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《Now Our Minds are in LA #1》
現代へのカンフル剤としての、サイケな60’sヴァイブス 〜ヘイゼル・イングリッシュ

言わずと知れたエンターテイメントの一大本拠地、LA。映画産業の街としての側面も持つ一方、音楽においてもまた、個性的でありながら同時にその後のシーンの方向を決定づけるようなフレッシュな感性を、歴史を通じて幾度となく世界に送り出してきた街だ。そのLAが生み出す音楽が今、過去何度目かの輝かしいエネルギーに溢れていることにお気づきだろうか。新作がリリースされたパフューム・ジーニアスもシアトルからLAに移ってきているし、LAが活動の起点となったモーゼス・サムニーによる、2枚組ニューアルバムの全貌もついに明らかとなった。ブレイク・ミルズの素晴らしい作品も世に送り出され、きわめつけには、巨匠ポール・トーマス・アンダーソン監督とのコラボレーションでも話題になりながら、コロナ禍の影響で発売延期を決断した、地元っ子・ハイムの(名盤間違いなしの)新作が控えている。

残念ながら、現在は引き続き、現地でもソーシャル・ディスタンシングに努めなければならない状況下ではある。仮にこれから欧米諸国でのロックダウンが解除されていくにしても、少なくともしばらくの間は、おそらく、ライブはもちろん、アーティスト同士の交流やそこから生まれる制作活動もまた、オンラインを通じたものの割合が多数を占めるあり方へと変容せざるを得ないことも予想される。そうなれば、ひょっとすると、それまで感じ取れていた特定の土地や場所の固有性が、今後ある程度の期間に生み出される音楽において、大なり小なり希薄化する、という可能性も否定できない。まさしく今、音楽と、それが生まれる場所との関係性は変わろうとしているのだ。

LAという街が、今こうして一気に放出しようとしているエネルギーは、おそらくそれ以前にふつふつとマグマのように温められてきたものであろう。だからこそ、この街のクリエイティビティを今、無視するわけにはいかないはずだ──そんな想いから、TURNでは、このLAという土地から届けられる音楽にまつわる記事を、《Now Our Minds are in LA》と題し、これから集中的にお届けしていくこととなった。

今回は、その第1回目。オーストラリアからオークランドに移住した後、LAに居を移したシンガーソングライター、ヘイゼル・イングリッシュをピックアップ。西海岸の空気、とりわけ60年代のヴァイブスをたっぷりと取り込んだデビュー作『Wake UP!』を特集する。


ジャケットの裏側にあしらわれた、極彩色の大きな目玉。ビーハイブヘアでヒッピー集団を惑わせる、リード曲「Shaking」のMV。明白な60年代カルチャーへのオマージュがふんだんに盛り込まれた本作『Wake UP!』を引っさげ待望のデビューを果たしたのは、ヘイゼル・イングリッシュだ。2017年にリリースしているダブルEP『Just Give In / Never Going Home』については、実はTURNの最初期に筆者が取り上げてもいるのだが、以来ほぼ3年ぶりの新作にして正式なデビュー作となった本作で、そのEPの印象からガラリと変貌を遂げたことに、正直かなり驚かされた。


ヘイゼル・イングリッシュのキーワードは「レトロ」、そして「ドリーミー」。この点は、前作EPでも今作でも変化はない。が、その解釈のあり方は、今作にて急激にアップデートされている。今回、改めて前作も聴いてみたが、やはり何度聴いても甘くほろ苦い感情が沸き起こって、胸がいっぱいにさせられてしまうのは今でもそうだ。それは、親世代の青春である、ABBAやカーペンターズなんかを思い起こすあまりに甘酸っぱいメロディラインが、ローファイなサウンドや淡く重ねられたリバーブによっていっそう引き立ち、甘美な追憶を疑似体験させてくれるからだろう。ただ、アレンジの土台にあるはやはり、ドリームポップやネオアコ。性急でストレートなリズムや、スペーシーな打ち込みのサウンドがそのイメージを強く印象付けているのだが、これはプロデューサー / 共作者のデイ・ウェーヴの作風に依拠するものだろう。結果、「昔懐かしさ」はある種の雰囲気として漂うのみで、明確な意思としての説得力を持ち得ていなかったように、今にしてみれば感じられる。

