「シャロン・ヴァン・エッテンにはすごく勇気づけられたし、目標にしていきたいと思ったよ」── 新世代のギター・ミュージックの探求者たる、ニルファー・ヤンヤの意志表明
読者の皆さんに、まず一つ謝らなくてはいけない。「UKソウルの新星」という、以前に筆者がニルファー・ヤンヤを取り上げた記事での表現は正直言ってあまり的を射たものではなかった。「私の音楽をR&Bと表現する人もいるけれど、どうしてそう思うの?という感じ。これまで私がリリースした音楽にはそうした要素はほとんどないのに」という彼女の言葉の通り、ブラック・ミュージック由来のエッセンスは彼女の音楽の中で決して支配的なものではなく、あくまで脇役的な存在に過ぎないことに、今作『ペインレス』を聴くことでなお一層思い知らされる。今年3月にリリースされた、デビュー作から約3年ぶりとなるこのセカンド・アルバムは、ゆえに、筆者も含めたそのような誤った世間からの認識への反駁とも取れるかもしれない。
今作から聴こえてくるのは、彼女が自在に操るギター・サウンド。しかも、90年代のアメリカン・オルタナティヴ・ロックや、2000年代のガレージ・ロック・リバイバルのバンドたちの影がチラつくスタイルのギターだ。いや実際、それは前作だって紛れもなくそうではあったのだが、複数のプロデューサーを迎えたことで本人曰く「あっちこっちに広がりすぎて、まるでジャケ買いしたレコードみたい」であったという前作とは異なり、盟友ウィル・アーチャー(ジェシー・ウェア、セレステなどのプロデュース経験もある30代の若手プロデューサーだ)とほぼ二人三脚で制作された今作は、ささやかなアンビエンスを効かせた必要最小限のバンド・サウンドで空間を立ち上げることで、時に性急に時に揺蕩うように、ストロークのタッチやエフェクトの響きを微細に調整しながら楽曲に陰影を与えていくニルファー・ヤンヤのギタリストとしての個性を、これまで以上にくっきりと浮かび上がらせることに成功しているのだ。
超絶テクとは言い難いかもしれない。だが、その発展途上ささえも、ギターという楽器の可能性の探求そのもののうちにカウントし、それをただシンプルに深めようとするニルファー。ピクシーズに共感し、ザ・ストロークスを敬愛し、シャロン・ヴァン・エッテンを目標とし、ビッグ・シーフをお気に入りにあげる彼女に流れるのは、ギターという楽器を通じたクリエイティヴィティ。それは、彼女が名前を挙げたアーティストたちの間を、時代をくだりながら流行り廃りとは異なるところで脈々と受け継がれてきた魂のようなものとも言えるだろう。
自らの人種的なルーツ──トルコ系の父とバルバドスとアイルランドをルーツとする母の元に生まれ、イギリスの中でさえ置きどころの定まらない自身のアイデンティティに戸惑いながらも、より深く、より鋭く自分自身に踏み込んだ『Painless』について、ツアーの合間に取材に応じてくれたニルファー自身の思慮深い言葉をお届けしよう。
インタビュー・文/井草七海 通訳/竹澤彩子
Interview with Nilüfer Yanya
── 前作『ミス・ユニバース』(2019年)は、“架空のヘルスケア・サービス”というコンセプトのある作品で、デビュー作ながら一つの世界観で統一されているがゆえの完成度にも唸りました。ですが、あなたはそんなデビュー作のことを少々失敗だったとも他のメディアで語っていますね。前作では表現できなかったことやうまくいかなかったこととは、どんなことだったのでしょうか?
Nilüfer Yanya(以下、N):『ミス・ユニバース』に関しては、色んなプロデューサーと一緒に組んで作ったこともあって、あっちこっちに広がりすぎたかなって感じで、サウンド的にもまとまりに欠けてた気がして。自分が頭の中で想像してたよりも、1曲1曲の色がお互いに馴染んでいかなかった、みたいな感じかな。
── 逆に納得いってるところは?
