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サンダーキャット進化論ーー超絶技巧を持ったベーシストからトータリティのある表現者へ

05 July 2017 | By Tetsuya Sakamoto

確かにサンダーキャットは「俺にとってはベースが第一だ」と断言するように、ジャコ・パストリアスのように自分の音をひたすらに追い求めるベーシストである。彼の楽曲にみられるハーモニクス奏法を生かした繊細なメロディやライヴにおいて異常に速いパッセージにもかかわらず、一音一音が正確に力強く刻まれるベース・プレイは、彼が卓越したベーシストであることを我々に理解させるだろう。だが、最新作の『ドランク』において彼は、自分のベースによる音が楽曲を良くするものであることを理解しつつも、決してそれに固執することなく、作曲やサウンド・プロデュースに目を向けることで、自らの表現の拡張を試みたように思える。また、『ドランク』にケンドリック・ラマーやウィズ・カリファ、ファレル・ウイリアムス、さらにはケニー・ロギンスやマイケル・マクドナルドが参加していることからもわかるように、彼の作品には多彩なゲスト・ミュージシャンが参加することが多い。それは彼の人脈の広さを示すものでもあるが、特に今作ではそういった様々な人々との交錯、そしてそこから生じる化学反応を楽しんでいるように感じられるのだ。サンダーキャットは今、超絶技巧を持ったベーシストからさらに一皮むけて、トータリティのある表現者へ進化しようとしている。(取材/文:坂本哲哉)

Interview with Thundercat

ーー私が最新作『ドランク』を聴いたり、ライヴをみたりして感じたのは、あなたのコンポーザー、ヴォーカリスト、パフォーマー、サウンド・プロデューサー、アレンジャー、時には人と人とをつなぐ媒介人…といういくつかあなたが持っているチャンネルはすべて《総合表現者》という一つの根元から発信されているということでした。あなたは単なるミュージシャンではなく、トータリティのある表現者であることであるように思います。まず、そうしたいくつものチャンネルがあなたにあるという事実、これについてはどのように自覚しているのでしょうか? チャンネルの切り替えは意識的にやっていますか? それとも自動的に切り替えられているのでしょうか?

Thundercat(以下T):自覚としてはそういうチャンネルの切り替えは意識はあったりなかったりするよ。ときどき自覚もするけれど、そういうチャンネルってのは切り替わったり、捻れたり、伸びたりする……形を変えるものだから、自覚がなかったり意識があったりするときもあるんだ。

ーーなるほど。ではいくつかのチャンネルについてうかがいたいと思います。まずコンポーザーという側面ですが、あなたはこの『ドランク』をリリースする前の2015年に、「ザ・ビヨンド/ ホエア・ザ・ジャイアンツ・ローム」というEPをリリースしています。このEPはハービー・ハンコックの参加で話題となりましたが、そこでの最大の魅力はあなたのコンポーザー、アレンジャーとしての進化だったように思います。その一方であなたは2015年にはケンドリック・ラマー、フライング・ロータス、カマシ・ワシントンなどのアルバムにも参加しています。それらの作品への参加はあなたのコンポーザーとしての側面にどのような影響を及ぼしたと考えていますか?

T:その時期はものごとが目まぐるしいスピードで進んでいた時期だったんだ。でも僕にとってはそれはとても建設的な環境だったように思えるよ。というのもかなり自分を追い込んだり、いろいろな考え方をしたり、テンポを変えて仕事をしたりとか、そういったことができたからなんだ。彼らのアルバムに参加するということが実現したことで幸せだったし、これだけの音楽の量をアウトプットできたことで、今のコンポーザーとしての力量がついたと思っているよ。考え方としては、曲の要素がバラバラでも、それは一つひとつで全部なんだということを理解したんだ。具体的にいうと、フライング・ロータスの『ユー・アー・デッド』に入ってる「Descent Into Madness」という曲があるんだけど、その曲と『ドランク』に入っている「Inferno」は曲の要素というか元が一緒なんだよね。つまりそこにあった元の音源をバラバラに使って2曲出来ているということなんだ。ケンドリックと一緒に作曲をしたときに、彼のもとへ曲を持っていくと彼はそれを全て解体するんだ。ヴォーカルだったり、ドラムだったりをね。そういうことから、音源の要素の見方を学んだんだ。だからそれ以降はメロディがたくさんあったりとか、ヴォーカルはあるけどメロディはあまりないとか、たとえその逆とかでも、いろいろな曲の見方を出来るようになったんだよ。それで、音楽のなかにあるポーズ(間)とかタイミングを重要視するようになったんだ。

ーーまた、『ドランク』は、私はこれまで以上にあなたのヴォーカリストとしての側面に焦点をあてたアルバムになっているとも思いました。あなたの以前のアルバムからは、ヴォーカルが控えめで主張していないように感じていましたが、今作からはあなたの明瞭なヴォーカルが聴こえます。これはあなたが歌うことに対して自信がついてきたという自覚からなのでしょうか?

