トム・ヨークとの共作について、饒舌な音楽家=マーク・プリチャードが語る
パソコン音楽クラブの『Love Flutter』を聴いたとき、歌モノの曲の合間に差し込まれる「Fabric」や「Observe」といったインスト曲に、90年代のエレクトロニカを幻視していた。それも、グローバル・コミュニケーションやThe KLF『Chill Out』、Boards of Canadaといった、ダウンテンポ〜チルアウトとされる一派の質感である。パソコン音楽クラブ『Love Flutter』は、ハイパーな前作『FINE LINE』からの反動か、ボーカル・プロダクションやメロディーに若干の弱さが否めなかったが、それを補って余りあるインストゥルメンタルの強度により紛れもないエレクトロニカ・アルバムとして記憶されている。そして、エリカ・ド・カシエールやVoice Actor × Squuによる90年代的なサウンドフォルム(一部にはアンビエント・ダブの要素も顕著)の現出を待たずとも……、私はグローバル・コミュニケーション的なる音の再来を予感していた。
さて、そのグローバル・コミュニケーション(GC)以外にもThe ChameleonやAfrica HiTech、Harmonic 313など、さまざまな名義やユニットを通じて、アンビエント・テクノ、ドラムンベース、UKベース、エレクトロなど多くのジャンルを使い分けてきたのが、マーク・プリチャードその人である。そんなわけで正直いうと彼のキャリアの全容をつかむことは難しいし、かつての私のようにレディオヘッドのリミックス盤『TKOL RMX 1234567』を介してでしか、彼の「GC外」の仕事に触れる回路を持たなかったリスナーも少なくないだろう。
トム・ヨークはといえば、ザ・スマイルによる、5の倍数によるリズムに取り憑かれた『Wall Of Eyes』や、『Kid A』や『In Rainbows』を正当にやり直した『Cutouts』、あるいはソロ名義による劇伴仕事の決定盤といえる『Confidenza』などを聴けば、現在の姿が捉えられよう。しかし彼のファーストアルバム『The Eraser』を、たとえば近年のyeule、Yaeji、長谷川白紙あたりをはじめDTM以降の世代によって受け継がれ流通しているglitch popスタイルの最初期の担い手として聴きなおすことができるはずだ。
本題に入ろう。このふたりによるコラボレーション『Tall Tales』は、下のインタビューを読むと、マークが制作のイニシアチブを握っていたように見える。そんな今作は、どちらのキャリアの上に位置づけてもやや浮いている印象を受けることを先に述べておく。それは、マークがここ10年にわたって散発的に記録してきたデモを基盤に本作が構成されていること、当初はボーカリストとしてのみ参加する予定だったトムが途中から作曲のプロセスにも入ることになったこと、マークが音楽のみならずペストマスクやオーギュスト・ロダン「考える人(The Thinker)」などをモティフとしたビジュアルイメージを担っていることなどとは無関係ではあるまい。つまり本作は、マークとトムそれぞれの主だった活動形態から外れたプロジェクトであり、あるいは肩の力が抜けた作品だと捉えていいかもしれない。
今回、マーク・プリチャードへのインタビューが叶った。過去の記事からもわかるように、彼は作風から予測できず非常に饒舌である。だがしかし、彼の語り口の節々には、音楽作りに対する生粋のエンジニア気質であったり、トム・ヨークやビジュアル面を手がけたジョナサン・ザワダへの深い信頼であったり、常にどこか自信のないさまだったりがにじんでいた。とにかくディープなインタビューになっている。ぜひ読んでみてください。
(質問作成・文/髙橋翔哉 通訳/近藤麻美 写真/PIERRE TOUSSAINT デザイン/Jonathan Zawada)

Interview with Mark Pritchard
──私はチャプターハウスのリミックス・アルバムやグローバル・コミュニケーションの作品の時点では、まだ生まれてもいませんでした。『Tall Tales』はあなたにとって久しぶりのアルバムですが、とてもバラエティ豊かでクオリティが高い作品なので、これからマーク・プリチャードの音楽に出会う若いリスナーにも、このアルバムから聴き始めることを強く勧めたいです。こういうところを意識して制作したことはありますか?
