Back

あらゆる属性をグレーで鞣すモーゼス・サムニーの第二章『græ』
「まずはみんなで生き残ろうぜ。
トンネルを抜けた向こう側でまた会おうな」

19 May 2020 | By Shino Okamura

1曲目「insula」を改めて聴いてハッとする人もいるだろう。冒頭からマントラのように聞こえてくる“Isolation comes from “insula” which means island”のフレーズ。「Isolation(隔離、孤独)」という言葉が、よりによってこのタイミングで大きな意味を持つことになろうとは! と。

それにしてもすさまじいアルバムが届いてしまった。モーゼス・サムニーのニュー・アルバム『græ』。タイトルの実際の読み方は本人曰く「グレー」だが、黒でもない、白でもない、中間色の「グレー」を意味するモーゼスによる造語になっている。「æ」が「ア」と「エ」を同時に発音する際の記号であることから、どちらでもないが、どちらでもある、とでもいうようなモーゼスの真意が伝わってくるだろう。思えば、2017年にリリースされ、その年の多数のメディアで年間ベスト・ディスクの1枚に選出されたファースト・アルバム『Aromanticism』も二つの言葉を合体させた複合的な意味を持つタイトルだったが、この人にとってはそうしたシームレスであろうとする働きかけこそがアイデンティティなのだろうと思う。

彼はオーセンティックなソウルやファンクを愛する一方、フォークやクラシックにも心を許し、ハウスやエレクトロニカのようなクラブ・ミュージックをも受け止める。なのに決してミクスチュアされ過ぎず、どこまでもソフィスティケイトされていてどこまでも洒脱。それらを意識的に橋渡しするわけではなく、あくまでもそれを当然の摂理とするような。彼の信念はそんな大らかな包容力に根ざしている。そういう意味では、この人はそもそもが「隔離」された場に自らの身を置くような曲を作るところがあるが、もしかしたら「隔離」という概念を「解放」と置き換えているのかもしれない。

アルバムは2枚組。1枚は2月に配信とサブスクリプション・サービスで先行発表され、このほど後半のもう1枚と合わせてフィジカルとしても正式にリリースされた。いうまでもなく、2月21日に公開されたその最初の1枚である『græ: Part 1』の発表前後にコロナウイルス感染症拡大で世の中の空気が一変。いみじくも世界中が「Isolation(隔離、孤独)」を強いられることとなった2020年に、モーゼスのこの大作『græ』というアルバムは、どういう訴求力を持つのだろう。

ジェイムス・ブレイク、ブランドン・コールマン、OPN、FKJ、マット・オットー、ベン・バプティ、ロブ・ムースらが曲ごとに参加、2008年に不慮の事故で亡くなったスウェーデンのジャズ・ピアニスト、エスビョルン・スヴェンソンが書いたE.S.T.の曲「Gagarin’s Point Of View」を元にモーゼスが改題した曲(「GAGARIN」)、ジル・スコットの「Cross My Mind」から一部を引用した曲もあれば、(「jill/jack」)、ガーナ系イギリス人作家/写真家のタイエ・セラシの名前も作曲クレジットに見られる曲(「and so I come to isolation」「before you go」他)など実に様々な曲が並ぶモーゼス・サムニーのセカンド・アルバム『græ』。この超大作をめぐって、インタビューは3月下旬にフォナーで行われた。それはちょうど、世界規模でコロナウイルス感染拡大を防ぐべく自宅待機を強いられるようになった頃。モーゼスは現在暮らしているノース・キャロライナのアシュヴィルから電話取材に応じてくれた。まずは、そのコロナを受けたステイホームの話題から切り出してみた。(インタビュー・文/岡村詩野  通訳/染谷和美)



Interview with Moses Sumney

Moses Sumney(以下、M):ねえ、コロナは東京ではどうなの?

