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《Now Our Minds are in LA #3》
パフューム・ジーニアス〜LAに魅せられた鬼才の心身解放宣言!!
「ロイ・オービソンの曲でドラムだった人が僕の曲でも叩いてる……これ、すごいことだよね」

それにしても、優れたミュージシャンはどんな時も泰然自若としているものだ。先ごろ公開したモーゼス・サムニーのインタビューでも、このコロナのおり、彼は全く慌てず飄々としてて、むしろ堂に入った感じだったが、そのモーゼスと入れ替わりでLAに移ってきたパフューム・ジーニアスことマイク・ハドレアスもすごくポジティヴに現状を受け止めている。というか、自分がやってきたこと、今やろうとしていることに誇りを持ち、その中に無邪気に埋没しているから、今世界がどうなっていようとも軸はブレない。それどころか、LAの持つヴァイブスに夢中になったマイクのメンタルはすっかり溌剌としているようだ。同性愛者であることを最初からオープンにし、活動を重ねる中で、自室に閉じこもって1人で音と言葉を燻らせていた活動開始当初の在り方から思い切って離れ、時にはダンサーとしてフィジカルに心身を解放させるようになった現在の彼は、豊かな表現力を持つ詩人、ソングライターでありつつも、もはやポップ・アイコンの域に達しつつあると言っていいかもしれない。

デビューから今年でちょうど10年。パフューム・ジーニアスのニュー・アルバム『Set My Heart On Fire Immediately』は、そのジャケット写真の鍛えられた肉体さながらに、ポップ・ミュージックへの屈強な眼差しが感じられる力作だ。大衆音楽……わけてもアメリカのポップスの長きに渡る歴史の一コマの中に今の自分がいることを前提とした上で、そこに真摯に向き合い、次を塗り替えるために挑み、でも一人のリスナーとしてそのトライアルを大いに楽しんでいるような、そんな邪気のないアルバム。とにかく仰天するほどポップで大衆的な香りのする作品だ。驚くことにここにはエルヴィス・プレスリーの面影すらある。というよりそのエルヴィスの歌に深みを与えた「Burning Love」や「Always On My Mind」といった曲を書いたウェイン・カーソン・トンプソンのような陰日向なく活動してきた人たちの軌跡……それはアメリカン・ポップ・ミュージックの歴史の中のヘソのような部分なのかもしれないが……そんなポップ・ヒストリーの裏道にアプローチしようとするひたむきさがある。

ただしそれはもしかすると幻想かもしれない。ここは確かにLA。でももしかするとメンフィスかもしれないしデンバーかもしれない。シアトルでもいいのかもしれない。そこにあるものがここにはない。そこにないものがここにはある。でも本当にそうなのか? そういうまやかしにも似たジレンマが作り上げてきたポップ・ミュージックの歴史を、マイクは肌で受け止め、確認しようとしているのかもしれない。

これまで同様に歌のテーマは愛、肉体、セックスだったりするが、ここにはもう消極的な痛みや後退的な戸惑いはない。痛みは伴っても希望が確かにある。そんな歌詞が綴られている。シアトルから引っ越してきたLAでの生活を謳歌しながら、そこで新たに交わることになった人脈、仲間たち――サム・ゲンデル、マット・チャンバリン、そしてプロデューサーのブレイク・ミルズや、そのブレイクの親交から繋がることになったというジム・ケルトナーまで――と共に作り上げた『Set My Heart On Fire Immediately』。エリアレスの時代と言われてもやっぱりエリアはある、でも、それは一体どういうエリア? そんな地域性の実態が掴みにくい時代に、それでも何かが潜むLAの現在を歴史的観点も視野に入れて切り取った作品だ。

このインタビューは3月下旬にフォナーで行われた。ニューヨークを中心にアメリカではコロナの感染者が増えているさなかだったが、マイクはいたってポジティヴで希望ある創作欲求に満たされていた。そう、この新作『Set My Heart On Fire Immediately』がそうであるように。(インタビュー・文/岡村詩野)



Interview with Mike Hadreas

――今、あなたがいる場所では、コロナ・ウィルスの影響と生活はどのような状況ですか? 