ジャスティン・レイゼン、ベン・H・アレンという(それぞれエンジェル・オルセン、ディアハンターらを手がけている)2人のプロデューサーや、ラナ・デル・レイのギタリストでもあるブレイク・リーといった共同ソングライターを得た本作『Wake UP!』は、そんな前作とは対照的に「過去のオマージュ」への確固たる意思によって作品全体が貫かれていると言えるだろう。表題曲を除いた全ての曲において、骨太なグルーヴが全体をコントロールし、ドリームポップ然とした澄んだサウンドよりもファジーなギターサウンドや肉厚なベースが前面に出た、オールド・ロックテイストの強いサウンドメイクになっていることに、まずは驚かされる。

そうしたオールド・ロック〜ポップ風、とりわけ60年代を意識したアレンジは冒頭からすでに顕著で、1曲目「Born Like」では、ゆったりとしたバックビートと気怠げなヴォーカル、そして壮大なコーラス・セクションの恍惚感のせいか、その持ち前のリバーブをたっぷりかけたサウンドが「サイケデリック」という表現がしっくりくるものに生まれ変わっているのだ。また、作品を通じてオルガンやウッドブロックの音色を随所に取り入れることによって、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』のような印象が生み出されているのも面白く、さらに言えば、本作のサウンドの方向性を最も特徴づけている打楽器や低音部の力強いふくよかさは、元をたどればフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドを真似たものだろう。7曲目の「Like a Drug」にいたっては、おそらく、ザ・ロネッツの「Be My Baby」の構成とアレンジがそのまま下敷きになっていると思われ、筆者も個人的に気に入っている1曲だ。


このように、本作のアレンジやサウンドが60年代カルチャーを念頭に置いたものであることは一目瞭然なのだが、やはり気になるのは、彼女がこのような急激な変化を遂げたきっかけだ。その一つのヒントとなりそうなのが、本作で扱われているトピックである。彼女へのインタビューによれば、本作の制作で念頭に置かれたのは「権力と搾取」についてであり、またその結果をもたらす資本主義にアーティスト自身が巻き込まれていることを彼女自身、憂慮していると語っているのだ。

実はヘイゼルは、シドニーから最初に移り住んだサンフランシスコ(オークランド)を離れ、現在はLAを拠点にしている。言うまでもなく、LAはエンターテイメント産業の一大本拠地であり、こと音楽にいたっては、新譜が待ち遠しい地元出身のハイムはもとより、パフューム・ジーニアスなどこの地を目がけて移ってくるアーティストも現在進行形で増えているなど、いつになく活況を呈していると言える街だ(この辺りは、本稿を皮切りとしたシリーズ《Now Our Minds are in LA》を通じて感じ取ってほしい)。ただそれゆえに、まさに光あれば影ありとも言うべき側面だろうが、産業に都合よく搾取されるばかりの数多のアーティストの姿──おそらく多くのインディー・アーティストはそうだろう──は、他の場所に比べてもいっそう多いことだろう。働けども儲からない人々とともにビバリーヒルズとロデオドライブがあるような街は言ってみれば、資本主義のもたらす格差の象徴にほかならない。だからこそ、“戦前までの階級意識が崩壊した(とされる)、比較的自由で平等な時代”にして、それゆえに“ラディカルなメッセージが多くの規範の変革を生み出した時代”としての60年代は、LAに暮らし始めたヘイゼルの目に、特に理想的に映ったに違いない。

とは言え、本作がその隅々に至るまで60年代の意匠をそっくりそのままトレースしているかと言われると、実はそうでもない。そもそも録音やサウンドそのものは前作の比にならないほどハイファイに作られており、アレンジに関してもこれまでの彼女らしいドリーム・ポップのマナーが前面に現れる部分が多いからだ。だが、むしろそうした現代的なプロダクションが一定程度含まれていることからこそ、今作が懐古趣味によるものではなく、あくまで現代社会に生きる彼女自身の物語であることが伝わってくる。そして同時に、60年代の西海岸への共感こそが、その彼女にとって現代をサバイブするために必要な価値観であることが、いっそう説得力を持つのだ。その意味でも、本作を透徹する60年代のヴァイブスは、単なる焼き直しではないのである。

奇しくも、食い扶持の違いと経済格差によって救われる者 / 救いの届かない者が存在することが日々浮き彫りになる(コロナ禍の)世の中で、彼女が思い描く自由でおおらかな時代の幻影は、いっそう甘美な夢まぼろしとして我々に微笑みかけてくる。はっきりとした未来の見えない今現在の私たちにとっては、そんな過ぎ去った時代への切実なシンパシーが見せる夢もまた、ひと時のカンフル剤になり得るのかもしれない。(井草七海)


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Text By Now Our Minds are in LANami Igusa


Wake UP!

Hazel English

Wake UP!

LABEL: Marathon Artists / Polyvinyl / P-VINE
RELEASE DATE: 2020.04.24

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