N: ソング・ライティングの部分に関してはすごく満足してる。それは本当に褒めてあげてもいいと思う。今でもライヴで歌っててすごくいいなって思える曲ばっかりだし。でも、アルバムっていう作品としては、ジャケット買いしたレコードみたいな(笑)、聴いたらなんかちょっと想像してたのと違うんだけどなあ、みたいな感じで。
── 今作『ペインレス』は前作よりもずっと音数が絞られた印象です。前作でのエレクトロニックなサウンドも駆使したカラフルなアレンジに比べ、今作での主役はあなたの弾くギターそのものになっていると思います。こうしたアレンジの方向転換の背景や意図を教えてください。
N: そう、私の中ではギターが常に主役なんだよね。『ミス・ユニバース』では、どういうわけか物事を複雑にしすぎちゃって(笑)。ただ普通にギターとメロディだけに集中するってことを自分に許さなかったし、その2つの間にわざわざ自分が間に割って入ってるみたいな。今回の『ペインレス』に関しては、ただギターとメロディだけに集中したかった。もう一回シンプルな状態に戻してよ、いったん基本に返らせてよ、みたいな気持ち。前回のアルバムがあっちこっちに広がってるとしたら、今回のアルバムは音数も少なくて、より一点集中型っていうかな……そこを重点的に突き詰めていたかったわけ。そっちのほうがあれこれ要素を詰め込むよりも、むしろ贅沢で味わいのある音になるんじゃないかなって。
── 実際に改めてギターにフォーカスしてみてどう感じましたか?
N: 最初からしっくり来たし、いい感じだったよ。それに自分が今までどれだけフォーカスしてこなかったかってことを実感した。それと、ギター・ミュージックを掘り下げて行けば行くほど、どこまでも奥が深いんだなってことを思い知った。それを実感できただけでも自分にとってよかったと思う。
── 今作『ペインレス』での「the dealer」や「stabilise」などの性急なバンド・アレンジやギターの音色は、ピクシーズなどのオルタナティヴ・ロック、さらにはあなたがファンを公言しているザ・ストロークスをはじめ、アークティック・モンキーズやブロック・パーティーなどのガレージ・ロック・リバイバル、さらにそこにポスト・パンク的な要素を取り入れたフォールズなどのバンドを思い起こします。以前にはピクシーズの「Hey」をカバーしていますよね。1995年生まれのあなたにとっては、こうしたバンドは実際、子供の頃に触れたものだったのでしょうか? また、そうした音楽が2022年の今のあなたにとって魅力的に感じるのはどんなところでしょうか?
N: 子供の頃、自分のCDを持っていなかったからお姉ちゃんのCDを聴いてたんだよね。その中でもロックとかポップが好きで、そこから私の音楽の冒険も始まったってわけ……それで80年代、90年代って時代ごとに遡って色々聴くようになったんだけど。あとはギターの先生から色んな音楽を教えてもらったり、そこから一つの時代にハマって、飽きたら別の時代のものに移行してって感じで、色んな年代の音楽に触れていくようになったんだよね。ピクシーズに関しては、今言ったオルタナティヴ・ミュージックの元祖みたいなもので、いまだに色んなバンドに強烈なインパクトを残し続けてるし……何だろう、いつの時代にもまるで空気が読めなくて、周りとは全然関係ないひたすら独自の路線を行っちゃってる人っているけど、ピクシーズはまさにその道のプロみたいな感じ(笑)。そこが魅力かな。
── 90年代の音楽にそこまで惹かれる理由は?
N: 90年代の音楽には、ギター・ミュージックの貴重な分岐点みたいな瞬間をカプセルにして閉じ込めてあるような気がして。人々がまだ新しいギターの表現方法なり、サウンドの使い方なりをまだ模索していた時代だった気がするんだよね。そこにテクノロジーが加わって完璧な音を目指すんだけど、今の時代の音楽やレコードの価値基準において求められる完璧さがまだ存在する以前の話で、むしろ70年代や80年代の価値観を引き継いだところの、その先に存在するアプローチから自分にとっての理想的な音を追求しているような……そこに魅力を感じるんだよね。すごくワクワクするような特別な時代だったんだろうなと思うよ。素晴らしいサウンドとは何かっていう定義を一度解体して問い直していた時代のように思えるし。余計な飾りをいったん全部取り払って、あえて完璧じゃないソング・ライティングやサウンド作りをすることで、自分にとっての完璧なサウンドを作るのにはどうしたらいいのかを模索していた時代みたいな……そこにたまらなく惹かれるんだよね。
── そうしたバンドの影響も感じ取れつつも、所々に使われるエフェクトのアンビエンスの加減のおかげか、今作のサウンドはさらにモダンに洗練されて聞こえます。それは、前作同様多くの楽曲をプロデュースで参加しているウィル・アーチャーのサウンド作りの特徴でもあると思うのですが、あなたから見て彼のプロデューサーとしての魅力はどんなところでしょうか?