T:そうだね。歌うことに自信がついたってのは間違いなくあるよ。演奏ももちろんそうなんだけど、歌うことも練習を繰り返し繰り返しやってきた。そういう練習を繰り返して、さらに曲を書いてというプロセスをたくさん重ねてきたんだ。だから自然な流れで、歌うことに対して抵抗がなくなったと思うよ。だから『ドランク』ではヴォーカルの部分が多く出たような気がするな。

ーー次にサウンド・プロデューサーとしての面ですが、特に「フレンド・ゾーン」や「ゼム・チェンジズ」、「トーキョー」といった楽曲からは、作曲やサウンド・プロデュースに重きを置いたようにも感じましたが、これらの曲はどのようなアイデアをもとに作ったのでしょうか?

T:そう、これらの曲は確かにサウンド・プロダクションを大切にして作ったよ。これらの曲は俺だけで作った曲ではなくて、「フレンド・ゾーン」は、モノ・ポリー(Mono/Poly)がプロデュースしたんだ。サウンドに凄く拘りを持っていて、スネアの音にまで凄く拘っていたんだよ。最終的にフライング・ロータスが曲に触ったんだけど、そこはモノ・ポリーが絶対に触ってほしくないというくらいの拘りだったんだ。「ゼム・チェンジズ」も、曲の聴こえ方を最高のものにすることに重きを置いたね。フライング・ロータスにとって、フィーリングというか、曲の聴こえ方ーー自分の中で聴こえているようにちゃんと音を出すことが凄く大事なんだよ。この曲はマスタリングの段階になってからも何度も聴き直して、完成までに時間がかかって大変だったんだ。

"変に限界があるみたいにポップっていう線引きをしてそこに立ち向かうよりも、自由にいったほうが良いと思う。そんな線引きよりも音楽はもっと偉大なものなんだよ。"

ーー『ザ・ビヨンド/ホエア・ザ・ジャイアンツ・ローム』に収録されていた「ゼム・チェンジズ」を今作にも収録したのはなぜですか?

T:もともとはこの曲を『ドランク』には入れようとは思っていなかったんだ。でも、「ゼム・チェンジズ」の曲の中身と『ドランク』の展開を考えたときに、入れるのが理に適っていると思ったんだよ。本当はもともとの「ゼム・チェンジズ」にアレンジを加えたり、違う要素を含めて、別のヴァージョンを作りたかったんだけど、そこまで手が回らなかったんだよね。

ーー『ドランク』に収録された楽曲は、ドラムスは打ち込みやサンプリングによって、起伏や揺れの少ないビートが多いように感じました。それはそのビートに乗せるあなたのベースのフレージングや演奏のニュアンス次第でビートやグルーヴをコントロールできるようにするためだと私は思いましたが、実際にどのようにそうしたフレキシブルなコントロールを現場で行なっていたのでしょうか。

T:俺にとってはやっぱりベースが第一なんだよ。ベースから出る音とかフィーリングはとても大事にしている。だから、ビートとかドラムスとかのコントロールは意識的にやっているわけではなくて、自然な流れでコントロールされていくんだ。

ーーそうやって自然な流れで曲をコントロールしつつも、この『ドランク』というアルバムであなたは、ウィズ・カリファやファレル・ウイリアムスといったあなたとは違った才能を持つ人たちと積極的に交わっていき、そこから生まれる化学反応を楽しむ余裕さえ感じさせます。自分以外の他者と共作しようと考える際に、相手をどのようなポイントで見抜き、選ぶのですか?