Mike Hadreas(以下、M):今、僕はLAにいるよ。生活に影響は出ている。ここ一週間くらい街が封鎖されていて、隔離も行われている。食料品を買いに行ったり、薬局へ行くなど必要なこと以外の理由で家を出てはいけない状態だ。とても変な感じだし怖いよ。未知なことがたくさんありすぎるから、毎朝起きてニュースを見て、情報を得て、自分の体調管理をしないといけないよね。なるべく家にいるようにしているよ。僕のツアーや、この先何ヶ月後に予定されていたライブも延期されるか中止になるかだね。でも、僕は大丈夫。厳しい状況にいるのはみんな同じだから。

――では、最初、何があなたの心をタイトルにもある「On Fire Immediately」させるというイメージで、この新作の制作に入ったのでしょうか? 制作前の本作に対してあなたが描いていたヴィジョンをおしえてください。

M:この作品で、一番伝えたかったのは「繋がり」という感覚。世界ともっと繋がりを感じるということ、自分の身体ともっと繋がりを感じるということ、他の人ともっと繋がりを感じるということ。僕は今までの人生において、孤立して、内向的だと感じることが多かった。でもこれからは、そういう風に感じたくないと思った。別の感じ方があると思った。僕だって今まで、ある程度は社交的にやってきたけれど、踊りを通して、そして人生の変化を通して、より現実的なコミュニティや、周りの人との繋がりが欲しいと思うようになった。僕の仕事は、夢の世界にいること自体が自分のキャリアになっている。夢のような世界に自分をおいて、そこから音楽を作る。でもそういう夢のような要素たちを現実の世界に持ち帰って、人やコミュニティと繋がることもできるということに最近気づいた。僕は今まで音楽を作ったり作曲する時は、一人にならないといけないと思っていた。でもそうしなくてもいいという気づきがあった。これは僕にとってまだ新しい概念なんだ。だから今回のアルバムでは、僕がその概念を模索している感じだね。

――私はあなたをデビュー当時から応援しているリスナーの一人ですが、この新作、これまでで最もアメリカのルーツ・ミュージックへの踏み込みを感じさせるアルバムになったなと感じています。あるいは、アメリカン・ルーツ・ミュージックとしてのモダン・ポップ、というか。つまり、ここにはあなたが解釈するゴスペル、ソウル、ブルーズがある、と感じたのです。もちろんこれまでの作品にもそうした側面がありましたが、特にゴスペルに対し、ここまでフォーカスさせた曲が多いアルバムも初めてかもしれないと。曲を作る上で、もしくは歌詞を書いていく上で、そうした意識はどの程度持っていましたか?

M:ああ、今、挙げられた音楽のスタイルは僕が若い頃からずっと影響を受けてきたものだよ。ソウル・バラードの名曲や教会音楽は僕が影響を受けてきた音楽だから僕にとってすごく大切なものだけれど、自分とは離れたところにあるものだという感じが常にあった。クィアーな僕にとって、教会は入れない所だし、例えばエルヴィス・プレスリーの曲を聴いても、彼が歌っている物語に僕のような存在は決して含まれていなかった。でも僕はそういう音楽に共鳴したし、音楽を聴くたびに魔法にかけられたような感覚を味わっていた。今までもそうだけれど、今回のアルバムでは特に、自分も含まれているような物語を書いたり、僕と同じような人たちも共感できるような内容にして、そういう人にもその魔法のような感覚を味わってもらいたいと思った。昔の名曲のような、ノスタルジックで暖かみが感じられる音楽を作りたいと思ったと同時に、それは僕のための音楽で、新しい音楽であり、良いところだけでなく悪いところも全て含んでいる音楽を作りたかった。

――アルバムのプロデュースには前作に引き続きブレイク・ミルズが関わっていますが、ブレイクとのタッグが継続した一番の理由はどこにありますか? また前作との関連性、継続性についてはブレイクとの間でどのように話し合ったのでしょうか? それとも全く別の作品という制作スタンスから始めたのでしょうか?

M:僕とブレイクは音楽に求めているものが一致しているんだ。僕たちは音楽に、驚きや、今までとは違った新しいものを見つけたいと思っている。でも、僕たちが愛するものや今まで集めてきたものは忘れないようにしている。だから音楽に求めている効果や、音楽に対する情熱という面において僕たちは似ている。だけどアプローチやテクニックという面において僕たちは全く違っている。でもそれが調和するんだ。僕たちの違いが調和されて、お互いを向上させていると思っている。お互いの良いところを引き出して高め合っている。それが一番良いコラボレーションのやり方だと思う。それに僕は彼のことを心から信用している。彼のセンスや能力を信用している。僕は、ブレイクがプロデューサーだということを前提に今回のアルバムを作曲していたから、作曲している時も彼がそれを演奏している場面を想像しながら曲を作っていた。自分の部屋で音楽を作っている時も、録音セッションも想像しながら作曲をしていたんだよ。

――ところで、前作である3年前のアルバム『No Shape』(2017年)のリリース前後、あなたはLAに拠点を移していますよね。そこでの新しい暮らしの中から得たもの、体験したものが本作に反映されているような印象もあります。実際に、ブレイク・ミルズもそうですし、マット・チャンバリン、サム・ゲンデル、イーサン・グルスカといったLA界隈のアーティストが今作に多数参加しています。LAで生活するようになってから、あなたの音楽に向き合う姿勢はどのように変化したと言えますか? そもそもなぜLAに移ったのでしょうか?