Mark Pritchard(以下、M):僕が作る音楽には、年齢や世代の壁がないことを常に願っているんです。みんなに楽しんでもらいたいから。僕自身も若いころは、年上の人の音楽も若者の音楽も好きでした。だからこのプロジェクトでも特定のリスナーを意識して作ったわけではないです。事前に計画を立てるよりも、ただ作りはじめて、流れに任せるだけですね。
このプロジェクトについては、ここ10年何度も考えてきました。長年音楽を作ってきてるから、レトロなだけのものは作りたくないんです。でも古い音楽も新しい音楽も、40年代とか50年代とか60年代のレコードの音も大好きで。だからこのアルバムでは、古いシンセサイザーを中心に使いながら、コンピューターも使うことをしました。古いレコードのような音にはしたくなかったけど、ある時代の好きなアルバムのような音にはしたい。若い人たちが古い音楽に惹かれる理由は、そこに本物の良さがあるからであって、例えば最高の機材で録音された音楽はいま聴いても色褪せないんですからね。一方でテクノロジーも驚くほど進化していて、かつては難しかったことや不可能だったことが実現できるようになりました。そういうことで、僕の音楽が若い人たちに届いていると知ると本当に嬉しいですよ。友達が、自分の子供が僕のトラックで踊っている動画を送ってくれたことがあって。誰かの子供たちが僕の音楽を気に入ってくれているんです。
──私があなたの音楽に初めて触れたのは、レディオヘッド「Bloom」のリミックス(2011年)でした。“ハーモニック313”名義のものと、“マーク・プリチャード”名義のものがありますが、当時はこのふたつが同一人物とは知らずに、マーク・プリチャード名義の方をよく聴いていた(笑)。このリミックスの依頼はレーベル経由できて、トム・ヨークと直接のやりとりはなかったそうですが、当時(『The King of Limbs』期)のレディオヘッドに対するあなたのイメージはどのようなものだったのでしょう?
M:そうです、たしか彼らのマネジメントチームから連絡があって。レディオヘッドは知っていて、90年代に何曲か聴いたことがありました。『OK Computer』が好きで、CDをよくクルマで聴いていました。サマセットからコーンウォールまで2時間半ドライブしていたころ、当時はクラブミュージックをたくさん作っていましたが、運転中はほかのジャンルを聴きたくなるもので。『OK Computer』はレディオヘッドにとって転換点だったと思いますが、そのあとの『Kid A』や『Amnesiac』ではさらに違う方向に進みましたよね。彼らの挑戦を続けながら音を進化させていく姿勢に、いつも感銘を受けていました。
──最初、レディオヘッドからオファーがきたときはどのように感じましたか?
M:彼らはウェブでオフィス・チャートみたいなものをやっていて、バンドメンバーが曲を選んだりしていたんです。そこで僕の曲がチャートに入ったことがあって、彼らの目に僕の音楽が留まっていることは知っていました。だからオファーがきたときは嬉しかったですね。リミックスって、90年代のころはたくさんやっていましたが、そのころになるとやっていなかったこともあり、タイミングもバッチリでした。たしかアルバムから好きな曲を選んでいいと言われて、「Bloom」を選んでリミックスしました。ひとつ作ってなかなかいい出来だったので、別のアプローチでもうひとつ作って、結局2バージョンを提出したら両方リリースしてくれたんです。
──これまでの活動を見ていても、あなたは「2人組」として作品を出すことが多かったように感じます。私は、個人よりも2人の方が、対話や掛け合いそのものがダイナミズムや新鮮な体験を生みやすいと思うのですが、あなたは「2人組である」ことの良さはどんなところだと考えますか?