――今日ようやく外出制限の初日なんです。今までも不要不急な外出は控えた方がいい、ぐらいの説明はあったけど。

M:ワオ! そうなんだ。

――世界中が同じ状況下にあるって、あんまりないことですよね。

M:そう、確かにレアなんだよな。ってことは、もしかしたらこれで世界がひとつになったり? どうかな…(笑)。

――実は私、あなたが初来日した際に東京で取材をしているんです。あなたがパフォーマンスした東京の教会で。

M:覚えてる覚えてる! あれはいいインタビューだった。

――あれからあなたの環境は変わりましたよね。その頃はLAにいて、今はアシュヴィルに住んでいるそうですが。

M:そう、ノース・キャロライナのアシュヴィル。最初に東京に行った頃は確かにLAに住んでた。こっちに引っ越したのは、えぇと…2018年の夏…ん?…うん、そう、2018年。2017年はパフォーマンスで旅先にいることが多くて、2018年になってこっちに落ち着いた。なんだかんだ、もう3年近くになるんだな。すごくラクになったよ。経済的にも、環境的にも、ストレスが激減した。楽しく暮らしてる。

――その新しい環境が奏功しているからか、ダブル・アルバムとなる新作は、とにかく美しい作品で圧倒されました。しかも1曲目「insula」の冒頭は“Isolation comes from “insula” which means island”という歌詞で始まります。いきなり「Isolation(孤立、隔離)」って……。

M:だよね、世界中がそうなった。

――なんとも預言的な。

M:ふふふ、それ以上はノーコメント…(笑)。ははは、いや、もちろんまさかこんなことになるとは思いもよらなかったけど、我ながらクレイジーな展開だと思ってる。隔離(疎外)で幕を開けるアルバムを作ったら世界がその通りになってしまった。世界がって、もちろん僕が体験しているのはアメリカの現実でしかないけど…うん、でも、疎外感は僕には馴染みのものだから今さら特に違和感はない。むしろ、皆さん僕の世界へようこそ、ってところかな(笑)。

――はははは! でも現状、世界のどこにいる人の様子もネットで知ることができてしまうから、孤独なのか何なのかを推し量るのは難しくなっていますよね。あなたもよくインスタグラムでライヴ配信してますし。この前、見ましたよ。誰かとチャットしながら鶏肉叩いて柔らかくしてたでしょ。

M:オーマイガー。よりによって、それ観たの!(笑) あー、でも、もうやめようっと。

――楽しいからやめないでくださいよ。

M:いや、やめる! 自分でもちょっとやり過ぎかなって思ってたところだから。やめないまでも、ちょっと控え目にしようっと。まあ、確かに、こういう状況だからね、実際、僕のこの新作もリリースをずらそうかって話は出たんだ。ただ、僕としては当初の予定通り世に送り出すべきだと言って。あとはなるようになるだろう。そもそも、最初の半分をじっくり聴いてもらったタイミングで残りを出そうと考えていたのが、変な話、僕が願っていた以上に家でゆっくり聞く時間がみんなにできてしまった感じだからさ(苦笑)。まあ、でもね、大丈夫だよ、僕は予定通りに動き続けるべきだと思う。

――この状況下だから伝わることって、あると思いますか?

M:まあ…音楽は安らぎを届けることはできると思う。あとは…娯楽を届け、逃避を届け、考えたくないことを考えずにいられる時間を届ける。僕の音楽はなんといっても、さっきも言ったようにアイソレーション・ミュージックだからね。アイソレーション下にもってこいのプレイリストとしてお役に立てるかもしれない(笑)。普段は僕のような音楽に出会わないかもしれない人でも、家に閉じ込められている今だからこそ聴いたら何か感じてもらえるかもしれないしさ。とにかく、こういう特殊な状況だから何かを求めている人がいたら、僕のに限らず音楽は絶対、役に立てると思うんだ。

――ええ、実際にこのアルバムを聴いて心が浄化されるような、重たい暗雲が晴れるような気持ちになって、強くなれる気もしましたよ。

M:おぉ…。

――全体のとしてイメージとかムードは当初どのように設定していたのですか?

M:シネマティックなアルバムにしたい、というのはあった。映画を観ているような感覚になれるアルバム。それは意識していたんだ。あと、遠慮は一切せずにやりたいことを全部やる。音楽的に自分の興味が向く先は全て探訪する、と。だから音的にも思い切り広がりがあったりこじんまりとしていたり、ラウドで不快だったり、でも一方では美しくて叙情的でもあったり、自分で聴きたいと思う音楽で可能な限り大きな弧を描いた感じ。いつもそうしているわけじゃないから…うん、それが今回の、何となく目指していたところかな。

――では、それを2枚に分けるという意図は?

