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岸野一之、田畑満、フィリップ・ブロフィの邂逅が生む
危険な音軌道

19 February 2021 | By Shino Okamura

KISHINO TABATA BROPHY(KTB)とは、岸野一之、田畑満、フィリップ・ブロフィによる新プロジェクト。新……と言っても、それぞれにつきあいの長い3者によって自然発生的に起こったスポンティニアスな邂逅になる。ZENI GEVAのリーダーとして圧倒的な影響力を持ち続けつつも、80年代初頭からマルチ・インストゥルメンタリストとして世界規模で活躍する、KK NULLこと岸野。ボアダムスやのいづんずり時代からギタリストとしての才覚を発揮、自身のバンドであるレニングラード・ブルース・マシーンやアシッド・マザーズ・テンプルなど様々な場で活動してきたギタリストの田畑。そして岸野の友人で良き理解者の一人でもある、オーストラリアのドラマー/マルチアーティストのブロフィ……といった曲者たちによって完成されたファースト・アルバム『デンジャラス・オービット』は、岸野が生成したビートやアイデアを軸に、生楽器の音や加工・編集作業を経て複合的な音楽性が自然と抽出された多面的作品だ。複雑だが耳に心地よく、前衛的だがポップでもある。30年以上の仲という岸野と田畑に、二人の出会いから、このプロジェクトのあらまし、EP-4の佐藤薫によるレーベル《φonon》からリリースされたそのファースト・アルバム『デンジャラス・オービッツ』についての話までを聞いた。
(取材・文/岡村詩野)

Interview with Kazuyuki Kishino, Mitsuru Tabata

──そもそもお二人はいつ頃からのおつきあいなのですか?

岸野一之(以下、K):田畑さん、いつでしたっけね? もうかなり昔ですよね?

田畑満(以下、T):そうですね。ZENI GEVAとして一緒に活動するより前からいろいろお互いにやってまして。で、僕が少し後からZENI GEVAに加入して……ですね。

K:年代で言うと1983~4年くらい? 

T:いや、83年だと僕まだ18歳とかなので(笑)。まだ会ってないと思いますよ。だから87年頃ですよ。

K:あ、そうか。そもそも私の方が田畑さんをレニングラード・ブルース・マシーンをライヴで観て、田畑さんのギターに惚れたというか……それがきっかけですよね。とにかく田畑さんのギターは音色が多彩でカラフル。歪んだ音もクリーンなトーンもすごくうまく出していて。当時の若いギタリストってノイジーな音だったりパンクな音だったりって一辺倒だったんですけど、田畑さんはその頃から引き出しが多かったというか。すごく洗練されていて、他の人とは違うなあって思いましたね。音なんだけど、絵画のような彫刻のような……そこでしたね、私が惹かれたのは。

T:いやあ、ありがとうございます。あまり深くは考えてなかったんですよね。特にお手本もなかったし……まあ、ピンク・フロイドを聴いていたのでデヴィッド・ギルモアのギターは好きでしたね。ただ、僕の方こそ、ZENI GEVAに入ってから岸野さんにいろんな音楽を教えてもらって。後追いで色々聴いていました。

K:私としては田畑さんに一種憧れはありましたよ。私にはできないことを彼にはできる……という感じでした。私にないものを彼が持っている、彼がそれを拡張して世界を拡げてくれるというか……。彼に影響をされて感化されるという発想ではなかったかな。お互いに補い合える関係ですね。一緒にやり始めたのはZENI GEVAでした。ZENI GEVAは田畑さんが加入する前から別のメンバーでやっていたんです。ただ、私としては前から田畑さんに目をつけていたというか、一緒にやりたいと思っていたので、それで声をかけて。自然な流れでしたね。

T:もう30年、35年前……すごいですね。

K:こんなに長くやれるとは思ってなかったよね。今は一緒にやるのが当たり前のような……って私の方は勝手にそう思っています。何かあったら田畑さんに頼めばって、頼りにしているんです。だから、今回のプロジェクトも、最初は私とフィリップ・ブロフィとで始めたんですけど、なんか足りないな、足りないな、もう一つ何か欲しいな……って思いがずっとあったんです。そしたらもう田畑さんしかいないって思って、頼んでみたら気持ちよく参加して引き受けてくれて……って感じで出来たんです。私は田畑さんをいつも頼りにしているんですね。私の方が年齢は少し上で、キャリアはほとんど変わらないんですけど。田畑さん、ギターっていつ頃弾き始めました?