M:これまでたくさんのデュオで活動してきましたが、一人で作業するのもコラボレーションするのも、どちらも好きです。でも特にコラボレーションは、自分一人じゃたどり着けない場所に連れて行ってくれますし、コンフォートゾーンから引きずり出される感じがすごくよくて。一人で作業するにしても、友達に「これどう思う?」「もう少し詰めたほうがいいかも」とかってフィードバックをもらうことはあるから、完全に孤立してるわけじゃないです。
でも今回のプロジェクトは大きな挑戦でした。ボーカリストと曲を作ったことはこれまでもありましたが、アルバム一つ作るとなるとまったく別次元です。いろいろなサウンドの曲を一つのアルバムにまとめるのは大変ですし、トムにとっても、自分の声をメロディーやサウンドにどう変化させて、いろいろな領域で機能させるか考えるのは大変だったと思います。でもそうやって互いに押し引きしながら進むのが健全なプロセスですし、意見がぶつかっても目指すゴールは同じですからね。さいわい、これまで一緒に仕事してきた人たちはみんな率直で正直だったので、無駄なエゴの衝突はなくて、ほんとうに関わった人たちに恵まれてきたと思います。自分が間違ったり、逆もあるけど、それは争いじゃない。ちょっとしたやりとりや押し引きは、いい作品を作るためには必要なんです。とはいえ、一人でやるのも大好きです。誰にも邪魔されず自分の世界に没頭できるのは特別な感覚で、そこから生まれる作品はすごく強いものになることが多い。うまくいけば、コラボ以上に強力にもなります。
今回のコラボはできるだけシンプルに、僕とトムだけで作りました。フィードバックは信頼できる友達に求める程度で、ほかの人は関わらせませんでした。ビジュアル面は僕とジョナサンが担当して、トムには進捗を見せて意見をもらうくらい。彼は僕たちを信頼して任せてくれたから、余計な人を巻き込むことはしませんでした。一度、撮影で他の人を入れようとしたら、物事がズレて意図しない方向に進みそうになりました。良かれと思ってやったことがズレていくことがありますから。だから今回はできるだけ自分たちだけで完結させましたね。
──個人的には、普段はビートのある音楽が好みですが、このアルバム『Tall Tales』にはビートレスな場面もあり、それがビートのある曲と魅力を高め合っているように感じました。例えるなら、写真やポスターが、額装されることで一層魅力的に見えるような感覚でしょうか。ダンスミュージックとアンビエント両方を手がけるあなたにとって、「ビート」の有無やそれによる表現について、なにか考えがあればお聞かせください。
M:たぶん自分はちょっと違う視点で見ているかもしれないです。僕にとってクラブミュージックの核はドラムとベースの関係性にあって、特に好きなダンスミュージックの領域だと、グルーヴやフィーリングがすべて。僕は音楽を作るときには「クラブミュージック」と「それ以外の音楽」って分け方しかできなくて、違いを表す適切な言葉が見つけられないな。クラブをテーマにしない音楽でもドラムを使う余地はありますが、ドラムが主役である必要はない。前作『Under the Sun』ではドラムの使用は今回より少なくて、アンビエント寄りの曲やビートのない曲が多かった。音楽はドラムがなくても成り立ちますし、リズムのないアンビエント・ミュージックも大好きです。
今回のプロジェクトでは、ここ10年ほど実験を重ねてきた古いドラムマシンを使いました。プログラムできないドラムマシンを使うと、特定の時代にタイムスリップできるんですよ。例えば、CR-78は部分的にプログラムできますが、僕はその制約を楽しみながら違う作曲方法を探っていました。プリセットのドラムパターンを使うとき、適切なテンポとエフェクトが組み合わされば、一見チープなパターンでもすごくいい感じになる。自分でプログラムしないようなパターンだからこそ、そこを中心にアレンジするとかなりうまくいくことがわかった。『Tall Tales』では、ドラムが入っている曲の多くはプリセット・ドラムを使っています。だいたい半分くらいじゃないかな。
──プリセットと生ドラムが半々とのことですが、そのあたりをもう少し聞かせてもらえますか?
M:あの時期は生ドラムを使う方向に傾倒していたけど、トムが選んだデモは過去10年くらいで作った曲だったから、たまたまプリセットのドラム・リズムを使っているものがいくつかありました。例えば「The Spirit」は、もともとドラムビートが入っていましたが、トムが曲のまとめ方を考えるためにビートを取り除いたんです。僕はそれを見て、「この曲はドラムなしの方が面白い」と思いました。それをどうやって実現するかが挑戦でした。
それで、コンスタントなビートではなく、一回きりの装飾的なパーカッション・ヒットを加えました。そこに生のベースを加えて、少しずつ他の要素を足していく。最初はうまくいくか不安でしたが、だんだん形になっていきました。ドラムを入れるのは大好きですけど、ドラムのないアンビエントも好きなんです。とてもミニマルであまり展開もしないけど、そこには特別な何かがある。結局は、その曲にとってなにが「正しい」のかを見つけるということで、特にボーカルが入る場合は「これが必要か」を慎重に考えます。で、いくつかの曲はドラムマシンを軸にしてスタートして、それはそれで自然だったので、結局は直感に従ったんだと思います。
──アルバムの楽曲の話題に移ります。先行リリースされた3曲(「Back in the Game」、「Gangsters」、「This Conversasion is Missing Your Voice」)をはじめ、1980年前後のミニマルシンセを彷彿とする曲が多いと感じました。スーサイドとか、ザ・レジデンツとかの感じ。70、80年代の音楽的意匠をイメージして作られた要素はあるのでしょうか? ないのであれば、あのプリミティブなシンセの音色には、どのような背景があるのでしょう?
