アジア・レペゼンの現在を伝えるタイと日本の刺激的な連帯
Juuが語る自身の生い立ち、そしてタイの今
もしかすると、今ほど新旧さまざまなアジアの音楽が注目され、その多様な作品、アーティストが広く聴かれている時代も過去になかったのではないかと思う。いや、過去にもちょっとしたアジア・ブームがあっただろう。だが、現在は一過性のブームなどではないと断言できる。海外の音楽という特別な意識ではなく、同じアジア・レペゼンとしての連帯感に近い本能が、日本の多くのリスナーたちをオープンにさせているだろうことは想像に難くなく、日本のミュージシャンたちが気軽に東〜東南アジアにツアーに出たり、逆に現地のバンドが当たり前のように日本にやってくるオープンな状況もまた、彼の地の豊かで多彩な音楽を自然と伝えてくれるようになっているからである。……というような前説を書かなくてすむようになることも、おそらくそう遠い日のことではないだろう。
中でもタイの音楽シーンは格別の面白さがある。ここに紹介するJuuはタイのヒップホップ・シーンの中でもとりわけ信頼されている重要人物だ。これまで、フィジカルでのリリースこそなかったが、YouTubeで発表された音源の枠組みを超えたユニークな音作り、ラップはタイ云々関係なく世界規模で見ても明らかに異形。ルークトゥンなど伝統的なタイの大衆音楽、コンテンポラリーなヒップホップやレゲエ、あるいはアニメやゲームから影響を受けた感覚など、彼のアンテナに引っかかるカルチャーを無邪気に引き寄せてしまう求心力を武器に、英語・タイ語・日本語・甲州弁を自在に組み合わせながら独自のタイム感で柔軟にトラックに乗せてしまうフロウは強烈に刺激的だ。そんなJuuが彼の弟子でもあるG. Jeeと組んでリリースしたのが『ニュー・ルークトゥン』である。
いや、この作品で「組んでいる」のはG. Jeeだけではない。ここには多くの日本人ラッパー、ヒップホップ・アーティストが共同制作者として関わっている。具体的には、stillichimiya/OMKのYoung-Gが音頭をとって2年前に制作を開始。そのYoung-Gがほとんどの曲のトラックを担当、そのうちの多くの曲でJuuとG. Jeeが複数の言語を交えてラップする、というスタイルで完成された。stillichimiyaの面々や鎮座DOPENESSらも参加したこの『ニュー・ルークトゥン』というアルバムは、Juuにとって初めてのフィジカル作品であると同時に、彼らとリリース・レーベルでもあるエム・レコードのスタッフを含めた日本の全員で作り上げた共同作業作品と言ってもいいだろう。臭い言い方が許されるなら、国境を超えて互いに息吹を送り合う関係の彼らのフレンドシップによる賜物ということでもある。
そこで、TURNでは2週に渡ってこの作品の魅力を紐解いていく。まず今回はJuuのインタビュー。彼の生い立ち、音楽体験、タイに暮らす者としての誇りや野望、そしてもちろんYoung-Gや日本の仲間への圧倒的な信頼の言葉をたっぷりと話してくれたので余すところなく紹介しようと思う。(取材・文/岡村詩野)
Interview with Juu
——Juuさんはバンコクの旧市街の出身だそうですが、どういう環境で育ったのですか?
