またホンデで会おう〜韓国インディ音楽通信〜
第4回 海辺の田舎町から聴こえてくる懐かしいフォーク!?〜韓国インディ・シーンに登場した新鋭、サゴン
本シリーズの前回の記事「2020年下半期ベスト・アルバム10選」では10作のうち5作がギターを抱えて歌うシンガーソングライターの作品だった。ただ、例えばシンプルなギターの弾き語りをベースに時にフレンチポップ的な要素も聴こえるキム・サウォル、サイケデリック且つドリーミーなキム・ドゥットル、スウィング・ジャズからエレクトロ・ポップまでジャンル混交なキム・ジェヒョンがそうだったように、それぞれが単純に「フォーク」という言葉では言い表せない濃いキャラクターを持っているのが魅力的だった。そして年明け2月、また新たな個性溢れるシンガーソングライターが登場し、初のフルアルバムを発表した。そのアーティストの名前は韓国語で「船人」を意味するサゴンだ。本稿では、そのユニークさ、完成度から韓国のインディ・シーンの今年ここまでを代表する一枚といってもいい、素朴で温かな10曲のプロジェクト『optimist』を発表したサゴンの音楽をミニ・インタビューの内容も織り交ぜながら紐解いていく。(取材・文/山本大地)
サゴンのデビューEP『A Careless Fellow』を聴いて、筆者はどこか人里離れた田舎の懐かしい風景に逃避させてくれるような音楽だと思った。例えば「The Cricket Song」での、ギターからバス・ドラムとタンバリン、シンセサイザー、ビーチ・ボーイズばりの美しいコーラスのハーモニーまで、それぞれが一つのムードを作るために調和し合って生まれる幸福感。あるいは「A Careless Fellow」でのスライド・バーを駆使したとろけるようなギター・サウンド、力の抜けたボーカルが誘い込む夢心地的な感覚。どこか牧歌的な雰囲気を纏ったそれは、フリート・フォクシーズのファースト・アルバム『Fleet Foxes』を最初に聴いた時の感覚にも近かった。
サゴン自身も自らの音楽を「牧歌的」という言葉を使って形容するが、彼はそうした音楽の魅力を「音楽にはイメージと匂いがあると思います。わかりやすいメロディとアコースティックな楽器で構成される音楽だけど、その音楽から木が生い茂る森や田舎のイメージが思い浮かび、薪を燃やす匂いがすると思います」と語る。
2019年の2枚目のEP『A Careless Fellow=Sagong』、2020年の4枚のシングルを経て満を持して今年2月に発表された、初のフル・アルバム『optimist』はそれまでの彼の音楽性をさらに追求したような作品だ。サゴンの幼い頃からの友人、ノアム・チョイが収録曲を聴いて思い浮かぶ通りに描いたというアルバム・カバーの、海辺の田舎町のような風景画を見てもイメージ出来るだろう。風の音や鳥の囀りをバックに、アコースティック・ギターとバイオリンが綺麗にシンクロするオープニングの「The Koo Koo Bird」を始め、まるで目の前の風景を切り取り、そこに暮らす人たちのための音楽を奏でているかのようだ。素朴なフォーク音楽がベースにあるが、特定の楽器や歌が主役になるのではなく、それぞれが繊細な音を出し合い、温かく、優しいハーモニーを作り上げる。サゴン自身に作曲・編曲面で影響を受けていると思うアーティストを聞いてみると、ビートルズ、ニック・ドレイクに加えて、スウェーデンのミュージシャン、ミュゼットの名前を挙げてくれた。確かに、サゴンの曲のプロダクションから感じられる、その場の環境に溶け込んでいくようなニューエイジや環境音楽的な感覚は、ミュゼットの独特のドリーミーでアンビエントな音作りに通ずるものがある。(『optimist』収録の「Drape Me In Velvet」はミュゼットの2012年のアルバムからタイトルを借りている!)。
ただ、サゴンの音楽が表象するのは、そうした視覚や聴覚的なイメージだけではない。それらと結びつく、人間の感情や記憶についての歌でもあるし、それこそが楽曲から感じられる温かさや優しさの背景にもあると思う。例えば「Boatman Blues」や「모래성 Sandcastle」といった曲名があったり、いくつかの曲で実際に波の音が聴こえるなど、「海」はサゴン(そもそも「サゴン」は韓国語で「船人」を意味する)というアーティストと切り離せないイメージの一つでもあるが、これには彼が幼少期を過ごした場所とその記憶が関係している。江陵(カンヌン)という韓国の東部の海辺の都市で育った彼に「海」がどういう存在なのか聞くとこう答えてくれた。「東側の都市に住んでいると、海は時に離せない関係にあると思います。幼い時は15分くらい自転車に乗れば海が見えるところに住んでいて、海に遊びに行った記憶がたくさんあります。今は音楽をするためにソウルに住んでいますが、江陵に帰る時にはいつも海に寄ります」。またそのほかの曲でも、去ってしまったおばあさんが着ていたセーターとそこに留まっていたコオロギのことを歌った「The Cricket Song」、“私のノスタルジア、そこに行くよ”と繰り返す「Nostalgia! Nostalgia!」 など、「記憶」や「懐かしさ」をテーマにした歌がいくつかある。
