Back

《Now Our Minds Are in LA #8》
スローソンの丘から
—LAの異なる顔を示すジェネイ・アイコの音楽—

16 March 2021 | By Sho Okuda / Now Our Minds are in LA

米国カリフォルニア州ロサンゼルス——その地名を聞いて一般に人々がイメージするものは何だろうか? コロナ以前に年間約5000万人もの観光客が訪れていた同市に多くの人々が期待するものといえば、燦々と降り注ぐ陽射し、人々がサーフィンやスケートボードに興じるビーチ、世界の映画産業の中心地=ハリウッド、そして陽気な人々……そんなところだろう。その一方で、コンテンポラリーなブラック・ミュージックのリスナーにとって、その地はギャングスタ・ラップと不可分でもある。コンプトン、ロングビーチ、ワッツ、イングルウッドを含む広義でのLAは、古くはN.W.Aに始まり、スヌープ・ドッグやザ・ドッグ・パウンド、ザ・ゲーム、YGなど、数々のギャングスタ・ラッパーを輩出してきた。

故2パックは「To Live & Die In L.A.」で、LAにあるギャング抗争の内実を知らず美しい写真を求めてくる人々を“Thinkin’ Cali just fun and b*tches”(カリフォルニアといえば楽しいこととビ○チばかりだと思ってやがる)と揶揄していた。その歴史にリスペクトを捧げる熱心なファンであればあるほど、LAを身近な場所としてイメージすることは意外に難しい。コンプトンのLueders ParkやワッツのWatts Towersに〈聖地巡礼〉した筆者とて、心の距離を完全に埋められたわけではない。しかし、そのような禍々しいLA像や、一般に人々がイメージするきらびやかなLA像のみを根拠に、尻込みする必要はない。自身の音楽をもって、年間5000万人が訪れる観光地とはまた違ったLAの顔を見せつつ、ギャングスタ・ラップの聖地たるLAと我々の距離を埋めてくれるシンガーソングライターがいるのだ。

サンタモニカとコンプトンのおよそ中間地点に、スローソン・アヴェニューとオーバーヒル・ドライブの交差点は位置する。2021年のグラミー賞で最優秀アルバム賞を含む複数部門にノミネートされたシンガーソングライター=ジェネイ・アイコが“Slauson Hills”と呼ぶこの地域は、彼女が自らを形作ったと認める場所だ。同じスローソンの通る、例えばクレンショー・ブルヴァードとの交差点には故ニプシー・ハッスルのアパレル店=The Marathon Clothingが位置するが、Slauson Hillsはそことはまた違った趣をたたえる。ヘアサロンの前を歩いていて店内のスタイリストと目が合うと、にっこりと微笑みかけてくれる。ジム帰りと思しきレギンス一枚にTシャツ姿の女性たちが食料品店に出入りする。オーバーヒル沿いを南に向かって歩けば、閑静な住宅街だ。

生粋のLAっ子であるジェネイは、1988年3月16日に同市に生まれ、B2Kの楽曲にヴォーカルで参加するなど、早くから音楽業界に身を置いてきた。あるレコード会社の重役から自らを売り出すようにと言われたことで、逆に決して自分を〈売る〉ことはしないと決意したアイコは、学業や出産に伴うブランクを挟み、2011年の誕生日にミックステープ『Sailing Soul(s)』で再出発を果たす(参考)。先週ようやく各種ストリーミング・サービスでも解禁された同作収録曲のうち、例えばミゲルとグッチ・メインを客演に迎えた「Hoe」は、自分に正直でいることを誓った彼女の表現力が光る一曲だ。一夜の出会いにおいて積極的な姿勢を見せることへの戸惑いをテーマにした同曲の舞台は、ハウス・パーティーだろうか? サンタモニカやハリウッドの持つきらびやかさとは別の、LAに暮らす一人の女性の心情がそこにある。

どんな曲もドライブしながら聴けることを意識して制作しているというアイコの音楽は、間違いなくLAを体現するものであり、なかでもSlauson Hillsのチルなヴァイブに満ちている。デビュー・アルバム『Souled Out』(2014年)収録の、「なぜ笑わないの?」と優しく背中を押す「W.A.Y.S.」は、その丘に吹くそよ風を思わせる。その一方で、ギャングスタ・ラップへのシャウトアウトも忘れてはいない。交際相手を激しく謗る『Trip』(2017年)収録の「Never Call Me」は、そのアティチュードからしてギャングスタ・ラップ的であるが、同曲のために用意されたミュージック・ビデオにも要注目だ。2つあるMVのうち1つは“Slauson Hills Edition”と題されており、Slauson Super Mallをはじめとしたアイコゆかりの地を映し出すとともに、客演のクラプトらが地元のOGとしてカメオ出演している。

ちなみに、必ずしも一貫性のない異なるテーマの楽曲を作れるのは、LAのOGともいえる2パックの影響であることにも言及しておきたい。このことは本人もインタビューで認めており、彼のおかげで矛盾を抱える人間として、恐れずに自らの違った側面も楽曲で表現できるようになったのだと明かしている。「Spotless Mind」で「変わることにすっかり慣れてしまった」「私はクレイジーなの」と歌う彼女に、その片鱗が感じられよう。

最新作『Chilombo』の制作にあたり、アイコはLAを飛び出し、自らのルーツを求めてハワイへと渡った。昔は身体醜形障害を抱えていて自分の顔を写真で見ることもできなかったという意外な過去を明かす彼女にとって、顔を大写しにしたアルバムのカバー・アートは新境地ともいえるが、このアートワークほどにアルバムの内実を語るものはない。サウンドボウルをふんだんに用いた同作は、怒りや失望、悲しみ、そして慈愛といったアイコを構成する様々な要素に満ちており、本人がこれまでで最も自分自身を表現できたと語る自信作だ。

ハワイへの旅を終えたアイコが戻ってくるのは、やはりLAだ。通常盤の最終曲「Party For Me」のリリックに登場するSimply Wholesomeは、Slauson Hillsにある食料品店兼飲食店である。“No new friends”という言葉に象徴されるように、新しい仲間を歓迎しないことが、コンテンポラリーなブラック・ミュージック、特にラップ業界においては通念だ。しかし、アイコの音楽は違う。直接知らない人でもパーティーには大歓迎、青いカップに日本酒をなみなみと注いで乾杯しようと呼びかける。それでも2ヴァース目ではニプシーの「Dedication」におけるフロウを模し、やはりギャングスタ・ラップのメッカたるLAへのトリビュートを忘れない。

コロナ禍明けのLAに、我々リスナーは誘われているのかもしれない。窓ガラス越しにスタイリストが微笑みかけてくれるSlauson Hillsは、アイコの音楽に共鳴する人であれば、きっと誰でも歓迎してくれるだろう。青いカップを持って駆けつけよう。もちろん、Simply Wholesomeでの買い出しも忘れずに。(奧田翔)


関連記事
【REVIEW】
Jhené Aiko『Chilombo』
http://turntokyo.com/reviews/chilombo/

Text By Sho OkudaNow Our Minds are in LA

1 2 3 30