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映画『ラウダー・ザン・ユー・シンク ギャリー・ヤングとペイヴメントの物語』
オルタナに迷い込んだ男のローファイな半生

18 June 2024 | By Yasuo Murao

90年代にアメリカのロック・シーンを揺るがせたオルタナ・ロック。そこには様々な音楽的な要素がひしめき合っていたが、キーワードのひとつだったのが「ローファイ」だ。60年代からローファイな(録音状態が悪い)ロックはあったが、90年代にローファイと言われたバンドは意図的に音を悪くした。そこには80年代の人工的なサウンドに対する反発や、退屈な日常を切り取ったようなリアリティがあった。そんなローファイなロックを代表するバンド、ペイヴメントの初代ドラマー、ギャリー・ヤングのドキュメンタリーが制作された。なぜ、バンドではなく、ドラマーのドキュメンタリーなのか。それは映画を見ればよくわかる。

90年代が幕を開けようとしていた頃。カリフォルニア州ストックトン。文化的なシーンは何もなく犯罪が多発する閉鎖的な町で、ギャリー・ヤングはパンク・バンドでドラムを叩きながら小さなスタジオ《Louder Than You Think》を経営していた。10代の頃からドラッグに手を出していたギャリーは、マリファナを売った儲けで機材を揃えたという。そこにやってきたのが、幼馴染のスティーヴン・マルクマスとスコット・カンバーグ。大学を卒業して地元に帰ってきた彼らは、暇つぶしにシングルでも作ってみるかと、町で一番安いスタジオ(といっても2つしかなかった)《Louder Than You Think》のドアを叩く。それがペイヴメント伝説の始まりだ。

映画はギャリーのインタヴューを中心にして、そこにペイヴメントのメンバーや関係者のインタヴューが挟み込まれるというオーソドックスな構成。再現シーンは最近流行のアニメではなく、マペットで寸劇をやるところにバンドへの愛を感じさせる。マリファナに匂いが立ち込めるスタジオでスティーヴンとスコットは演奏を始めるが、ギャリーにとってそれは「音楽じゃなかった」。ギャリーは見かねて、俺がドラムを叩いてやろうか、と声をかけて即興でセッション。そうやってレコーディングされた曲が、ペイヴメントの初のシングル「Slay Tracks: 1933-1969」(1989年)としてリリースされると大きな注目を集めることになる。

予期せぬ共演がペイヴメントというバンドに生命を吹き込んだのだが、ここで重要なのはバンドにとってギャリーがあまりにも異質な存在だったこと。ギャリーは1953年生まれで、スティーヴンとスコットは1966年生まれ。年の差は一回り違っていた。当時、スティーヴンたちはザ・フォールやスウェル・マップスに影響を受けて意図的にノイズを盛り込もうとしていたが、イエスが大好きなギャリーは彼らのアプローチが理解できず、プログレ譲りの奇抜なドラムを入れた。また、スタジオ環境の影響でチープな音になったことを面白がったスティーヴンたちに対して、ギャリーは「わざと悪い音で録音するなんて意味がない。曲は良い音で録るべきだ」と言う。ギャリーのやることはすべて裏目に出ているのだが、それが奇跡的に功を奏した。話が噛み合わない者同士が一緒にやることでケミストリーが生まれた。ペイヴメントにとってローファイは半分必然、半分偶然だった。

映画を通じてギャリーのことを知るにつれ、彼の唯一無二のキャラクターがペイヴメントに多大な影響を与えたことがわかってくる。EPの予想外の反響でツアーに出ることになったペイヴメントは、ライヴをするために新たなメンバーを加えるが、そこにギャリーもいた。そして、ライヴでもギャリーは本領を発揮する。酒を飲みすぎて演奏中に倒れ(スコットいわく「初めて本物のアル中を見た」)、ソロで歌うスティーヴンの横で逆立ち。ライヴに来た観客全員に、野菜やストローなど様々な贈り物を手渡しする。ソニック・ユースとの共演で集まった5000人の観客にマッシュポテトを振る舞おうとした時は、バンド・メンバーの誰もが呆れるなかでサーストン・ムーアが手伝ってくれたとか。