M:いや、ダブル・アルバムという構想は最初はなかった。というか実は、僕は本当はそうしたくなかった。ふふっ、ダブル・アルバム案には僕は反対だったんだ。でも、音楽に差し障ることがわかって、それはしたくなかったから…つまり、ちょっと長かったんだよね。自分ではもっと短く、12曲ぐらいに絞って1枚にまとめたかったんだけど、聴けば聴くほどもう曲を外すのは無理だと思えるようになって、30曲ぐらいあったのを20まで減らしたものの、これじゃ1枚には収まらない、でも2枚組にすればひとつの作品として発表できる、と、それでダブル・アルバム案に落ち着いたってわけ。だから、全曲仕上げて、全部並べて曲順を決めて、納得がいく並びになったところで半分に切っただけ(笑)。厳密に半分じゃないけどね。前半の方が長い。でも感情的には後半でさらに深まる。要は、自分では1枚のアルバムの感覚なんだよ。でも長すぎたから半分にしたっていう、それだけのことで…。

――ただ、制作には前作に続いてマット・オットー、それからOPNのダニエルらも関わっていて、それぞれとのセッション(?)が、方向性の分け目となったのでは? とも感じました。

M:もちろん。特にダニエルは大きかった。マットは2曲か3曲しか関わってないんだけど、ダニエルに関しては今回、僕が思い切って境界線を越えるための後押しを求めたんだ。音作りをこう、なんて言うんだろう、もっと果敢にというか、大胆にというか、所によってはもっとアグレッシヴにもっていくことができれば、と考えていて、となると彼はとにかく恐れを知らないから適任なんだよ。今回のレコードでは、僕以外に存在感を放っているのは彼ぐらいだ。ありがたいことに、存在感があるといっても押し付けがましいところは無く、たいてい最後まで口を出してこなかった。曲作りの最後の方…場合によっては曲が完成するまで待って、「さてと、じゃあ、これをどうしようか」って感じで最後の何歩かの背中を押してくれるんだ。ただ、その数歩は一歩の幅がものすごく大きかった。それが彼の役割だ。

――そもそも、ダニエルとはどうやって知り合ったんですか。

M:僕が彼のライヴを観に行ったんだ。ロサンゼルス時代に、ね。僕は実は彼の音楽のことはよく知らなくて。でも彼がスコアを書いた映画『Good Time』(2017年)は観てすごく好きだったから、友達に誘われてライヴに行ってみたんだ。でも、曲は知らないし、彼がどんな顔をしているのかもわからないし。そしたら、会場に向かうエレベーターで彼と乗り合わせて「あ、もしかして」って向こうから。だから僕も「やあ、きみはもしかして」って(笑)。それで話をして、「いつか何か一緒にやろうよ」って言って別れたんだけど、そんなの、決まり文句でおおよそ実現しないんだよね。「また会おうよ」「そうだね、コーヒーでも」なんて言うだけ言って連絡なんかしやしないってさ。ところが彼は連絡をくれたんだ。その1ヶ月後ぐらいだったかな。それでスタジオで落ち合って、お互い大好きになって…というか僕は彼を大好きになって…って、音楽的にってことだよ…。で、直感で決めたんだ、今度のアルバムに足りないのは彼の存在だって。そして結局、アルバムの完成まで付き合ってもらってしまったというわけ。まあ、彼はたぶん僕の音楽は知らなかったんじゃないかな。でも、見た目で気づいてくれたみたいだよ。

――二人で最初にスタジオでやってみた作品はアルバムに入っているのですか?