M:僕とパートナーのアランは、孤立した環境から離れるためにLAに移った。アーティストやクリエイターが周りに多くいるような環境に移るために。より多くの人たちと一緒に創造活動ができるためにね。すると、僕の人生は一気に開けた。それは意図的に決断したことだよ。僕たちはLAに移住しようという決断をしたからね。僕とアランは、長い間、静かな生活を必要としていた。ツアーは忙しいし、アルバム制作も大変だから、そういうものから離れることができる静かな生活を僕は必要としていた。でもそれを何年か続けてきて、この仕事に慣れてきたから、物事を受け入れる余裕というものが少し出てきた。今回、サムやその他のミュージシャンたちと一緒に仕事をして、まるでバンドとしてアルバムを作っていた感じがした。録音の多くはミュージシャンたちがスタジオに集まって一斉に演奏したもので、各自のパーツを後からレイヤーで重ね合わせたものではないんだ。今作は、現実で起こったことや、身体についてなど、フィジカルな要素が多い曲ばかりだったから、演奏もフィジカルであるということは大切なことだった。その瞬間が大切だった。だから音楽においてもミュージシャンたちと一緒に演奏している、一緒にいる瞬間というものを捉えたいと思った。

――ええ、ハイム周辺とも交流のあるブレイク・ミルズ、フィオナ・アップルのファースト以降に大注目するようになったドラマーのマット・チャンバリン、サンダーキャット界隈にも顔を出すサックス奏者/シンガー・ソングライターのサム・ゲンデルらの仕事を追いかけていると、今の極めて多層的であらゆる音楽ジャンルがシームレスにつながっているLAの今の充実ぶりがわかります。あなたの新作にもその柔軟でハイブリッドなLAの空気が注ぎ込まれているような気がしますし、そこからアメリカのルーツ音楽への踏み込みも感じられるのです。具体的に、今作の曲はそういう環境の変化を受けて、どのように作られていったのでしょうか? ソングライティングにおけるプロセスやメソッド、リファレンスやインスピレーションを教えてください。

M:オーガニックでクラシックなアメリカン音楽を作りたいと思ったんだ。でも僕は本当に多方面から影響を受けている。あらゆる時代のあらゆる音楽のスタイルに影響を受けていて、その間を行き来したり変化を付けることに恐れていない。核心のアイデアを固めるために自分のワイルドさを犠牲にはしたくないんだ。でも他のみんなも同じ考えだと思う。ジャンルを神聖なものだとはもう思っていないんじゃないかな。僕たちは曲に忠実でいて、曲が発展したい方向性に自由に発展させていった。自分の作った曲が全て似ている必要があるとか、理にかなっている必要があるとは思っていないんだ。最初は曲について、どんなアイデアなのか、どんな曲にしたいかをみんなで話し合ったりするけれど、結局は、当初とは違ったものに勝手に発展して行くし、話し合いに出なかった精神的な繋がりが曲に反映されたり、演奏者各自の解釈やフィーリングやメッセージが音楽として現れてくる。僕は様々な影響や要素が混ざり合っているのが好きなんだ。1つの曲に明暗が同居していたり、古いものと新しいものが隣り合わせになっていても良いと思う。その感覚は今回の作品に関わってもらった人たちに理解してもらえたと思う。

――アルバムにはジム・ケルトナー、前作にも顔を出していたピノ・パラディーノといった百戦錬磨のベテランも参加しています。彼らが参加するに至ったきっかけはどういうものだったのでしょうか? もともと彼らと交流があったのですか? 実際に参加してもらって、スタジオでの様子などはいかがでしたか?