M:僕は若いころニュー・ウェイブが好きだったから、その影響は今回も入っているかな。ニュー・ウェイブっぽい曲もあれば、Clusterやいわゆるクラウトロックに近いものもある。あのジャンルはサイケデリックで、ニュー・ウェイブの角ばった鋭さとは違う雰囲気がありますよね。シンセサイザーの選び方も大事で、50年代、70年代、80年代の古いシンセを使っていますが、特に今回はバルブ・シンセサイザーを多用しました。古い機材には独特の質感があって、いつも新しいサウンドやアプローチを探しています。
アルバム作りは本当に難しくて、今のところ3曲しか公開していませんが、12曲ともそれぞれ全然違う。理想は、事前告知や先行リリースなしでアルバムを一気に発表して、ひとつの作品として聴いてもらうこと。そこを意識して作ったので、シングルを選ぶのはとても悩みましたよ。最初の1曲だけで「これじゃない」と思われたら他の曲を聴いてもらえないかもしれないし、「全部こんな感じの曲」と誤解されるかもしれない。最近の2つのシングルはアップテンポで、雰囲気は少し違いますが大きくかけ離れているわけじゃない。でもアルバム全体はもっと多様で、アンビエントな曲、フォーク調の曲、ディストピア感の強い曲、ダークで重い長編曲まである。シングルはどちらかというと「明るめ」だけど、やっぱり全体像は掴みにくいかもしれませんね。
──もとはさまざまな時期に作られたデモからトムが14曲を選び、形にしていったとのことなので、収録曲の音楽性がすべて異なるのは納得です。あなたの言うようにシングルの3曲もまったく違いましたし、ジョナサン・ザワダが担当したビジュアルイメージもそれぞれ異なります。これらが同じアーティストによるものというのが驚きです。
M:はい、ビジュアルについてはジョナサンがじっくり考えてくれました。彼がデモを聴いたとき、サウンドの多様さに合わせてビジュアルもバラエティ豊かにするべきだと感じたんです。でも一人が手がけることで一貫性が生まれるから、それが結果的にうまくいったと思います。彼は全部をCGIみたいな一つのスタイルでやることもできましたが、それよりいろいろ試す方が断然面白くて、実際その選択が良かった。ほかにもこういうアプローチをした人はいたと思いますが、自分には、ひとの作品への期待みたいなものに対していつも少し不安があったんです。
つまり、僕が全体のプロデュースをして、トムはボーカルだけじゃなく音楽面でもコラボしてくれました。そしてジョナサンも、技術面で何人かに手伝ってもらったにしても、基本は全部自分でやってくれました。だからアルバム全体に独特な雰囲気が生まれたと思います。曲順やマスタリング、全体の調和を整えるのにものすごく時間をかけました。アルバムをそのまま映像作品として制作したときに全然うまくいかなかったから、映像作品用に曲順を変えたんです。ジョナサンが曲間にアニメーションを入れてくれて、緩やかな物語の流れはあったけど、特定のストーリーを押し付ける感じはしたくなくて。解釈の余地を広くしたかったし、音楽自体もそうあってほしかった。だから制作方法には細心の注意を払いました。今のところ、みんなこのバラエティに富んでいるという点を気に入ってくれているみたいです。僕自身、いろいろな音楽が好きだから、多様であることは自然なことなんです。
──「The Men Who Dance in Stag’s Heads」は、個人的にはザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやデヴィッド・ボウイのベルリン3部作を思い出す瞬間もありました。オルガンのような音色が印象的なあのトラックは、どのようなムードや情景を表現しようとしたものなのでしょう?