N: ウィルとは今ではもう長い付き合いで、前作でも、そのあと出したEPも一緒に作ってるし。もともと自分がウィルのファンだったってこともあって、一緒にできるってなったときにはものすごく感激してめちゃくちゃテンション上がったし。あと人間的にもすごく気が合うというか、通じるものを感じるんだよね。それで、2021年の初めにアルバムを作ろうってなったときに、自分の中でのテンションとしてこう、何だろう……自分1人だけでは創作意欲やインスピレーションが一切湧いてこない、みたいな状態に陥って(笑)。それなのにウィルが加わった途端に、自然に色んなアイディアが思い浮かんできたし、すごくラクになったんだよね。私は私で色々考えてることがあって、ウィルにもウィルなりのアイディアがあって、その2つを繋げていったら一週間の終わりには何かしらの曲が形になってるっていう、すごくワクワクするような見ていて気持ちのいい体験だったよ。
── あなたのギター・プレイは、ギターのタッチのコントロールや、エフェクターの微細なかけ方を駆使した陰影の付け方が特に見事で、それがあなたのギタリストとしての個性だと感じます。そうしたプレイを生み出す上で参考にしたギタリスト、リスペクトしているギタリストはいますか?
N: ああ、そういう意味でもやっぱりウィル・アーチャーかな。今回のアルバムでもギター・パートで色んなアイディアを出してくれてるんだけど、そういう意味ではものすごく影響を受けてるよ。あとはビッグ・シーフとか、あのギターが重なり合って交錯し合う感じが好きなんだよね……どことなくエリオット・スミスを彷彿させるんだよね。ソフトで優しいタッチなんだけど、スピード感があってリズミカルなところがすごく独特で好きなんだ。
── あなたは、キャリアを積む中で、女性のギタリストとしての難しさを感じる場面にも直面したと他のメディアで語っていました。そんな中でも、2019年にシャロン・ヴァン・エッテンのツアーに帯同して、観客に温かく迎えられたことは大きな経験となったそうですが、シャロンとの共演の経験で得たことについて詳しく教えてください。
N: 今までなかった視野が開けたみたいな、「こんなことができちゃえるんだ!」みたいな。シャロンは自分よりも年齢が上で、ずっとキャリアを積んできてて、しっかりとファン・ベースを確立して、そんな彼女がツアーも着実にこなしてる姿を実際に間近で見ることができたことですごく勇気づけられたし、自分にとってインスピレーションになった。目標にしていきたいと思ったよ。それと毎晩圧倒的なステージを披露してて、自分を表現する上で一切妥協しない姿勢にも、ものすごく感銘を受けたし。あとすごくクールだなって思ったのは、あの時のツアーって、彼女がギターをいったん脇に置いて歌に集中した初めてのツアーだったんだよね。その「私、今そういう気分じゃないんですけど、何か?」みたいな(笑)。自分のトレードマークでもあるギターを手放したいって気持ちになることもそうだし、実際にそっちに振り切れて歌だけに集中してる姿を見てとても勇気づけられたっていうか……ギターを手離したからって自分のアーティストとしての表現は1ミリも失われないっていう意志表明みたいな感じで、めちゃくちゃカッコよかったんだ。
── 今作では、前作に比べ自分自身の感情を掘り下げ、閉塞感や混乱のなかを深く探求していくようなリリックが印象的です。トルコ系のお父さんと、バルバドスとアイルランド系のお母さんというご両親から受け継いだあなた自身の人種的なルーツについてこれまで以上に考える機会が増えたと他のメディアでも語っていますが、そうした想いも、今作のリリックには投影されていると考えて良いのでしょうか?