Juu(以下、J):僕は1980年代生まれ。生まれた場所はバンカピ区クローンチャン。2〜3回引っ越したあと、パタヤーに移った。パタヤーに1年ぐらい住んでからトンブリーにある祖父の家に引っ越しました。僕が住んでいる場所はウォンウェンヤイの近くでウォンウェンレック・サパーンプットというところです(※ジュウさんは数年前にコーンケーンに移住しているが実家はサパーンプットにある)。僕がこの周辺に引っ越して来たのは小学4-5年のときで、パッタナーという小学校に通っていました(※「パッタナー」はタイ語で「発展」「改革」の意。タイの音楽プロデューサー達が好んで使う重要ワードでもある)。
ちょうど、その頃、ラップが流行り始めたというのもあってこの頃に音楽に興味を持つようになりました。当時、タイではロックが一番流行っていたと思います。特にロックが好きな音楽家の父が僕にギターを買ってくれて、ギターの練習を始めました。父がいつもかけてくれたロックの曲をお手本にしました。父からの影響は大きいと思う。母は商売をやっていて、商売上手な人ですが、アートが好きで娯楽も好き。それに仏教に関しても詳しい。僕は父と母に多くのことを学びました。そして、父と母は僕の一番の味方で何でも応援してくれます。何を始めようとしても応援してくれてアドバイスをくれる。僕が小さい頃過ごした周辺はソーイ(※小径、ストリート)がたくさんあって、市場やお店がたくさんあります。タイ人の街、イスラム教の人たちの街、中華系の人たちの街などが集まったところで非常ににぎやかです。この周辺に友達がたくさん住んでいて、ロックバンドを組んだり、ラップ曲をかけてダンスしたりもしましたね。ラップとロックのおかげで僕が音楽に興味を持つようになって、本格的に勉強したり、調べたりして、様々なジャンルの音楽と出会うきっかけを持ちました。
――現地のルークトゥンやモーラムといったタイの伝統的な音楽と、ヒップホップ、ロック、R&Bといったコンテンポラリーな音楽……それぞれどのような感覚で接してきたのでしょうか?
J:僕は様々なジャンルの音楽を聴くのが好きです。タイの伝統音楽は、タイで暮らしていれば日常的に耳に入るでしょう。偶然に良い曲と出会えたことは何回もありますね。旅先で偶然耳にして良いな~と思った曲があって、誰の曲なのかを人に尋ねに行ったこともありますよ。知り合いの紹介で出会った良い曲もたくさんあります。気に入ったら、基本的にはその曲を勉強し調べます。同じようなスタイルの曲のアーティストは他にいないかとか。洋楽にも影響は受けました。昔、タイには《タワーレコード》あって、僕はここで良い曲とたくさん出会いました。何時間も長居したものです。小さい頃はそこで働くことが夢だったし、楽園みたいだった。僕にとっては新しい音楽でも古い音楽でも変わらない。古い音楽でも出会えていなければ自分にとっては新しい音楽になるわけだから。僕にとって古い音楽と新しい音楽の混ざり合いは特別な存在です。時間にとらわれない自由さは魅力的だと感じます。
――あなたはタイ語、英語、クメール語、日本語などでラップしていますが、それらの言語は日常生活の中で身につけたのでしょうか。多言語でラップできることの強み、醍醐味はどういうところにあると考えますか?
J:今回のアルバム『ニュー・ルークトゥン』に着手する前、僕はアジア各国の言葉や伝統音楽をそれなりに勉強してきました。興味を持つようになったのは、これら言語の持つそれぞれの個性に魅力されたからです。そして、自分らしさを表現できると思ったからです。
――では、あなたの現在の音楽スタイルはそこからどのような経緯で形成されていったのか、自分独自のスタイルができあがるまでのプロセスをおしえてください。
J:僕の音楽はフィーリングでできたものです。ルールがない。内容の詰まった曲もあれば内容のない曲もあるけど、全体には現実的なシリアスさはある。もちろん、気分を良くしてくることが基本ですが。制作のプロセスで一番大事なのは始めることだと思う。上手くスタートができれば、自然と良い結果が出せる。現在でもまだスタイルは完成していません。変わり続けている。人間の気持ちや考えはずっと変わると思う。同じことをいつまでやるか、いつまでできるかはまた別だし。時間や世の中の流れに左右されるように感じます。
――ただ、あなたの作品は動画サイトでしかなかなか聴くことができません。経済的な問題以外に、何か意味、狙い、哲学などがあるのでしょうか?