T:15歳くらいですかね。

K:ね、私なんて20歳過ぎてからですから。かなりオクテというか。音楽的に言ったら田畑さんの方が先輩だと思いますよ(笑)。

──田畑さんは逆に岸野さんのどのようなところに惹かれますか?

T:やっぱりパワフルなところですね。ギターとかだけじゃなくて、活動に対して前向きに進んでいくところとか、そういうところには惹かれてきましたね。ZENI GEVAに加わる前から岸野さんを観てきてましたけど、そもそもソロで音楽をやるっていうのが僕の中になかった概念だったんで、そういうのも影響受けましたね。グループを作らなくても自分の音楽をやっていけるんだ、というところとかね。まだまだ子供でしたんで。あと、聴いてらっしゃる音楽には影響受けましたね。ずっと先を行ってらしたんで、教えてもらうことばかりで。プログレもそうだし東欧の変拍子を取り入れた音楽だったりトラッドだったり……聴く範囲が広がったというか。現代音楽にしても僕は聴き始めたのは遅かったんですけど、それも岸野さんの影響です。ZENI GEVAに入ってから「これいいよ」って教えてもらうような音楽も、その頃はまだあまりわかってなかったけど、1年くらいしてから「ああ、いいなあ」って気づいたりして。

K:いやあ、でも、それはお互い様でしょう。「こんなの聴いたことある?」みたいなことは誰でもやってることだし、たまたま自分が知らなかったものを教えてもらったりとかって、私が田畑さんから教わったものの中にもたくさんありました。田畑さんから教えてもらって視野が広がって興味が広がったものとしては、例えばマイルス・デイヴィスとか。その頃は聴かず嫌いだったのかな……あまりわかってなかったですね。で、最初は「う~ん……」って感じだったけど、数年後に合点がいくみたいなことはたくさんありました。アフリカ音楽もそう。自分からは進んで聴こうとは思っていなかったけど、田畑さんが聴いてて面白そうだなあって思ったり。

T:そうですか。僕の中ではやっぱりそういう存在は岸野さんなんですけどね。自分の知らなかったものを知っていた人、としては一番その割合が大きかった。アレアに始まり……あとコリンダとかもそうですね。

K:へえ、そう! ZENI GEVAにしても田畑さんのレニングラード・ブルース・マシーンにしても、ロックというジャンルなのかもしれないけど、意外と自分たちはロックを聴かないんですよね。ロック以外のものを聴いたりすることが多いというか。

──岸野さんとフィリップ・ブロフィはどのようにして知り合ったのですか?

K:最初に彼と会ったのは93~4年くらいかな。彼が住んでるメルボルンに最初に行って、そこでライヴをやった時に観にきてくれていて。彼は私をよく知ってくれていたけど、こっちは彼が誰だかわかってない。何をやってる人かもあんまりわかってなかったんです(笑)。それでも、メルボルンに行くたびに一緒に食事をしたりしてました。彼は日本贔屓なので日本の文化とかには私なんかより詳しいんです。彼も毎年のように日本に来てて、来るたびに会ったりもしていたんですけど、そのうちに、彼の方から「一緒にやってみない?」って言ってきて。その時に初めて「あ、彼、ドラムを叩くんだ」ってわかったというか(笑)。もちろん、サブカルチャーについての文章を書いたり、映像を作ったりするマルチプルなアーティストであることはわかっていたんですけど、まさかドラマーだとは思わなかった。あとから知ったんですけど、彼は結構有名なカルト的バンドを70年代か80年代にやってたそうです。それもつい最近まで知らなかったですね(笑)。それならってことで、私からまず土台となるビートを作って彼に送ってみたところ、フィリップが生ドラムを入れて送り返してきたんですよ。「すごいドラマーじゃないか?」ってことになって。もっと早く言ってよ!って感じでしたね(笑)。それが今回のプロジェクトのきっかけだったんです。ほんと、ここ数年の話ですよ。

──もしかすると、フィリップは岸野さんとずっと前から一緒に音を作りたかったのかもしれないですね。

K:やっぱり彼は私の音楽をよく聴いててくれていたようで、会うたびにすごく評価……というか、理解してサポートしてくれてるなってことがわかっていました。だから、今回も彼の方からのアイデアだったんです。岸野の作るビートが面白くて好きだから、そこに合わせてドラムを叩きたいという。完成形は見えてなかったですけど、すごくシンプルで具体的なアイデアでした。

──それに対して岸野さんはまずどういう形でビートを作ったのでしょうか。

K:私の場合はまず音ありきなんですね。言葉とかコンセプトとかイメージとかは後からくるんです。インプロでまず音を出して、後から発見が見えてくる。それは普段と変わらないシチュエイションです。今回もそういうところから始めて、それを素材のままで止めておいてサンプルみたいな形で作っておきました。で、こちらで選んだ20~30曲くらいを彼に送って。すると、律儀に彼はそこにドラムを重ねてきたんですよ。その中のいくつかを田畑さんに送りましたよね?