ギャリーのこうした奇行は抑えられない衝動だった。ギャリーの兄によると、ギャリーは子供の頃から多動症の傾向があって、突発的な行動が抑えらずアドレナリンが出っ放し。それをドラッグやアルコールで落ち着かせていたのではないかという。言ってみれば、奇行はギャリーの初期衝動。ギャリーのモットーは「ドラムはいつでも力の限り強く叩け!」だ。そんなギャリーの個性を他のメンバーは受け入れ、サウンドに取り入れた。ファースト・アルバム『Slanted and Enchanted』(1992年)におけるギャリーの影響力は絶大で、レコーディングの際にはスティーヴンがドラムが必要なところでキューを出し、ギャリーが自由に叩いた。

スティーヴンやスコットは音楽知識もあり批評性も持っていたが、彼らだけだったらシニカルな面が強く出すぎていただろう。そこにギャリーの無邪気な魂が入ることで、ペイヴメントは同世代のバンドにはない予測不能な突進力を手に入れた。そう考えると、ローファイの真髄とは人間味であり、いい加減だったり、バカバカしかったり、愛すべき人間の不完全さがノイズの中に浮遊している。でも、残念なのは、バンドが愛したギャリーの無邪気さが決別の原因になったことだ。

ペイヴメントが有名になっていくなか、メジャーからの誘いもかかるが、ロックスターになんてなりたくないメンバーは契約を拒み続けた。しかし、ギャリーは有名になりたかった。家族や友人から金のことを吹き込まれたりもしてメンバーとの溝が深まり、その挙句にバンドを裏切るような事件を起こしてしまい脱退。ギャリーが抜けて新ドラマーのスティーヴ・ウェストが加入したことで、ペイヴメントのサウンドは変化してアルバムごとに大人びていく。

映画では脱退後にギャリーが結成した新バンド、ホスピタルや最近のギャリーの様子も紹介される。老化で背骨が曲がり、ドラムを叩くのもやっとの状態だが、ペットボトルに入れた特製のカクテルを飲みながらインタビューにゴキゲンに答えるギャリーの姿は、まさしくキング・オブ・ローファイ。ギャリーが脱退した後も、ペイヴメントはレコードの売り上げの利益をメンバーで等分してギャリーに送り、彼への感謝を忘れなかった。

最後までギャリーに友情を示したペイヴメントの態度。そして、ずっとギャリーに寄り添った妻、ジェリのタフな笑顔を見るにつけ、ギャリーがいかに仲間たちから愛されていたかがわかる。ギャリーとバンドが意外な形で共演したペイヴメントの新曲(!)で映画が締めくくられるのも感動的だ。

本作は23年に《SXSW》でプレミア公開されたが、その際、ギャリーは観客に配るバナナを持参。そして、その年に70歳でこの世を去る。『ラウダー・ザン・ユー・シンク ギャリー・ヤングとペイヴメントの物語』は、愛すべきアウトサイダーたちの物語。彼らのローファイな日々を通じて、90年代オルタナ・ロックの空気が伝わってくる。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『ラウダー・ザン・ユー・シンク ギャリー・ヤングとペイヴメントの物語』

6月15日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

監督 : ジェド・I・ローゼンバーグ
出演 : ギャリー・ヤング、スティーヴン・マルクマス、スコット・カンバーグ、ボブ・ナスタノビッチ、マーク・イボルド、ジェリ・バーンスタイン、ケリー・フォーレイ
配給・宣伝 : ダゲレオ出版(イメージフォーラム・フィルム・シリーズ)
公式サイト
https://www.imageforum.co.jp/louder_than_you_think/#


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