M:スコットランドの詩人で音楽家のアイヴァー・カトラーが大好きで、この曲は彼の影響を受けています。彼はハーモニウムという、足でペダルを踏んで空気を送ることで音を出す楽器をよく使っていて。仕組みはアコーディオンに似ていますが足で操作する。中には自転車みたいにペダルを漕ぐタイプもあって、リズミカルな音になるんですが、マイクで拾うとペダルの音も入っているのが大好きなんです。カトラーの作品はユーモラスで、時に政治的で心に響きます。だからずっとハーモニウムでなにかやりたいとは思っていました。このプロジェクトで一緒に仕事していた人にデモを送ったら、彼が古いシンセでパートを録り直してくれたんですよ。彼はピアノも弾けるし、スタジオにいたルイーザというクラリネット奏者の女性もバックボーカルで参加してくれています。彼はカトラーの大ファンで、なんとハーモニウムを2台も持っていたんです。
この曲は2019年に作ったもので、彼がハーモニウムのすべての音を録音してくれました。4本のマイクを使って、1音ずつキーを押さえて、全部の音を録って送ってくれたから、それを使ってメロディを書くことができたんです。最初は、僕が大まかに打ち込んだデモを送って彼がライブで弾き直す予定でしたが、送られてきた音が完璧だったのでライブ演奏じゃなくても全然問題ありませんでした。これがさっき話した、レトロとモダンのバランスですね。自分でサンプリングした音を楽器に置き換えると、音が良くなったり、微妙な不均一さがいい味を出したりします。今回はハーモニウムの音をギターペダルで少し歪ませて、サイケデリックな雰囲気にしています。中世のティンパニみたいなシンプルなローエンドのキックとタンバリン、ギターも加えて、アイヴァー・カトラーとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの中間みたいな曲になりました。でもそこにファゴットを入れたら「フォーキー」な雰囲気になって。
ああいう音楽は僕も大好きなので、トムがこの曲を選んでくれて嬉しかったです。最初の20曲のデモから14曲を選んだあと、追加で2曲送ったんだけど、これはその1曲です。比較的新しい曲で、本当に気に入っています。あと、スズキのオムニコードを使った「The White Cliffs」という曲が、追加で送ったもう1曲です。
──「Happy Days」の、アップリフティングでありながらも不穏なビートと、サンプリングのような声の絡みがとても好きです。この曲はこのプロジェクトの初期段階から共作が決まっていたそうですが、「Happy Days」において二人のあいだで共鳴できた部分はどのようなところだったと思いますか?
M:トムにトラックを送って、彼が最初に選んだのがこの曲でした。割と最近作った曲で、ビビオとスタジオで作業してたとき、彼のドラムマシンを使って始めました。そのドラムマシンはループ素材としては持っていたけど、実機を使うのは初めてで。いくつか曲を作っている中で、ビビオがマーチングのリズムにたどり着いて、それでなにかやりたいとずっと思っていました。最初は2小節のループしかありませんでしたが、ドラムマシンって、鳴らし続けるとリズムが微妙にずれるのが最高なんです。スピードを上げたり緩めたりできて、完璧ではないんです。そのパターンにハマって、これを録音してくれないかと頼みました。ビビオが何テイクか録ってくれて、そのあと僕がスタジオに戻るとあっという間に曲が自然にまとまりました。60年代風のシンセとクラリネットを使って、不気味なカーニバルみたいな雰囲気。すごく気に入っている曲です。ジョナサンもたしかアルバムで一番気に入っていて、「この曲がプロジェクトの真髄を表している」って言っていました。
トムは僕が送った14曲を全部聴いて、この曲をやっていいかと返してきた。明らかにこの曲に惹かれていたんだと思います。でも残りの曲を聴いたあと数日かけて、彼はザ・スマイルのアルバムも制作していたから、このプロジェクトに向き合うメンタル・スペースがあるか悩んでいたんでしょうね。数日後にメールがきて、この14曲をやらせてくれと言ってきた。最初に選んだ曲がこの曲だったけど、そのとき本気でやりたいって気持ちが伝わってきたし、僕ももちろん好きにやってくれと返した。トムにとっても、このプロジェクトは新鮮で魅力的な挑戦だったんだと思います。
──「A Fake in a Faker’s World」を聴いて、シンセの音色が終末的な未来感を漂わせ、SF映画のサウンドトラックのような雰囲気を感じました。作品を作るさいに、映像作品から影響を受けることはありますか?