M:ああ、最初に一緒にやったのは…「Cut Me」だったかな。他に曲作りから一緒にやってみた素材もいくつかあるけど、今回のアルバムには入ってない。いつか発表できるといいけどね。アルバムの中で特に彼の力が発揮されているのが「Two Dogs」で、あれは彼が僕と知り合う前に書いていたインスト曲なんだ……そうだ、だから最初に2人で取り組んだ曲はこっちかもしれない。彼が持っていたインストのヴァージョンを聴かせてもらって、僕が彼のために共作する形で始まったんだよ。僕のアルバムに使っちゃったけど。そういう意味でも「Two Dogs」彼の貢献が最大な曲。でも、「Cut Me」も「Virlile」も「Me In 20 Years」も、確か一緒にやって2日目には作業にかかっていたと思う。かなりの量だよ。

――「Cut Me」は痛々しい歌詞ですね。だけど不思議に美しくて、解釈が多層的な曲です。

M:そうだね。正直な歌詞だ。正直で個人的。音楽は僕にとって個人的なものだ。歌詞も、音も。歌詞は全部僕が書いた。僕が書いて、僕が全部歌った。ただ、歌詞の内容については……必ずしも自分のことを書いているとは限らないかな。その辺りは僕は、ちょっとボカしておきたいんだ。

――まさに、アルバムのタイトル通りですね。黒でも白でもなくグレー。

M:まさに! わかってるねえ。

――日本人の感覚だとグレーってわかりやすいんですよ。白黒はっきりしない灰色の色んな濃淡が間にあって、善悪にも色々あって、というような解釈ができるから。

M:うん、うん。このタイトルに、その考え方は間違いなく当てはまる。実は、このアルバムの制作と並行して僕は東洋哲学に興味を持って本を読んだりするようになってね。まだかじった程度で、これからもっと勉強したいと思っているんだ。要は陰陽という考え方なんだけど、それが僕にはしっくりくるし、宇宙の摂理に最も合致する発想なんじゃないか、と。陰陽という概念は正に真理だと感じる。そのことをカプセルに詰め込んだようなアルバムだ。




――そもそも読み方はグレーでいいのですか? スペリングが思わせぶりですよね。前のアルバムもタイトルが2つの言葉を組み合わせた造語でした。

M:そうだね。いや、実はけっこうシンプルで、言いたかったことはグレーって言葉でじゅうぶん伝わるんだけど、スペリングはひと工夫しようかな、と(笑)。シンボルっぽくて気に入ってるんだ。a と e が繋がって、無限を意味するシンボルにも見えるし。グレーというタイトルで表したかったことは今も話した通り、物事は一次元的ではなく幾つものレイヤーから成り立っていて、その可能性は果てしない、ということだから、タイトルのグレーがちょっと無限を表すシンボルにも見えるという事実は僕もとても気に入っている。果てしないというか、終わりがない…完結しない、とか。

――私には、過去があって未来があるだけではなく未来が過去に影響を及ぼすこともある、というようなことの巡りもこの作品から感じました。

M:面白いね。つまりはそれも同じ考え方かな。過ぎ去ったものがまた戻ってくるというより、実は過ぎ去って行かずにずっとそこにあるというのか…残されたエネルギーは破壊されることなく生き続けているというか…うん。僕自身もその流れの中で何かしらの影響を与えている……のか、むしろ俯瞰しているか。

――そうですか? でも、歌詞ではけっこう問いかけていますよね。問いかけというか、問い直し? 例えば男性性とか。「Virile」や「Jill/jack」はそういう歌詞だと思いましたし、それこそ「Cut Me」は移民の子供である自分のあり方を問い直しているような感じもしました。

M:うん…うん、そうだね、固定概念や価値観に疑問を投げかけているところは確かにある。男性らしさ、男性とはどうあるべきで、どう振る舞うべきで、といった既成概念が果たして本当にそうなのか、正しいのか…、これはたぶん、MVを観るとさらに浮き彫りになるところだと思う(笑) より意味を抽出できる、というか。

――確かに印象的なMVです。シンプルと言えばシンプルだけど、あなたの踊りも強力で。めちゃめちゃ走ってるし(笑)。

M:そうだよね(笑)。いつも走ってる…どこを目指しているのか自分でもわからない(笑)。

――「Me In 20 Years」でもすごく走っていました。「走る」ことには何か意味があるのですか?