M:ブレイクが彼らとずっと前から仕事をしていたんだ。ピノは僕の前回のアルバムにも参加してくれたけど、今回の方がもっとアルバム全体の創造過程に携わってくれた。今までは、僕がピアノを弾いて歌って、その上に他の人のパートをレイヤーとして加えて、さらに他の人のパートを加えていくというやり方だったけれど、今回は違った。今回はミュージシャンたちみんなが1つの部屋に集まって一斉に演奏する。それは威圧的とは言わないけれど、こんなに大勢の伝説的なミュージシャンたちが僕のアルバムのために一緒に演奏している光景はすごかったよ。特にアルバムの曲の中には……そう、ロイ・オービソンにインスパイアされた曲もあって、そのロイ・オービソンの曲でドラムだった人(ジム・ケルトナー)が僕の曲でも叩いてる……これ、すごいことだよね(笑)。そういった、会話を超越したような繋がりを感じられたことが素晴らしかった。みんな、本当に才能のあるミュージシャンたちだから、そういう感覚で繋がるということは、彼らにとって難しいことではないんだよ。凄腕ミュージシャンたちだから、僕が何かを言う必要なんてなかった(笑)それはとても満足感を感じられた体験だった。

――しかしながら、様々なカルチャーの歴史があるLAの持つ開放的で柔軟な空気に触発されたようなブライトな曲が多くある一方で、あなたのヴォーカルは祈りにも似た、まるで賛美歌のような清潔で強い佇まいを持っています。そしてそれは、愛と憎しみ、理解と断絶、共闘と分断、希望と絶望、崩壊と再生…ありとあらゆる相反する両面を伝えているように聴こえますが、今作であなたがヴォーカリスト、パフォーマーとして声で表現できたことはどういった哲学だったと考えますか?

M:僕は散らかった状態を歌に残しておくのが好きなんだと思う。たとえ、自分の声が、何のエフェクトも加えていない状態で、とても近くに聴こえて違和感を感じたとしても。それがごちゃ混ぜな感じで不快に感じるかもしれなくても、そこには親密さや暖かみ、悲しみ、明るさなども混在していて、超越した存在として感じられると思う。だから、その全てを残して含めておきたい。僕は歌詞を書いている時も、録音している時もそういうことを考えている。どちらの方向性に行くことにも抵抗を感じていないし、同時に複数の方向性に向かうことにも抵抗を感じていないんだ。僕はそう思うし、人生だってそんなもんだと思うんだ。僕が日頃感じているものは混在・混乱している状態であることが多い。僕は、音楽を作ることによってその感覚を理解しようとしたり、どれだけ混乱させられているかという状態を記録しようとしているのだと思う。僕にとって音楽とは、「混在・混乱している状態でもいいんだよ」と受け入れてくれる場所なんだと思う。

――では両面というのではなく、あらゆる方向性に向かうことができるということですね。

M:そうだね。色々な場合がある。時には想像した人物になりきって歌ったり、またある時には居心地が悪いくらい素の自分を出してみたり、色々な感覚や要素が出たり入ったりしているけれど、みんなにできるだけ僕に近づいてもらいたいという気持ちから全てをやっているよ。僕が今まで音楽を聴いてきて求めていたのはその感覚だったし、それは今でも僕が音楽に求めるものだから。気持ち良くなりたいからではなくて、ただ自分が理解されていると思ったり、自分が他の人のことを理解していると思いたいから。

――相反する両面を伝えること、というのは、実は古来からあるブルーズ・ミュージックの強さに起因しているのではと個人的には考えます。そういうところも今作からルーツ・ミュージックとしてのモダン・ポップを感じるところなのですが、今作の中で、あなたが最も「ハッピー」で「ブルーズ」な部分を感じるのはどういうところでしょうか?

M:最初と最後の曲かもしれない。1曲目「Whole Life」は意図的に希望を持った感じの曲にしたんだ。暖かい想いを持って前に進んで行く感じ。それは自分で決断してできることだ。希望を持つというのはいつだって自分で決断できる。最後の曲は、寒々としていて、僕にはとても悲しく感じる。僕が、自分の内面や、他の人や、この世界に対して、探し求めている不思議な感覚は、実は存在しなくて、もし現実の世界にあるものだけだったら?もし、神のような、現実を超越する偉大なものがなかったら?全ての底にある魔法みたいな感覚がなかったら?物事がただ過ぎていくだけだったら?それに絶望する必要はないと思うけど、僕にとっては悲しいこと。だって僕は自分の人生をそういう魔法みたいな感覚で作り上げてきたから。人生にはそれ以上のものが何かあると思って、今まで生きてきたから。そして僕はその感覚を常に探し求めている。だから今までずっと探し求めてきて、最終的にそんなものはなかったということは、僕にとってとても悲しいことなんだ。