T:15曲くらいありましたね。あれでも絞っていたんですね。

K:そうです。そこからさらに絞って今回の8曲になったという感じですね。

──一度も一緒にやったことがないプレイヤーと作品を作るということに不安はありませんでしたか?

K:確かに最初、そもそも私はフィリップのドラムをそれまでちゃんと聴いたことなかったんで、あまり彼のイメージを想定せずに作業を始めたんです。でも、自分から「一緒にやりたい」って言うくらいだからそれなりにうまいんだろうなとは思っていましたし、普段の会話の中で出てくる名前とか作品から、「ああ、こういう音楽が好きなんだな」とかっていうのは理解していたので、しょうもないことはしないだろうな、いいドラムを叩くんだろうなとは思っていました(笑)。そういう意味では安心していましたね。あと、作業をしていく中で、同じようなビートではなく、ヴァラエティに富んだいろんなタイプのビートの曲を選んだりはしました。

──フィリップによってドラムをオーバーダブした音源が戻ってきた、その第一印象はいかがでしたか?

K:複雑なんだけどポップだったんですね。このポップさを生かすのか、逆にメチャクチャ凝って、複雑怪奇なものにも行くのか……そこは少し考えました。だけど、せっかくだけどこのポップな方向を生かしたいと思ったんです。アヴァンギャルドなんだけどポップな方向性って私の作品にはあまりないんで、そうなった時に田畑さんがすぐ浮かんだんです。

──さきほど話された、何かが足りない、と思えたのは、ポップな方向性を生かすためのピースだったわけですね。

K:そうです。最初は自分で音を重ねてポップ路線に行こうかと思っていたんですけど、しっくりくるものができなくて。それで田畑さんに甘えてしまったという感じですね。ただ、田畑さんには言葉では何も言いませんでした。ポップ路線でいくともアヴァンギャルドがどうとかとも。もう本当に丸投げというか、好きなようにやって、というような。そのくらい田畑さんを信頼してるんです。しかも、期待以上のものを返してくれる。それが田畑さんがすごいところで。実際、田畑さんが返してくれたものは「うわあ、なにこれ!」って思える嬉しい驚きでした。ZENI GEVAで田畑さんと一緒にやらなくなって5、6年経ちますが、やっぱり彼はすごいな!って。

T:最初に岸野さんが音源を送ってくれた時期というのが、割と僕が忙しくて。本当に聴くだけしかできてなかったんです。で、去年、コロナウィルスで僕もライヴとかがなくなって時間ができたので、とりあえず録ってみようかなって、まず軽くやってみたんです。で、それを岸野さんに戻してみたら、「この感じでいい」ってことになって。たまたま聴いていて浮かんできたことをやっただけだったんですけどね。うまいこといってよかったです。岸野さんが最初からこういうのを求めてるみたいなことも、なんとなくわかるんですね。こっちもこういうのが合うんじゃないかな?っていうのがわかる。もう長いこと……ZENI GEVAの時から、最初の曲のスケッチに対して自分が曲をどうやって弾くのか? みたいなことを考えて弾いていたので、特に何も言われなくても、あまり考えなくてもわかるというか。なので、パッと聴いて弾いたものをそのまま岸野さんに返した感じでしたね。ただ、リズム的にわかりやすそうなものから手をつけました。

K:私も田畑さんもコンセプトとかを考えたりしないで、自然と体が動いてやっていくって感じだよね。脳も含めて五感をフリーに動かして手探りして……で、一旦出来上がってからあとから手を加えていく感じ。

T:まったくその通りですね。

K:ただ、今回は私とフィリップのやったことは手を加えてないんです。田畑さんのギターだけ、何トラックかに別れていたものを私の方で切り貼りしたり加工したりはしました。そうやってイメージに合わせていきました。だから、最初の録ったものと全然違うものになったりもして……それがまた面白かったですね。田畑さんのギターが1トラックしかなかったものをいくつかに分けて左右に振ってみたりとかもしました。そのあたりは私の作業でした。フィリップにも確認せずに勝手に進めていったので、8曲目なんかは私のソロみたいになっちゃいました(笑)。