J:僕は曲に重点を置いたからだと思う。どうしても曲を聴いてもらいたいから、一番簡単な方法であるYouTubeを選んだ。昔は今と違って、曲は誰でもこうやって簡単に聴けるものではなかった。僕にとって、テープ、CD、ヴァイナルはやはりクラシックですよ。Youtubeと違ってちゃんとした形で残るし。でも、Youtubeはこれらの最新版的な音楽ツールです。将来にはもっとすごいツールがでてくると思う。
Juuとともにヴォーカルで参加しているG. Jee
"僕にとっては新しい音楽でも古い音楽でも変わらない。古い音楽でも出会えていなければ自分にとっては新しい音楽になるわけだから。僕にとって古い音楽と新しい音楽の混ざり合いは特別な存在です"
――あなたの作品を聴いていると、もはや音楽という範疇を超えて、タイでの生活そのものだと感じます。でも一方で、エンターテインメントとしてクオリティの高いものであることもわかります。あなた自身は、音楽を制作、パフォームすることはどのような感覚に近いと考えていますか?
J:僕の曲には大体メッセージが隠されています。多くの曲はシリアスではあるけど、放心的なんだよね。僕はこの世の中のみんなと同じく良いことも悪いことも経験してきた。だから、経験してきた事をみんなに伝えたいと思う。あまりにもひどい経験でも自分のリマインダーとして残したいし、他人に役に立てたらとも思うけど、やはり良いと思える一部しか曲に取り入れない。覚えておきたくない、落ち込ませる部分は切り捨てる。友情は僕の支えなんです。
――では、ラッパーとしてあなたが影響を受けたのはどういうアーティストですか? また、オリジナルなラッパーとして意識している感覚、インスピレーションの源泉はどういうところにあると思っていますか?
J:国内外の様々なジャンルの音楽のアーティストから影響を受けています。考えまで影響を受けたのはボブ・マーリィ。彼の曲には考え方やパワーが隠されていて、ただの曲以上のものなんだよね。Stephen Davisの『Bob Marley: Conauering Lion of Reggae』という本を読んだあと、より自分のことを知りたいと思いました。僕の音楽のインスピレーションの源は、世界の人々に異なるサウンドを聴いてほしいと思っているということ。なるべく自由を感じさせてくる曲に仕上げるようにしている。OMKのみんなやエム・レコードの江村さんと出会えたことに誇りに思っています。また、アジア・サウンドを個性的にアップデートしてプレゼンしていることも誇りに思っている。
――今、日本ではこれまで以上に多くのリスナーがタイの音楽に興味を持つようになっています。と同時に、タイを含めたアジア各国の音楽の現在を見据えて、その魅力を感じ始めています。あなたからみて、今のタイの音楽シーンの魅力はどこにあると感じますか?
J:メジャーな音楽に飽きた人が多いと思う。だから、アジアっぽいサウンドに興味を持つ人が増えたんじゃないかな。アジアらしさをプレゼンしたいアーティストも増えた。なかなかおもしろい感じになっている。
――となると、今後、アジアの音楽全体における連帯感というのはより生まれてくると?
J:もちろん生まれてくると思います。僕は友情や音楽の力を信じている。
――歳上を敬う社会であるタイの音楽業界には師匠・弟子の伝統があるというのも大変興味深く、今回一緒にやっているG. JeeさんはJuuさんの弟子ですよね。では、Juuさんの師匠に当たる方はどういう方なのでしょうか? また、このように世代が連なって伝統の重んじていいくことによって、どのような影響がもたらされていると思いますか。
J:年長者を敬う文化は良い文化だと思いますが、なぜ尊敬しなければならないのかをお互い理解し合うとより良い関係を築けると思います。年上の者が年下の考えを尊重して、年下がその配慮について気付くことができたら、敬うことの本当の目標が達成する。僕はいつも仲間に、年齢は関係ない、精神年齢のほうが大事だと言っている。現在、バンコクにはそれなりにラッパー、ストリート・ミュージシャンがいると思う。勉強中、研究中の人も多いと思う。今後も増えると思う。だから注目しておいたほうがいい。僕もそうしている。
――バンコクで生演奏ができる場はどのくらいありますか? また、自由に路上や町中のオープンな場所で演奏することに対して、行政は寛容ですか?
