映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
ビートルズに恋した男の光と陰
ビートルズを見出し、彼らを成功に導いたマネージャー、ブライアン・エプスタイン。ポール・マッカートニーから「5人目のビートルズ」と呼ばれるほど信頼されながら、32歳という若さでオーヴァードーズでこの世を去った男とは一体どんな人物だったのか。映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』は、ビートルズとの関係を軸にしてエプスタインの人生の光と陰を描き出していく。
1961年、ブライアン・エプスタイン(ジェイコブ・フォーチュン=ロイド)は、リヴァプールにある家具店、『NEMS』で働いていた。楽器やレコードも売っていて、ポール・マッカートニーの家族がピアノを買ったこともある『NEMS』は家族経営の店で、社長はエプスタインの父親。根っからの商売人の父親とは対照的に、芸術家肌のエプスタインは店内のレイアウトに気を配り、ただモノを売るのではなく、「夢を売る」ことが大切だと思っていた。エプスタインはレコード売り場を担当するようになり、地元で人気が出始めていたビートルズのことを知る。そして、店の近所にある《キャヴァーン・クラブ》で初めてビートルズを観た。当時のビートルズは、ポール・マッカートニー(ブレイク・リチャードソン)、ジョン・レノン(ジョナ・ナース)、ジョージ・ハリソン(レオ・ハーヴィー=エスレッジ)、ピート・ベスト(アダム・ローレンス)という面々で、映画では煉瓦造りの《キャヴァーン・クラブ》を再現。エプスタインが4人の若者に心奪われる瞬間をロマンティックに描いている。
ビートルズに夢中になって、やったことがないマネージャーをかって出たエプスタイン。革ジャンを着ていたビートルズにスーツを着せ、マッシュルーム・カットにしてイメージ・チェンジ。ビートルズを世に出そうとレコード会社を駆け回るが、どこへ行っても門前払いされてしまう。そんななか、ビートルズが初めて《アビーロード・スタジオ》で演奏して《パーロフォン》からデビューが決まるシーンは、その後、ビートルズのアルバムでプロデュースを手掛けることになるジョージ・マーティンとバンドの出会いにワクワクさせられるし、マーティンの指示を受けてエプスタインがピート・ベストに解雇を告げるシーンの痛々しさに胸を突かれたりもする。そんなふうに、観客はエプスタインを通じて至近距離でビートルズが世界的なバンドに成長していく姿を目にすることができる。
残念ながら本作ではビートルズのオリジナル曲は使用されないが、カヴァー曲を独自のアレンジとハーモニーで歌うビートルズの姿は生き生きと描かれている。面白いのはキャスティングで、ブレイク・リチャードソンは日本盤も出ているロック・バンド、ニュー・ホープ・クラブのヴォーカル/ギター。レオ・ハーヴィー=エスレッジは『クリエイション・ストーリーズ 世界の音楽シーンを塗り替えた男』(2021年)と『BETTER MAN/ベター・マン』(2024年)で、なんと2度もリアム・ギャラガーを演じている。そして、アダム・ローレンスはモリッシーの青春を描いた『イングランド・イズ・マイン/モリッシー、はじまりの物語』(2017年)でビリー・ダフィー(シアター・オブ・ヘイト、カルト)を演じていたりと、音楽や音楽映画に縁がある面々が集まっているだけに演奏シーンもさまになっている。
ビートルズを当てた後、エプスタインは、ジェリー&ザ・ペースメイカーズ、ビリー・J・クレイマー、シラ・ブラックなど様々なアーティストを世に送り出して、リヴァプール・サウンドを牽引した。マネージャー業の成功がエプスタインの人生の光の部分だとすると、映画の後半は影の部分が描かれていく。それは同性愛者であることの苦悩や自分を認めてくれない父親との確執だ。当時のイギリス社会において同性愛は犯罪行為に等しかった。エプスタインはアメリカで知り合った俳優と密かに交際し始めるが、それが彼をさらに苦しめることになり、エプスタインはドラッグにはまっていく。本作はエプスタインが観客に向けて語りかける手法をとっているが、その様子を見て連想するのがマイケル・ケインがプレイボーイを演じた『アルフィー』(1966年)だ。アルフィー同様エプスタインも、喜びや悩みを分かち合う親友や恋人はいない。その饒舌な語り口の背後には孤独が横たわっていて、彼らが語りかけているのは鏡に映った自分なのかもしれない。
ビートルズは成功すればするほど、エプスタインから遠い存在になっていき、エプスタインに優しく話しかけてくれるのは、《キャヴァーン・クラブ》のクローク係をしていた頃から知り合いだったシラ・ブラックだけだ。映画ではシラとエプスタインのほのかな友情が描かれていて、そこに作り手のエプスタインに対する暖かな眼差しを感じさせる。「孤独な同性愛者」というのはこれまで何度も映画で描かれてきたステロタイプだが、本作ではエプスタインを孤独なままで終わらせない。エプスタインはパートナーや子供も持つことができなかったが、ビートルズをはじめ彼が面倒をみたミュージシャンたちが彼の家族だったのかもしれない、という風に映画は描いている。映画の終盤、エプスタインが見守るなかでビートルズが演奏を始めるのが「All You Need Is Love」。それは愛を求め続けたエプスタインに対するビートルズからの贈り物のようでもあり、本作はビートルズとエプスタインのラヴストーリーでもあるのだ。(村尾泰郎)
Text By Yasuo Murao
『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
9月26日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督 : ジョー・スティーヴンソン
出演 : ジェイコブ・フォーチュン=ロイド、エミリー・ワトソン、エディ・マーサン
2024年/イギリス/英語/112分/スコープ/カラー/5.1ch/原題 : MIDAS MAN/
日本語字幕 : 斉藤敦子 字幕監修 : 藤本国彦 配給 : ロングライド
©︎STUDIO POW(EPSTEIN).LTD
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