N: カルチャーとかアイデンティティの部分でいうなら、自分の中で色んなルーツが混在してるわけで、色んなところを巡り巡った上に自分が存在してて、しかもそこからまた自分自身が人生を重ねていくことで日々進化してアップデートされてるようなものだから……。そう、だから、自分のルーツに関するテーマは昔から自分の中にあって、歌詞の中でも「私は一体何者なのか?」、「自分は一体どこから来たのか?」、「自分のルーツはどこにあるのか?」ってことを常に問い続けてるし、自分の存在自体ともすごく深く関わっている。だから、これからも常にそれは自分にとって大きなテーマの一つであり続けるんだろうけど、ただ同じことばかり何度も取り上げるのはいやなんで。そのことに対してどういう新しい視点やアングルを見つけていくかってことだと思うけど……だから、毎回アルバムを出すたびに毎回よりシリアスに、どんどんディープな方向に行ってるような……うん、どうしたってディープにならざるを得ない(笑)。
── そもそも、そうした自分のルーツへの関心はどういった経緯で生まれたのでしょうか? あなたは、Black Lives Matterへの関心も高いですが、たとえばそういった昨今の社会の流れも関係したのでしょうか?
N: 誰だって多かれ少なかれ感じるものなのかもしれないけど、とくに自分はミックスであるってこともあり、色んなルーツを持つ者として自分が代弁しなくちゃならないって意識が強いんだよね。しかも自分はそれを発しやすい立場にいるとも思うし。実際、私は黒人にも白人にも振り分けられないし、イギリスの中では外国人っていうわけでもない。だから、私は今言ったどの視点にもアクセスしやすいし、そこで自分が見聞きしたものを自分には伝えていく必要があると思うんだよね。自分が代弁しなければ、外の世界に決して届かない声がそこに存在してるのなら……いや、それは確実にあって。そうした使命感からやっている部分もあるし、もちろんそれだけじゃなく、今一人ひとりが色んな世の中で起きてる問題に対して声を上げるようになってきているわけで。前だったら何事もないように見て見ぬフリをするのが普通だったのが今はそうじゃなくなってる。ただ、自分自身のカルチャー的なバックグランドとかアイデンティティは自分の表現に結びついてはいるものの、実際、曲を作ってるときに自分からわざわざそういうことを意識したり考えたりすることはないんだよね。普通に一人の個人として感じたことを曲にしてるだけ。だから、明らかな主張としてやってるというよりは、普通に背景としてそこにあるものっていうわけで。多少の温度差はあるにせよね。
──最後にひとつ、ちょっとした質問です。前作収録の「Heavyweight Champion Of The Year」のミュージック・ビデオでもそうですが、今作でもまたあなたが大きな羽を背負ったビジュアルを使っていますよね。この“羽”とは、あなたにとってどんな意味合いを持っているのでしょう?
N: そうなんだよ、自分でもそんなに羽をモチーフにしてたってことに気づかなくて。今言ってくれたように『ミス・ユニバース』でも羽を使ってるんだよね。それをすっかり忘れてて(笑)。それで今作での衣装を見て「わあ、新しい!」「あ、でも一回やったわ」ってリアクションが同時に起きたという(笑)。何だろうね……でも、イメージとかシンボルってそれ自体が、ものすごく強烈なインパクトやメッセージを放ってるものだから。前に一度使ったモチーフだからって二度と自分の作品の中で使っちゃいけないってルールがあるわけでもないし。あの羽についても、自分の中で色んなものを象徴してて、例えば自由だったり、ファンタジーだったり、逃避だったり……今回は自分がアルバム用に作ったアートワークの中にある羽が元ネタなんだけど、アートワークで使ってる羽自体の元ネタは雑誌で見たフラミンゴの写真なんだよね。だから、今回はピンクのバージョンの羽なんだ。本格的にフラミンゴを再現してね(笑)。
<了>
Text By Nami Igusa
Interpretation By Ayako Takezawa
Nilüfer Yanya
Painless
LABEL : ATO Records / Big Nothing
RELEASE DATE : 2022.03.04
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