M:はははは。まったくだ。終わりがない。まあ、そういうこと、それこそ無限ってことかな。だいたい、僕にとってMVはアルバム作品と同時なんだ。「Virile」は自分で監督して台本も書いた。「Me In 20 Years」も自分で考えた。「Cut Me」は全部自分で監督した。でもコラボレーションの時もあって、監督だけ別の人に…例えば「Me In 20 Years」は自分で監督はせずに人に頼んだんで、そういう時は共作相手の考えも取り入れる。でも、多くの場合は自分で全て手掛けるよ。映像的なイメージは音楽と一緒に頭の中にかなり入っているから、それを形にする作業は楽しい。

――そういう作業は今回アシュヴィルで行ったのですか?

M:曲作りは全部、歌詞も含めてノース・キャロライナのアシュヴィルでやった。自宅と、あと、山小屋を借りてそこで作業したこともある。でもコラボレーションの部分はアシュヴィルではなく、ロサンゼルスだったりニューヨークだったり、あとロンドンや、ダニエルが住んでるカナダのモントリオールでも少しやった。プロデュサーと組む時は通常、僕の方から出向くことにしているんだ。向こうの環境でやる、というか。そしてメロディでもビートでも、何かアイデアをもらったら持ち帰って自分の環境で仕上げていく。歌詞なんかは特に、ひとりでじっくり考えたいから。結局、今回も歌メロを作ってヴォーカルを録るのは自分でこっちでやったんだ。曲作りはギターで始めて、その都度録音しておいて、それを持ってプロデューサーなり他のミュージシャンなりに手伝ってもらいに行く。音楽を磨き上げてもらう、というかね。

――例えば、具体的にどういう感じでそれぞれの場所でセッションをしたのですか? 例えばブランドン・コールマンはLA在住ですよね。

M:うん、だからブランドンとやった時は僕はもうLAにいなかったから改めてLAへ行って、向こうで3日間…だったかな、スタジオでやったんだけど、バンドのレコーディングでプロデューサーをやるのは僕はあれが初めてでね。言うまでもなく素晴らしい鍵盤奏者のブランドン・コールマンが「Cut Me」「Gagarin」「Bless Me」で弾いてくれたのと、ジャマイア・ウィリアムスっていうすごいドラマーが「Bless Me」、「Gagarin」「In Bloom」…あと幾つかお蔵入りになった曲で叩いてくれてたりしたんだ。とにかく凄腕揃いで、しかも一堂に介して一緒にプレイするのを録るっていうのは、しかもそれを自分でプロデュースするなんて初めてだったからすごく楽しかった。全部じゃないけどね。でも、そうやって録ったところが大部分で、僕はマイクを握って「もっと思い切りやっちゃって!サビはもっと音量上げて!」とか叫びまくりでさ。うん、LAでのセッションはそんな感じ。

――FKJことヴィンセント・フェントンはフランス在住ですよね。

M:そう。FKJも素晴らしいミュージシャンだよ。ニューヨークであるノイズ・ロック・バンドと仕事をした時にFKJのマネージャーから連絡があったんだ。「FKJが今ニューヨークにいるんだが会えないか」って。その時、僕らはたまたまブルックリンのスタジオにいて、あっちはマンハッタンだって言うし、しかもその当日しか時間がないとかいうからね。でも、実は僕、彼のこと知らなかったんだよね(苦笑)。だから調べてみたら、これがなかなか面白そうだとわかって。奇妙なサウンドで、得体が知れなくて、もしかしたら僕が求めているものかも知れない、と。それで、ブルックリンでの仕事を抜け出して彼がいたマンハッタンのスタジオを訪ねて行ってみたんだけど、確か一緒にいられるのが1時間だったかな。それしか時間がなかったんだ。でも、どんどん即興で曲を描いていったら1時間で4曲できちゃった。「Colouour」はそのひとつで、あれはその1時間内でほぼ完成していたんだ。彼がサックスを吹いて、コード進行を考えて、歌メロは僕が考えて、歌詞もほぼ書けて、それを彼に預けておいたら帰り道にもう、ある程度まとまったファイルが送られてきてさ。これは絶対アルバムに入れたい!と思った。そして実際、入ったわけ。まあ、そんなわけで、確かに今回は西に東に…と大変だったよ。ただ、最終的には自宅に持ち帰って、じっくり向き合って、そして…静かな愛を注いでやるんだ、仕上げには(笑)。そこはひとりでやりたい。