M:60〜70年代のSF映画が好きで、それが僕の音楽のテーマになっている気がします。アバンギャルドなエレクトロニックや前衛的なクラシックも、そういう映画を通じて学びました。だからそういう要素が自然と音楽に滲み出ているのかもしれません。「A Fake in a Faker’s World」はディストピアな雰囲気で、メロディもそんな感じですよね。でも、音楽を作るときに明確なビジュアルを頭に描いているわけじゃないんです。ただ好きなものに無意識に惹かれている感じ。あと宇宙に興味があって、「スペーシー」な音楽は好きですね。
日本のシンセ作曲家、冨田勲も好きでした。クラシックの楽曲をシンセで再構築した作品で有名ですが、自分が音楽を始めたころに彼のアルバムに出会って夢中になりました。当時イギリスでも人気があって、中古レコード屋やチャリティショップでよく見つけました。スタンリー・キューブリックの映画も大好きで、『2001年宇宙の旅』、『シャイニング』、『アイズ ワイド シャット』を通じて、ペンデレツキやリゲティみたいなアバンギャルドな作曲家に興味を持ったり。あとヴァンゲリスがサントラの、『ブレードランナー』も僕にとって特別で。ジョン・ケージみたいな作曲家も好きですし、そういう影響が僕の中にはずっとある。ただのファンですが、60年代のスペーシーなムードやSFっぽいサウンド、テルミンみたいな楽器の音が好きで、自然と音楽にも表れるんです。
──それだけ映画と映画音楽が好きなのに、「音楽を作るときに明確なビジュアルを頭に描いているわけではない」というのは興味深いですね。
M:はい、ほとんどそういう感じにはなりませんね。たまに一瞬だけビジュアルが浮かぶことはありますが、長続きしない。なにかが完成するときにイメージが湧くことはあるけど、制作中は違う。どちらかというと、今まさに現れようとしている世界を視覚化しているだけ。音楽を作るときは、頭でこうあるべきとか考えすぎないで、流れに身を任せてリアルタイムに反応する。創作中は「思考していない」状態で、瞑想の無心に近い感覚かもしれないです。気が散るとダメで、ただ起こっていることに反応している感じです。
もし途中で考え始めると、そこで流れが止まってしまいますからね。「ニューエイジ」とは違うけど、瞑想に近い感覚はわかる。だから音楽を作るのが好きなんです。そこに浸ると雑念やストレスが消えて、ただ起こっていることに集中する。でも、音をどう整理するかとか、どう曲にまとめるかとか、「考える」のは次の段階。アイデアは一気に書き出しますが、それを整理するのはまったく別のプロセスですからね。
──映画音楽といえば、最近トム・ヨークが手がけた映画『Confidenza』の音楽も素晴らしかったですね。あなたは劇伴の制作に関わったことはあまりないと思いますが、今後携わろうという興味はあるのでしょうか?
M:ぜひやりたいですね。これまで自分の曲が映画やテレビでライセンス使用されたことはありますが、ちゃんとした映画音楽の仕事はまだです。興味があるし、やりたいとは思っています。でも現実はそう簡単じゃないですよね。夢の話でいいなら、例えばとてもクールなSF映画の監督が、2年かけて自由に音楽を作ってくれと言われるような状況が最高だけど、そんなケースはほぼない。もし監督が僕のファンで、強いビジョンと制作資金への発言力があれば可能性はありますし、実際そういう例もある。でも正直、自分が映画音楽に向いているかはよくわからない。こんなこと言うと自分のチャンスを潰すかもしれないけど、映画音楽の仕事って「早く仕上げる人」が多い気がします。プレッシャーの中で作るのが良い結果を生むこともありますが、僕のやり方だと、じっくり調整していくタイプだから、難しいかもしれないですね。
──あなたがサウンドトラックを担当したら、素晴らしい作品になると思います。
M:もし「これだ」という作品に出会えたら、ぜひやってみたいです。ずっと夢見てきたことだし、周りの人も僕の仕事を見てサウンドトラックに起用するべきだと言ってくれる。でも、現実はちょっとした「ゲーム」のようなもので、実績がないと仕事がきませんからね。一度やれば「1本やった人」になって、それが何本か増えると「じゃあこの人に」ってなるけど、最初がとても難しい。大きなお金が動くし、リスクも高いですからね。だからまずは短編映画から始めて、徐々にできることを証明していくしかないと思います。願わくば、いつかその日がきたらいいな。
<了>
Text By Shoya Takahashi
Photo By PIERRE TOUSSAINT
Interpretation By Mami Kondo

Mark Pritchard & Thom Yorke
『Tall Tales』
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RELEASE DATE : 2025.5.9
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