T:弾いたあとはもう岸野さんが全部仕上げてくれて……ただ1曲だけ、この曲をもう少し長くしたいから長めに弾いて、と言われたことがあったくらいですね。

K:ああ、「Sunrise On Pluto」ね。あれはもともと3~4分くらいの曲だったんだよね。あれを最初SoundCloudにあげたら、それを聴いた人から「もっと長く聴きたい!」って声があったんです。確かにちょっと尻切れとんぼみたいになっていたので、長めにしようかなと思って。で、田畑さんにこの路線でもう少し長いギターを弾いてくれないか、と頼んだことはありました。で、その「Sunrise On Pluto」が出来たことでアルバムの最初のイメージができてきたというのはあります。もともと自分の素質として、曲単位ではなく、アルバム単位で作品を作っていくタイプなんですね。で、「Sunrise On Pluto」ができた時に、見えてきたというか。アルバムの最後にも「Sunrise On Pluto and Beyond」というリプライズを入れて。で、その間はヴァラエティ豊かな……アップダウンのない平坦な構成はつまらないので、飽きないような構成にしていく……そんな感じで仕上げました。曲の長さや雰囲気をバランスよく配置した感じです。トータルで聴いた時に心地よく聴いてもらえるようにと。



──結果、非常にポップですが、現代的な作品に仕上がりました。ポイントになったのはどういう部分、作業だったと思いますか?

K:やっぱり田畑さんのギターが大きかったんじゃないかな。私とフィリップだけで作った段階では、言ってみれば色がついてなかった感じだったと思うんです。それに色をつけてくれたのが田畑さんだった。田畑さんがすごく多彩なギターを加えてくれたおかげで、楽曲の最終的な方向性も決まったし、その先に音作りも決まっていきました。田畑さんは本当にすごく重要な役割を果たしてくれたと思います。

T:ありがとうございます。別段、大変だった作業もなくて……まあ、途中からギターだけじゃなく、ソフトウェア音源を使ってみたりもしたんです。あと、BPMがわからなかったので、スマホでタップすればBPMがわかるアプリとかを使ったりもして(笑)。でも、本当にそれくらいで、やっててとにかく楽しかったんで、気がついたら何時間も弾いてたって感じでした。

K:私もすごく楽しかった。

T:またやりたいです、ぜひ!

K:続きを、ね。

T:で、なんでこんなに楽しかったのかって考えたんですけど、僕はホームレコーディング的な形式でのコラボレーションの経験がそんなになかったんですね。だから、あ、これは面白いもんだなって思って。ずっと僕はバンド生活が長かったもんだから、家での作業もやっと機材のノウハウがわかってきたようなところがあるんですよね。これでいろいろできるなって。

K:今はテクノロジーのおかげで一人でいろいろできるしね。ありがたい時代だよね。

T:岸野さんは前からそうやって一人で作品を家で作ってましたもんね。僕は、でも、コロナによってかなり生活が変わったんです。ずっとライヴをやってきてたけれど、コロナでそれがなくなり家にいるしかできなくなって。でも、逆にこういう自宅での作業に集中できる時間ができたことが面白いというか。こういうことをあんまり言うと不謹慎ですけども。今までって、声をかけられたらライヴやる、みたいなことが多かったし、ライヴはライヴで基本インプロでやってきたわけですけど、でも、そういうのから一旦離れて、作り上げていく作業ができて、こういうのはすごくいいなあって思いますね。今回のこのプロジェクトをやらせてもらえたのもそれはすごく大きかったですね。

K:そうか、コロナでね。録音するといっても、スタジオに入ってアナログの機材にケーブル突っ込んでやる作業だったわけだからね。でも、田畑さんがそういう現場でずっとやってきたことが今回のプロジェクトのアルバムに生かされてると思うんです。田畑さん、ギターをアナログで録音してるでしょ? ジーって音とかカチッて音とかがそのまま入ってる。それがすごい新鮮だったね。曲をまとめている作業中に、「あれ、なんだこのノイズ……あ、ギターか!」って気づいたりして、エフェクトを踏んだ時の歪んだ感じとかも「ああ、いいじゃん、このままにしとこう」って。久々に味わった感覚でしたね。デジタル一辺倒のクリーンな音じゃなくて、ギターのノイズが入っていることがすごく面白かった。再発見でしたね。

T:岸野さん、コロナになってから何か変わったりしたんですか?