――実際に、1曲目「Whole Life」の歌詞は象徴的ですね。「僕の全人生の半分は終わった(Half of my whole life is done) /全て流され、洗われればいいlet it drift and wash away / 優しい日に当たれば影も柔らかくなる(shadows soften toward some tender light) / ゆっくりと僕はそれらを置き去りにする(in slow motion I leave them behind)」……。人生の半分が終わったと言いつつ、優しい日に当たれば柔らかくなる、と前を向く姿勢。この曲の持つ「終わり」と「始まり」についてあなたの解釈を教えてください。

M:希望と決断するということは、悪いことは一切起こっていないと思っているわけではなくて、悪いこともあったけれど、大丈夫だと思っている状態だと思うんだ。その2つの感覚は同居していいと思う。この曲で僕が考えていたのは、自分が変わると言うことなんだ。よく言われるのが、人の根本的なところは変えらないということ。小さな変化はあったり、学びがあって多少向上したりするかもしれないけど、根本的なところは変わらないと言う。でも僕はそう思わない。と言うか思わないようにしている(笑)。もし、自分の全てを許して、全く違う方向性にシフトチェンジして全く新しい方向に歩き始めたらどうなるだろう?と考えた。今までの自分全てを捨てて。変化の過程で、少しずつじゃなくて、全てを一気に脱ぎ捨てたらどうなるだろう?という考えをもとにしてこの曲を作ったんだ。

――さて、あなたが前作を発表してからのこの3年ほど、過去にないほどLGBTQについて世界中で様々な意見が交わされた時期もなかったように思います。音楽を通じてそのきっかけを定時した一人がまさにあなたではないかと思いますが、前作からの3年、当事者として理解、共有などの面で時代の変化を実感することは増えましたか? 具体的に社会の中で変わった部分、変わらない部分などを教えてください。また、あなたの音楽、活動がこれからどのようにそこにコミットしていけると感じていますか?

M:変わったものはあると思うけれど、変わるのにはとても時間がかかるし、誰かのために利益があるからという理由だけで変わっていると思う。クィアーなアーティストたちにとって音楽で活躍する機会が増えたのは、音楽業界がクィアーな人たちを受け入れれば彼らが儲かると思ったからだ。だからクィアーな人たちの音楽がより普及した。でもそのおかげで、クィアーな人たちの音楽が多くの人たちの耳に届くようになり、そこから変化が生まれているのも事実だ。その奇妙なバランスが常にあると思う。たとえば、誰かがチャリティに寄付をする。その人は寄付をした自分の写真を拡散してそれを自慢する。それは自己中心的な行為と感じられる一方、寄付団体は実際にお金をもらっている。メジャー関連の機会やアイデアに対しては特に、僕はそういう風に考えてしまう。でも全体的に見ると、クィアー・コミュニティは常に物事の瀬戸際か外側にいた。そのコミュニティは活発で、不思議な感覚や大切なメッセージでいっぱいだ。今後はその声がさらに人々に届くようになればいいと思う。今の時代は、自分の物語をネット上で共有することができる。全ての人がそれを聴いてくれるという保証はないけれど、少なくとも、自分を表現する場というのが今の時代にはある。とにかく状況は変わってきていると思うよ。それも、そう思うか思わないかは自分で選択することだと僕は思うけどね。でも僕たちみたいな人による要求や戦いはこの先もしばらくは続くと思う。みんなが安心して大切にされていると思えるような世界にはまだなっていないからね。僕がそれを担う一員になるということは大切なことだと思う。僕の歌詞は、僕がクイアだから、クィアーの内容で親密な内容になっている。より多くの人たちに届けたいからといって固有名詞や物語を変えたりしないで、そのままの状態で音楽に使うというのも僕が選択したことだ。僕は若い頃、他の人の作品に、自分と同じような物語をずっと求めていた。だから僕の物語をそのままの状態で語るというのは僕にとって大切なことなんだ。

――あなたの曲で表現されている物語や感情はとても繊細で、普遍的なものだと思います。私はストレートですが、共感できる部分もありました。他人を想いやるという感覚にジェンダーは関係ないと思います。

M:疎外感は僕が自分で感じてしまっていたんだよ(笑)。僕はあらゆる人が聴くために自分の音楽を作っている。僕も今まで、僕とは違う物語の人の音楽を聴いて、共鳴したり、癒されたり、慰められたりしてきた。だけど、それに加えて、(クィアーとしての)繋がりを感じることができればさらに心強く感じられるんだ。特にそれが隠されてきたことだったり、表に出してはいけないとずっと言われてきたことだったりすればね。

――また、今年であなたはアルバム・デビュー10周年です。この10年間は音楽リスニング環境の劇的な変化も含め、様々な選択肢が提示されるようになった10年でもありました。10年間でアルバム5枚を間断なくリリースしてきて、あなたが作り手として最も大きな成長を実感したのはどのタイミングだったと感じていますか?