T:それらの決め方は、本当に自分の直感を信じることを一番大事にしているよ。その結果がどうなるかっていうのはあまり拘らないようにしていて、ルールとかもあまり決めてないんだ。だからプロジェクトの規模がどれだけ大きいかとかは関係なくて、もし誰かが助けを必要としていそうであったり、自分がその一部になりたいと思ったら一緒にやってみることにしているんだ。自分の心の赴くままにやっているって感じだね。

ーー様々なミュージシャンが参加した楽曲の中でも、特に印象に残ったのがケニー・ロギンスとマイケル・マクドナルドが参加した「ショウ・ユー・ザ・ウェイ」です。あなたは昔から彼らのファンだったそうですが、彼らのどんな部分が好きで、どのような影響を受けたのでしょうか? また、さしつかえなければ彼らの好きな曲やアルバムなどを教えてください。

T:彼らのソングライティングがストレートで正直なところが好きなんだよね。歌詞を聞いても共鳴することが多くて、例えばケニー・ロギンスの「Heart To Heart」という曲が凄く好きなんだ。彼のソウルというか心を全てさらけ出しているところが素敵だと思うんだよね。音楽でそこまで自分をさらけ出すということはなかなか出来るものではないよね。ここまで正直になれるってことは素晴らしいことだと思うよ。自分としては今はそこまで上手くできているかっていうのはわからないけれど、これからも自分でもっと上手く追及したいと思うね。

ーー例えばあなたのデビュー作も多彩な面々が参加して収録されたものですが、今作ではその幅は遥かに広がりを持つもので、あなたのを取り巻く状況もどんどん変化しているように思いますが、今このような状況をあなたはどう考えていますか?

T:確かに今自分を取り巻く状況には圧倒されそうだよ。でもそれは素晴らしいことで、とても生き生きとしていて活気があるんだ。急げって言われるときもちょっと待ってって言われるときもあるし、今必要だったもので凄く急かされたりする割には、それがすぐ必要なくなってしまったりとか、結構目まぐるしく動いている。だから忍耐が必要な状況や環境なんだと思うけれど、あらゆるものを全て受け入れているよ。これが自分の現実、自分の人生なんだってね。今、半分寝ちゃいそうになっているけど、これも現実だし、フェイクじゃないありのままの俺の姿なんだ。俺は第一にミュージシャンだし、自分の楽器を習得するまで凄く忍耐強くやってきた。そういったものを応用して、今も活動を続けることが出来るんだ。

ーーあなたはこのアルバムで自身の探求してきたものや今まで築いてきた関係性を大切にしながら、ベーシストのソロ・アルバムという枠を超えたこの『ドランク』という素晴らしいアルバムを作り上げました。ただ、最新のライヴを見ていると、ジャズという枠組みを最初から意識していないだろうことを前提にした上で、表現者としてさらに大衆音楽の大きな枠組みを崩そうとさえ感じます。あなたが今対峙している大衆音楽の絶対的な強みと、崩すためのウィークポイントはそれぞれどこにあると思っていますか?

T:ポップ・ミュージックっていうものの定義はとても難しいと思うんだ。ポップってインスタントな音楽というか、今欲しくて、今すぐ聴けるみたいな速効の欲求を満たしてくれるようなものだと思ってる。音楽にとって大事なことは、オール・オア・ナッシングというか、常に音楽のことを考えているのも大事だと思うけれども、そこに自由さがなければ良い音楽は生まれないと思っているよ。羽のような軽さを持つと同時に、石のような重さ=ヘヴィネスも必要なんじゃないかな。だからやっぱりポップ・ミュージックっていうのはアイディアとしては俺の中では定義がはっきりしなくて、一時はジャズがポップだって言われていることもあったし、今ではトラップがポップだって言われているよね。それにロックンロールだってポップだって言われる。消費される量が多ければ、ポップになるっていう定義はあるのかもしれないけど、これがポップ・ミュージックだっていう音楽性の中での定義はないよね。だから、俺はポップっていう枠を見ないようにしているよ。敢えて言うなら、自分のキャラクターというか自分のありのままを出していくことこそが、ポップっていう枠を超える方法なんじゃないかな。変に限界があるみたいにポップっていう線引きをしてそこに立ち向かうよりも、自由にいったほうが良いと思う。そんな線引きよりも音楽はもっと偉大なものなんだよ。だから俺は限界とか境界線はみないようにしてるんだ。

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Text By Tetsuya Sakamoto

Photo By Riu Nakamura


Thundercat

Drunk

LABEL : Brainfeeder / Beat Records
CAT.No : BFCD064
RELEASE DATE : 2017.2.24
PRICE : ¥2,200 + TAX

■サンダーキャット OFFICIAL SITE
http://brainfeeder.net/thundercat/

■ビートインクHP内 サンダーキャット情報
http://www.beatink.com/Labels/Brainfeeder/Thundercat/BRC-542/

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