J:生演奏は大体パブ、バー、音楽フェスで行われています。公の場での生演奏は行政に許可を得る必要ありますが、路上ライブは迷惑でなければ割と気楽にできると思いますね。でも、周りへの配慮は大事だね。将来的にはアーティストのニーズに応えられる小さなライヴ・ハウスがたくさん出来てほしい。
――さて、今回のアルバムはあなたとG.Jeeがツイン・ヴォーカルで歌われているものが多いようですが、鎮座DOPENESSやstillichimiya界隈の日本人アーティストが多数関わっています。制作のプロセスはどのように進めたのでしょうか? 詳しくおしえてください。
J:Young-Gさんがこのアルバムのサウンド(※ベーシックトラック)を制作したことがこのアルバムの始まり。制作のプロセスは本当楽しかった。Young-Gさんに聞いたほうが細かい話が聞けると思いますよ(※次週、Young-Gのインタビューを掲載予定)。Young-Gさんと出会った後、彼は僕にこのアルバムのサウンドを送ってくれて、僕とG.JeeはYoung-Gさんのフィーリングを理解するまで何回もサウンドを聞いた後で詞を書きました。出来上がったデモをYoung-Gさんに送って、ショーで日本に呼ばれた時に一緒にスタジオでヴォーカル録りしました。Young-Gさん、stillichimiya、鎮座DOPENESSさん達と。僕はいちリスナーとして彼らの曲が好きだから、一緒に仕事が出来て非常に光栄でした。その後いろいろと手掛けてくれたSoi48、OMK、江村さんのおかげでこのアルバムが完成しました。みんなにとても感謝しています。今の流れで最初に出会ったのはショウタさん(※空族、OMK、エム・レコードを影で支えるサポーター。愛称「金ちゃん」)。ショウタさんの紹介でYoung-Gさんや他の仲間と出会えた。2017年の10月だったと思います。僕は日本のカルチャーに影響されて育ったと言っても過言ではないでしょう。音楽やマンガ、テレビ番組、料理、歴史、文化などです。だから、日本人ラッパーならではの魅力と聞かれると答えるのが難しいいですね。強いて言えば、日本人のアーティストは繊細で作品の制作への集中力もすごいから、出来上がった作品はすばらしいです。
――では、あなたは誰もやっていない、何か新しい音楽を創作、表現している自覚がありますか? それとも、伝統を受け継ぎながらアップデートするような作業をしている自覚の方が強いのでしょうか?
J:同じようなことをやっている人がいるかどうかは正直自信がない。いるとは思いますが、時期と立場は違うかもしれない。これらのサウンドが消えてほしくないという思いは一緒だと思う。将来、僕の作品の良さに気づいてもらえて、さらにアップデートしてもらえたら嬉しいな。最後に、この取材をしてくれた『Turn』に感謝の気持ちを伝えたいです。仲間のみんなが自分のそれぞれの道で成功してほしいと思う。
JuuとG. Jee
■EM Records内アーティスト情報
http://emrecords.shop-pro.jp/?pid=143437948
関連記事
【INTERVIEW】
日本でヒップホップをやることはタイからみたら一種のルークトゥン〜Young-Gが魅了された一過性のブームでは掬いきれないタイの音楽の魅力とは?
http://turntokyo.com/features/juu-young-g-2/
Text By Shino Okamura
Juu & G Jee
New Luk Thung/ニュー・ルークトゥン (นิวลูกทุ่ง)
Release Date: 2019.07.27
Label: EM Records