M:毎回、成長したと感じるよ(笑)。少なくとも毎回、成長を感じられるような仕事をやろうと思って頑張っている。最初のアルバムの曲は全て自宅で録音されたものだった。2枚目は初めてレコーディングスタジオで作ったアルバムだった。そこには毎回成長があり、僕も自分が成長できるように自分を駆り立てた。自分が技術的に上達したり、与えられた機会を最大限に活かしたり、サウンド面において自分が向かいたい方向性について考えたりして自分の限界を広げていった。あまり成長についてちゃんと考えたことはないよ。ただ前に進んでいくだけ。でも作り手としての自信はついたと最近は思うようになった。今までは実験的な試みとしてやっていたけれど、今では自分はそれが可能である、という自信がついた。今でも自分を解放してワイルドにさせるということはするけれど、そこに自信が加わった。以前は曲を書いた後に「よく自分にこれが書けたな」と驚いていたんだけど、今ではあまり驚かなくなった。特に今回のアルバムを完成して思ったのは、自分にその能力が備わったということかな。

――私が最初にあなたのことを知った時は、今のようなポップ・アイコンに飛躍していくだろうことは正直全く想像していませんでした。ただ、今作の先行曲でもある「Describe」のPVを観ていると、フィジカルで現代的なダンサーとしての側面も自覚されているように思えて、まだまだあなたのパフォーマーとしての可能性を感じます。ダンス・パフォーマンスとポップ・ミュージックとの幸せな関係性をさらに構築していく上で、あなたはこれから何ができると考えていますか?

M:ピアノを使うのと同じように、また、音楽を作曲している時と同じように、自分の身体も使えるということを学んだ。僕はダンスの経験や練習は音楽のそれよりも少ないからダンスの方が即興的なものが多い。子供の頃にダンスのレッスンを受けたとか、ずっと踊りを見て育ったというわけではないからね。でも比較対象がないおかげで自由な観点で取り組んでいける。なんの疑問もなしに、自分がやりたいことをやれる。去年は、ダンスレッスンやダンスの練習を本格的にやったことで、自分の身体との繋がりをもっと感じられるようになったし、自分の感覚や感情にも繋がりやすくなったと思う。僕が求めているのは、人とのコミュニケーションなんだ。とても深いヴァイブスというか、深いフィーリングを誰かに届けたいと思っている。今の僕は、ダンスや自分の身体を、人々にメッセージを伝えるための手段として使い、そういうものを届けることができると思う。それに、こうやって創造するのは面白いし、今までと違うから、僕の作曲方法もダンスを学んだことによって変わったよ。曲のビデオを監督したのは僕で、ビデオにはダンスが起用されている。監督をしたことで、もっと尺の長い形式のものを作りたいと思うようになったり、映画のようにダンスと音楽が入っていて、より大きな世界観が現れているものを作りたいと思うようになった。クラブでのライブとかダンス・パフォーマンスではなくて、色々な要素が混ざり合った作品を作りたいと思ったんだ。

――では、肉体性と精神性の洗練された同居を実行している今のあなたにとって、これから最も大きな向かうべきテーマはどこにありますか?

M:まだ分からないよ。まだ今のテーマに取り組んでいる最中だから。でも、自分でもよく考えているんだ。アルバムにするほど、大騒ぎして取り上げるテーマは次に何があるだろうか、って(笑)。

――このアルバムのタイトルの中にある「HEART」と「FIRE」はそれぞれ何を象徴していると思いますか。

M:1つ(「HEART」)は現実のもので、フィジカルで、持つことができるもの、存在しているもの。もう1つ(「FIRE」)は、対外的なもので、超自然的なもので、コントロールが効かないもの、魔法みたいなもの、破壊的だけど同時に癒してくれるもの。僕はその2つを繋げようとしている。というか、より近いところに繋げようとしているのだと思うな。


<了>

Text By Now Our Minds are in LAShino Okamura

Photo By Camille Vivier


Perfume Genius

Set My Heart On Fire Immediately

Release Date: 2020.05.15
Label: Matador / Beat

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