一方でアルバム『optimist』は全体を通して寂しさ、孤独感をテーマにしている。「私は大学を卒業して昨年、音楽活動のためソウルに来ましたが、当時は『これからライヴもたくさんして一生懸命頑張らなきゃ』と思っていました。けれど、コロナによってライヴが次々とキャンセルになり、家にいる時間が増えて自然と憂鬱になって、孤独になったので、そういう曲たちが出来ました。昨年の年初はわくわく感や期待でいっぱいでしたが、年末までに少しずつ憂鬱さ、孤独さが強くなった私の心境の変化を、朝起きてから夜寝るまでの時間の流れをイメージして表現しました」。だが、アルバムのタイトルはそんな彼の心境とは裏腹なポジティブなイメージの単語であることも気にならずにいられなかった。「私は今までずっととてもポジティブな人だったのですが、昨年心境が変化して一瞬で倒れていくような感じがしました。なので、また以前の私に戻ろうという意味でこのアルバム名を付けました」。ラストで“思う存分寂しがって/時が来たら僕たちまた会おう”と歌う「Lonely」は世界の多くの国におけるコロナ禍の状況を連想させながらも、また元の姿に戻ろうと前向きに語りかける。サゴンの歌は、その牧歌的で優しいトーンを通して、過去への恋しさや、寂しさを抱える人の耳を撫でてくれるようだ。
そんなサゴンの音楽は彼自身のコミュニティによって、インディペンデントなスタイルで完成した。一部の楽器以外の演奏、プロデュースやミックスはほぼ全てサゴン自らがこなすが、他の部分でもアルバム・カバーを担当したノアム・チョイ、「M.D.F.A」でデュエットを歌うソン・イェリン、「The Koo Koo Bird」と「turn off the lights.」でバイオリンを弾くカン・イェウン、「Enough」を作詞作曲したジャン・ジェミン、そして一部英語詞を書くのを手伝っているアリョンまで本作に関わった面々は全てサゴンの学生時代の同期、後輩、授業で出会った友人などだ。さらに、サゴンは「ソウル某所階間騒音」なるクルーをジャン・ジェミン、ホンニプという二人の大学時代の同期とともに組んでいる。彼らのことは「音楽的な価値観もよく合い、私が彼らから学ぶことも多いので付いていっている感じです。またどんな音楽的な悩みがあるときも、まず彼らに話します」と話すが、ソウルに上京したからといって実績あるプロデューサーの力に頼るのではなく、古くからの互いをよく知る仲間達の力のみで作品を作り続けた結果が、韓国の音楽シーンで誰とも似ていない独特の音楽性に繋がったのだ。
デビューから約2年が経ったサゴンだが、着実にシーンでの支持を高めている。約3年半ぶりの新曲を今年1月、2月に相次いで発表した人気シンガーソングライター、ヨジョはその2作「Quince Tree」、「Weak People」の作曲・編曲、ギター演奏をいずれもサゴンに委ねた。「『optimist』を制作していた時に、ヨジョさんが私と制作したいと仰っていると連絡を貰いました。ひきこもりミュージシャンにこんな機会がまたいつ来るか分からないと思ったら、ヨジョさんには感謝する気持ちを持たずにはいられません」。初のアルバム『optimist』の発表に、ヨジョとのコラボレーション、サゴンは今まさに韓国インディ音楽シーンで光を浴びているシンガーソングライターなのだ。
──サゴンさんの音楽は牧歌的なサウンドと懐かしさを通して、聴き手を癒していると思います。あなたは自分の歌がどのように聴かれてほしいですか?
サゴン:私自身は誰かを慰めるにはふさわしくない人間だと思うのですが、私の音楽を聴いて慰められたという言葉やメッセージを貰うと、不思議な気持ちになって、その予想外の反応に驚きました。私の音楽を聴いて、聴き手それぞれが自由に想像を膨らませられればいいなと思います。
日頃からライヴのMCでも謙遜するような言葉の多いサゴンだが、そんなキャラクターが音楽にも現れているのかもしれない。歌や特定の楽器が前面に出てきて強いメッセージを発したり派手な音色で主張したりするわけではない。ただ、ドリーミーで心地よいサウンドで聴き手をどこかに誘いながら、人々が持つ感情や物語を優しく、温かく歌う。図らずも、それがサゴンと同じく大都市、ソウルに暮らす人たちの心を、そしてこれからは他の国に暮らす人たちの心も癒してくれるだろう。
Sagong『optimist』
RELEASE DATE:2021.2.19
■連載アーカイヴ
【第3回】Best Korean Indie Albums for The Second Half of 2020
【第2回】朝鮮伝統音楽からジャズ、ファンク、レゲエまで…韓国インディ・シーンのルーツ音楽を更新するバンドたち
【第1回】Best Korean Indie Albums for The First Half of 2020
Text By Daichi Yamamoto