイメージを大きく覆すものでもある。クールでスタイリッシュどころか、アイヒャーが運転する車にジャレットを乗せて、二人だけでヨーロッパをツアーしていく彼らの姿はかなり泥臭い。肉体的にも厳しく、必死に出口を探すような旅。若い娘が企てたケルンでのコンサートでは、指定したピアノの調達すら出来ておらず、彼らは公演をキャンセルしようとする。そのコンサートこそが未来への扉になるとは思いも寄らず。

ヴェラ・ブランデス、キース・ジャレット、マンフレート・アイヒャー。この3人に加えて、映画にはもう一人、音楽的な解説者とも言える重要人物が登場する。それはジャレットを追ってきた音楽評論家のマイケル・ワッツだ。ワッツがジャズの歴史をかなり乱暴にまとめて、フォームの解体とインプロヴィゼーションの拡大が進み、ついにその場の完全な即興演奏に到達した、とレクチャーするシーンがある。そこでキース・ジャレットのケルン・コンサートの時代的意義が分かりやすく提示される。

実在の音楽評論家、マイケル・ワッツ

マイケル・チェルナスが演ずるこのワッツは実在の人物で、英『Melody Maker』紙に寄稿するアメリカ人ライターだったが、その業績を調べてみると、ジャズよりもむしろロックの評論家だった。主要な仕事として上がってくるのは、オールマン・ブラザーズやザ・バンドなどの記事だ。映画の中でもヴェラとともにライヴを観ているワッツが、ここに爆弾が落ちて、ジャズ・ミュージシャンなんて絶滅したらいい、などと言い放つシーンがある。ジャズ界の閉塞感が強かった70年代半ば、ワッツは決まりごとの多いジャズ演奏には飽き飽きしていた。しかし、完全な即興演奏に向かうキース・ジャレットには興味を惹かれ、彼をヨーロッパまで追ってきたのだ。

ケルン・コンサートの現場に本当にマイケル・ワッツが居たのかどうかは、調べても判らなかった。しかし、ワッツの視点はたぶん、イド・フルーク監督の視点そのものだろう。そして、それは『The Köln Concert』という大ヒット・アルバムが生まれた理由にも、光を当てていく。

映画がキース・ジャレットの音楽そのものを映し出す時間は短いが、『The Köln Concert』の会場や楽器や機材は、かなり精密に描き出している。録音に使われるテープレコーダーはテレフンケン(Telefunken)のM5だ。一回り大きいM15を所有していた経験を持つ僕は、それだけでぐっと来たりする。そして、物語のポイントになるのはピアノである。オペラハウスにあるはずのベーゼンドルファー(Bösendorfer)のモデル290、インペリアル・コンサート・グランド・ピアノが見つからず、ヴェラはステージに載っていたベーゼンドルファーのミニ・グランドを使うしかなくなる。しかし、アイヒャーとジャレットはそれを承諾しない。しかも、調律師はそのピアノは壊れていて、修復には数時間を要するとヴェラに告げる。

友人達とケルンの街を走り回って、何とかチケットは完売させたというのに、コンサート当日に発覚するトラブル。それでバタバタになる現場というのは、コンサートやイヴェントの裏方をやってきた者には、既視感があるに違いない。僕も何度、経験したか分からない。いまだに夢で見たりもする。しかし、たいていは何とかなる、という経験則も持っていたりする。ヴェラも絶体絶命の苦境を乗り切って、何とかジャレットを修復したミニ・グランド・ピアノに向かわせる。

史上最も売れたピアノ・ソロ・アルバムだとも言われる『The Köln Concert』はツアーで疲れ切って、体調も最悪だったキース・ジャレットが、予定しない貧相なピアノと向かいあった演奏から生まれたのだ。それゆえ、その日のジャレットの演奏は自己対話的で、彼のクラシック・ルーツとも触れ合う叙情性を湛えたものになり、ジャズやインプロヴィゼーションとは縁遠かった人々にも親和的なものになった。そうも言えるかもしれない。

映画ではコンサートが終わった後になって、ヴェラがオペラハウスの一室でベーゼンドルファーのモデル290を発見する。しかし、ジャレットが本来、弾くはずだったモデル290を弾いていたら、『The Köln Concert』という大ヒット・アルバムは生まれていなかった。ジャレットのキャリアや《ECM》のその後も違ったものになっていたはずである。

ヴェラ(中央)らが人工妊娠中絶合法化を求めるデモに参加するシーンも

完全に準備された環境で、さあ即興演奏を始めるぞ、と始めた演奏ではなく、その環境自体がアクシデントやハプニングによって、たまたま、そこに生まれたものだった。そんな『The Köln Concert』というアルバムの成り立ちを、イド・フルーク監督はヴェラ・ブランデスという女性の多分に行き当たりばったりな、しかし、無垢な情熱と行動力ですべてを乗り越えていく生き様と重ね合わせて描いた。これはそういう映画なのだ。音楽映画としては、紛れもない傑作である。観るのには何の予習の必要もない。ぜひ、映画館に足を運んで欲しい。(高橋健太郎)


Text By Kentaro Takahashi


『1975年のケルン・コンサート』

2026年4月10日より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺 ほか全国順次ロードショー


監督・脚本:イド・フルーク
製作:ソル・ボンディ
エクゼクティブ・プロデューサー:オーレン・ムーヴァーマン
出演:マラ・エムデ、ジョン・マガロ、マイケル・チャーナス、アレクサンダー・シェアー
2025年 / ドイツ、ポーランド、ベルギー / ドイツ語・英語 / 116分 PG12
原題:KÖLN 75
配給:ザジフィルムズ
字幕翻訳:石田泰子
字幕監修:ピーター・バラカン
© Wolfgang Ennenbach / One Two Films
公式サイト
https://www.zaziefilms.com/koln75/


Keith Jarrett

『The Köln Concert』

LABEL : ECM / Universal Music Japan
RELEASE DATE : 1975.11.30(Original Release)
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