K:いや、やっぱりライヴは全くなくなったわけだから変わりましたよ。もともと私は日本より海外でライヴに呼ばれることが多かったんだけど、2020年は海外ライヴの予定も全部キャンセルか無期延期になりました。もともとあまり家を出ない方だったんですけど、自分の意志と関係なく、生身の人と接することも全くなくなって。ただ、「どうしてもライヴやりたい!」って気持ちが若い頃に比べるとなくなってきている。歳をとったってことなのかもしれないけど(笑)。それこそ田畑さんと一緒にZENI GEVAやってた頃は、ライヴ・ファーストじゃないけど、わめいてツバ飛ばして……って感じだったし、そうやって外で演奏することを30年くらい続けてきていたんだけど、今は本当に全くライヴがない。ただ、まあ、コロナの前からちょっとずつ気持ちも変化してきていたんです。ライヴでは自分の思うような音を出せないなと思い始めていたし、ライヴやるなら音響設備のちゃんとしたところでやりたいって思っていたし。そういう意味では、ライヴがなくなったことが決定的に困ったことになったわけではなかったですね。でも、コロナ以降、オンラインでのライヴ配信って増えてるじゃないですか。私のところにもそういうオファーがあったりするんですよ。でも、全然興味なくて。自宅でパソコンのスピーカーで聴いても、それ、ライヴじゃないでしょ?って思ってしまう。ライヴはちゃんと会場で体全体で感じて……っていうものだと思うし。だから、今は配信ライヴはお断りしているんです。僕自身、他のアーティストのライヴ配信も観ないですね。田畑さんはやってるよね、配信ライヴ。

T:呼ばれたライヴが配信でやってる、というのはありますね。ただ、あとからそれを聴いたら、やっぱりショボいな~って思ったりしますね。会場によっても音が違いますしね。まあ、僕がそういう配信ライヴを観るときには、インターフェイスで繋いでスピーカーからちゃんと聴くようにしてますけど、多くの人はスマホとかできっと聴いてますよね。

K:スマホで観るっていうのはね……。それで思い出したんだけど、去年、アメリカのあるフェスティヴァルからのオファーで、私のライヴ映像にコンピューターグラフィックを重ねて、それを会場で流してお客さんが観る、という企画があったんです。それは面白そうだなと思ってやる気満々だったんですけど、コロナのおかげでなくなってしまって……残念でしたね。例え映像でもお客さんが大きなスピーカーで現場で観られるなら全然アリかなとは思いますけどね。このプロジェクトでもライヴやってみたいんですよね。フィリップもやる気あるみたいだし。やるならメルボルンと東京でやろうよって言ってたし。まあ、でも、この現状だと実現できるかわからないんですよね……。

T:やれたらいいですよね。僕、フィリップに会ったことないですし。

K:え、なかったっけ?! 覚えてないだけじゃないの?(笑)

T:かもしれないですけど(笑)。でも、少なくとも一緒にライヴをやったことはないですよ。

K:フィリップはデザイナーでもあるから、今回のジャケットのデザインもフィリップがやってくれたんです。これ、実はKGB(ソ連国家保安委員会)のマークのパロディで。マークのデザインだけじゃなく、ロシア語で「G」に相当する文字(「Г」)が英語の「T」に似てるんで、そこからこのデザインを思いついたみたい。そういうセンスも面白いですよね。そんなことも考えたら、ぜひまた続きを作りたいです。昨日、まさにこのアルバムのCDが手元に届いて聴いていたんですけど、今聴くと「あ、こここうしておけばよかった」「これを入れたかったな」って思っちゃって(笑)。もちろんこれはこれで完成されてていいんですけど、また新しいアイデアが浮かんできて。ヴォーカル入れたら面白いんじゃないかなとか。

T:あ、ヴォーカル入れるのいいですね!

──岸野さん自ら歌うと。

K:いや、私が歌うじゃなくて、ヴォーカルは女性じゃなくちゃ……って。まあ、私個人の希望ですけど。

T:え、岸野さんが歌うんじゃないんですか?

K:いやいや。私、女性ヴォーカルが大好きなんですよ。最近だとFKAツィッグスとかね。今回のアルバムの7曲目の「Unholy Pain」とか、FKAが歌ってくれたらなあって願望があって。これも田畑さんのギターによってすごく変わった曲だったんですよね。まさかこういう曲になるとは思ってなかったって曲なんです。フィリップもその時点で「これはブルーズだね」って言ってました。で、田畑さんのギターが入った時点で、すぐFKAが思い浮かびました。それこそ30年くらい前から女性ヴォーカルを入れた作品を作りたいって、そういう願望があるんですよ。次はそういうことも視野に入れてやってみたいですね。

<了>


KISHINO TABATA BROPHY

デンジャラス・オービッツ

LABEL : φonon
RELEASE DATE : 2021.02.19


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Text By Shino Okamura

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