――つまり、LAを離れてアシュヴィルに住むことにしたのはそのためだったのですか。

M:100%イエス。今住んでいるところは本当に静かで、鳥のさえずりしか聞こえないところなんだ。「Me In 20 years」のMVはまさにアシュヴィルの自宅から20分ぐらいかな。山の方へ行ったところ。農園…牛を飼ってる農園があって、牛が道路を歩いてたりするようなところなんだ。そういう環境でヴォーカルも録音したんだよ。もちろん一人で。極めてシンプルで、卓がひとつあるだけの自宅スタジオ。あとはピアノとマイクとギター…という、実に素っ気ないところなんだけどね。たまに時間がないとエンジニアを使うこともあるけど、このアルバムの歌は基本、ここで一人でやった。普段からここで一人暮らしだからね。一人でやることは可能だし、できれば一人でやりたいんだ。特に実験的なヴォーカルは自分で自由にやった方がやりやすい。

――ええ、実験的でもありますが、ゴスペルのようだったりチャントのようだったりフリーキーだったり、自由自在ですよね。枠組みがない。どこまで自由になれるかのチャレンジのようにも感じました。歌だけではなく、人間としての解放をそこに求めているようにも。

M:ああ、それも今の環境のおかげなのかな。でも、特に頑張ってそう歌ったという感じはなくて、ただ好きなようにやっただけ(笑)。このアルバムで僕にとって何より重要だったのは、好きなことを好きなようにやる、ということだったから。その一環として、新しいことを試してみる、実験してみる、というのも重要だったから、ヴォーカルにおいてもそれを実践したんだろうな…その結果だと思う。ただ男性シンガーが歌っています、で終わるのではなく、ヴォーカルも楽器とみなして色んな風に鳴らしてみる。どうすれば全てを活かせるのか、と。…あ、あとね、この声がいつまでも出るとは限らないということを最近、意識するようになったのもある。歳を重ねるうちにもしかしたら今できることができなくなるかも知れない。だったら今できることの、まさに記録としてレコードに残しておきたい、と。昔々の僕にできたこと、みたいなね。

――結果として、ファースト以上にシームレスな作品になっています。ゴスペルやソウルのフィーリングにジャズ……バップも鮮やかに溶け込んでいて。

M:ありがとう! でも、特に何かを聴いてこうなったってわけじゃないんだ(笑)。というより、今まで聴いてきたもの、触発されたもの全てがここにあるってことだと思う…と話しながら今、思い出したんだけど、東京であるジャズ・クラブに行ったんだ。その店にいたらラジオから流れてきた曲が…いや、ラジオじゃないか、サウンドシステムがあってCDをかけてたんだ。それがインストの曲で、なんかすごくピンとくるものがあったから合わせて歌って録音しておいたんだけど、後で曲名を調べようとしたら全然分からなくて、すっごく時間がかかってしまった。それがノルウェーのe.s.t.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)というグループの「From Gagarin’s Point of View」って曲だとわかって、改めてその曲を下地にして自分で曲を書き、ライヴ・バンドでの録音の時にインスト部分を録ってきたんだ。それが「Gagarin」でね。まあ、ジャズが発端ではある曲で、しかも東京が始まりだった。歌い出しのところ、バーで歌っているように聞こえると思うんだけど、それは本当にバーで歌っているからで、その時の録音を使ってるんだ。

――早くまた東京で会えるといいんですけど。

M:まったくだね。そうなったときには、きっとまたショウを観にきてくれよ。まずは、みんなで生き残ろうぜ。トンネルを抜けた向こう側で、また会おうな(笑)。

<了>


Text By Shino Okamura

Interpretation By Kazumi Someya


Moses Sumney

græ

Release Date: 2020.05.15
Label: Jagjaguwar / Big Nothing

CD購入はこちらから


関連記事

【INTERVIEW】
Moses Sumney〜清くダークな歌世界、それは誰の胸にも宿る天国と地獄~
サンダーキャット、ジェイムス・ブレイク、スフィアン・スティーヴンスまでもを魅了したシンガー・ソングライター、ついにファースト・アルバムをドロップ!
http://turntokyo.com/features/interviews-moses-sumney/

1 2 3 71